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月の行方

【第九話 星の軌跡】 7.そこからまた

 沈黙のままに廊下を行き、結局は行く場所も無く、グラーティアの部屋に戻る。
「セラータ、か」
「心配なんだね?」
 揶揄されたと感じたか、ユーラはその言葉にそっぽを向く。
 一方ポーラは、ずっと何かを考え込んでいる。
「どうした?」
「うん……」
 応じるものの視線は上げず、黙り込んだまま。
「それで……どうするんだ? 『勇者さま』?」
「なんだよ、それ」
 不快を隠そうともしないノクスに、ラティオは面白そうに返す。
「法王のお墨付きの『勇者』だろ?」
「だから、なんでそうなるんだ」
「まあ……確かのあの予言はあるんだが、ただのこじつけだろうな」
 ひょいと肩をすくませて、ラティオは続ける。
「何かの理由があって、俺たちをここから追い出したいんじゃないか?」
「追い出す、ね。それもこれもお前が俺たちを勝手に連れてきたせいか?」
「そうとも言い切れないな。ま、奴らの思惑通りに動くのは気に入らんし。
 かといって、ここに留まっているのが吉とはいえんが」
 決定権はないとばかりに、ラティオは無責任に言葉を連ねる。
「母上に相談してもいい?」
 唐突なポーラの言葉に、皆一瞬呆ける。
「……いいんじゃないか?」
「そうだな、確かにベガ殿には話をしておいたほうが」
「じゃあ、あたしもついて」
 いそいそと腰をあげるユーラを少々申し訳なさそうに手で制して、ポーラは困った顔で続ける。
「ごめん、でもその……ラティオと二人で行こうかと」
 その瞬間、部屋の空気がおそろしいほど凍ったと、後にグラーティアは語ったという。

「なんでポーラはあんな奴と……」
 壁に向かってぶつぶつ呟くのはユーラ。
 そんな彼女の向かいに座り、宥めるようにグラーティアが話し掛ける。
「まあまあ。心配なさらなくても、兄様はユーラさま一筋ですわよ!」
「そーじゃない! 何でポーラはあたしを置いていったのかって」
「ポーラさまだって魅力的な方ですけど、兄様のお心はユーラさまだけのものですわ」
「だからだなグラーティア。あたしはそんなことはどうでも」
「むー、酷いですわユーラさま。どうぞティアとお呼びください」
「あのなティア。あたしはどうしてポーラが」
「引き離された距離が遠ければ、それだけ思いは募るものですわ。
 ファイトですわよ、ユーラさま!」
「だーかーらーッ」
 まったくかみ合わない会話を続ける二人をよそに、もう一人に人物はというと、やはり少々沈んでいた。
 昔は、何をするにしても結構頼られていたと思う。そりゃあ確かにアースには敵わなかったけれど、あくまでも彼女は『大人』で『保護者』だった。
 こうやって再会してからは、ユーラと二人で行動する事はあっても、それは同性ゆえの気楽さからだろうと思ってたし、相変わらず頼ってくれていると思っていたのに。
「お前はいいのかよ!」
 突然突きつけられた指と言葉に、ノクスがきょんとしていると、さらに怒りを増したユーラがわめきたてる。
「ポーラがあいつと二人でいていいのかって言ってんだ!」
「……まあ。身内の話ならあまり深入りできないだろ」
 そう言うノクスの様子は、いつもとあまり変わらないように見受けられて、ユーラはほんの少し困惑する。
 ノクスはポーラの事を好きだと思っていた。
 だから、自分以外の男と二人でいるなんて我慢できないだろうと思っていたのに。
 確かにポーラたちには秘密が多くて、身内の話といわれてしまえば、それ以上立ち入る事は出来ないけれど。
「……お前、ポーラの事好きなんだよな?」
 思わず口をついて出た。
 そんな感じの確認の問いに、何故かノクスは壁に頭を打ち付けた。
「何やってんだ?」
「……な、ど、そ」
 なんで、どうしてそんなことを。多分そう言いたいのだろう。
 顔色こそ変わらないものの、意味のある言葉を言えず、目はせわしなく動き、明らかに動揺している彼を見て、ユーラは呆れを通り越してなんだか微笑ましくなってくる。
 ばれていないとでも思っていたのか、こいつは。
「ユーラさま違いますわ。ノクスさまは、ポーラさまを信頼していらっしゃるから、こんなにどっしりと構えてますのよ♪」
「そーいうもんか?」
「もちろんですわ。信頼しあう恋人同士! ティア、憧れますわー」
 ほぅっとため息つきつつ、夢見る眼差しを虚空にむけるグラーティア。
 一方言われたノクスのほうは、完全に石になっている。
 ノクスとポーラが恋人同士と断言された事には少々納得いかないけれど。
 それでもグラーティアの標的から逃れた事には変わりない。
 ゆえに、ユーラは沈黙を保った。

 香の香りがかすかに残る部屋で、娘が話し終えるのを待って、ベガは口を開いた。
「行きなさい」
 予想外の言葉に、ポーラは軽く目を見開く。
 そんな娘に苦笑しつつ、もう一度、今度は言い聞かせるようにベガは言う。
「心配なのでしょう? 父のことが」
 そのものスバリを言い当てられて、気恥ずかしいような気もするが、ポーラは頷く。
 ずっと会いたかった母。逢って、無事を確かめられて……今度は父の事が気になった。
 自分を逃がして、何の罪も受けなかったろうか?
 それに……アリア王妃の事も気にかかる。
「安心なさい。奴らも、わたくしに手を出す真似はしないでしょう。
 それをすれば、今度こそ全面対決は避けられない」
 その言葉は酷く重く、ポーラの胸に沈む。
「グラーティアにも決して手を出させません」
「ありがとうございます」
 神妙な顔でラティオは頭をたれる。
 母代わりともいえるこの人の無事を、彼とて願っている。
「そなたたちにセラータに向かえというからには、何かを企んでいるととっていいでしょう」
「それを、正面から叩きのめして来いと?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うでしょう?」
 挑むようなラティオの問いに、ベガは華やかな笑みを返す。
「セラータの北、大陸の最北にはアルクトゥルス……わたくしの二番目の弟がいます。それなりに切れる弟です。頼れば喜んで力を貸すでしょう」
 こくんと頷くポーラの頭を撫でて、ベガは言う。
「いつもそなたのことを見ていますよ。頑張りなさい」
「……はい」
「そしてラティオ」
「はい?」
「そこには、セドナもいます」
 言われた言葉の真意を測りかね、ラティオは沈黙する。
 母・マルスの双子の弟。つまりはラティオの叔父。それが彼の知る『セドナ』。
 そして……かの人はすでに亡くなっているとも。
「詳しい事はすべてアルクトゥルスに聞きなさい」
「……はい」
 納得いかないまでも、一応ラティオは頷き立ち上がる。
「あとはお二人でどうぞ。遅くとも明後日にはここを発つことになるでしょうから」
 気遣うような微笑みを残し、静かに扉が閉められた。
「あの、母上」
 戸惑いがちなポーラの声に、訝しそうに娘を見やる。
「えっとその、お聞きしたい事があります」
「わたくしで答えられることなら」
 妙に緊張している娘に、微笑みながら返す。
 そうするとポーラもぱっと微笑んで、無邪気に話をねだった。

 しんと静まりかえった部屋。壁の隙間からかすかに入る光だけを頼りに、見回してみても変わり映えはしない。
 床も壁も全部ヒノキの板で出来ていて、この時期には少々寒い。
 正面には祭殿があり、飾られているのは鏡と剣と勾玉。
 ただし、そのどれもがレプリカなのだけど。
「何で私はこんなところにいるんでしょうね?」
 どこか呆けたような声はアースのもの。
 薄暗い室内で、かすかな光を弾く髪が浮き上がって、神々しくも畏ろしい。
『謀られたとしか言いようがあるまい』
 げんなりと応えるのは、アースの横に置かれた一振りの剣。
 明とあそこで話をした後、ひとまず湯浴みをしてくださいといわれ、従ったはいいものの……気づけば祭具殿に監禁されたような状態。
 周囲にはたえず人の気配がするし、声も多少聞こえるから、きっと都の宮殿内。
 この状況だけ見れば、明がかんでいないとは考えづらい。 
「そのわりに、日影も黒点も取られてないのが不思議ですけど」
『そなたとて星のひとつ。その身に害為すことを恐れておるのであろう』
 日影の意見にもアースは首を傾げる。
 それならなおの事、武器は取り上げられるだろうと思ったからだ。
 いくら刃のない祭具にしか見えないとはいえ、日影は剣だ。
 百歩譲って、祭具だからこそ触れなかったと仮定しても、今度は『黒点』をとらない理由が無い。
 黒点は懐剣なのだから、取り上げずにいて自害でもしたらどうするというのだろう?
 しかしそれは、ここで今考えても答えの知れぬこと。分かるのは、自分をここに閉じ込めておかねばならない理由があるということくらいか。
 故に、アースは別の事を言う。
「ポーリーは、姉上に逢えたかな」
『玉はそう言っておったぞ』
 その答えがひっかかった。
「ね、日影」
『なんだ?』
 変わらない呼びかけ。変わりない返事。
「玉は……ポーリーに譲られたの?」
『そうだ』
 それはあらかじめ決められていた事。迷い無く日影が応えるのも当然のこと。
 三種の神宝には、互いに互いの考えを知る能力もある。
 アースがそれを知っていることは、日影も当然知っていて。
 それでも、アースの声が沈んだ。
「そう……だから」
 はっとしたように日影の態度が変わる。
 そうだ、この子は……!
『天』
 労わるような、諌めるような声音で名を呼んでも……アースの言葉はとまらない。
「私はここに入れられているのね」
 あまりにも、聡すぎた……
 そう話したきり、アースは黙る。日影も口を出せない。
 もとよりここに人はいない。双方が黙ってしまえば、簡単に沈黙が降りる。
 迂闊だった。決して忘れていた訳ではなかったけれど。
「また、同じこと繰り返して」
 遠い眼差し、虚ろな微笑み。それは『泣けない』彼女が『泣いている』顔。
 今更ながらに日影は悔いる。
「嫌になるなぁ」
 風に溶けて、消える呟き。

 話を終えて、ほっとしたように微笑む娘を、ベガは軽く抱きしめた。
「さあ、もう行きなさい。そなたは、そなたの為すべき事を果たすために」
「はい」
 今度はしっかりと応えてポーラは部屋を出る。
 その背を見守っていると、閉まりかけた扉から、またひょっこりとポーラは顔を出す。
「今度は、母上も一緒に」
 帰りましょうね。
 そこだけを声に出さずに言う娘に。
「ええ……そうね」
 微笑んで、そう返した。

 ラティオの言葉どおりに、二日後、彼らはまた旅立つ。
 北の国・セラータを目指して。