1. ホーム
  2. 第九話 6お話
  3. 月の行方
  4. 第九話 6
月の行方

【第九話 星の軌跡】 6.ひかれたレール

 翌朝からは、この神殿での生活が始まった。
 朝早くに起床し、ソールに祈りを捧げ、それから朝食。
 ラティオは普段どおりの事をすればいいだけだし、ポーラにしても、かつて孤児院では似たような生活を送っていた。
 アースが来ると言われているから、ひとまず待ってみるという結論にたどり着いた。
 だからこそ準備を念入りにしようという狙いもある。
 ベガと話をしたり、グラーティアのお使いに付き合ったり。
 しかし、七日を過ぎても一向にアースが来る気配がないあたりから、対応は変わることになる。

「遅すぎないか?」
 ユーラが漏らした言葉は、全員が考えていた事。
「本当に待ってて来るのか?」
「……確かに遅いな」
「このことって、母上はご存知なの?」
「いや。アースが来る事だけはご存知のはずだが」
 言って、四人共に押し黙る。
 この神殿で気兼ねなく話せる場所は限られていて、グラーティアの部屋でこうやって話すことは多かった。
 部屋の主は隅のベッドで夢の中。大きな声こそだしはしないが、皆沈んだ顔をしている。
「どうしたのかな……」
「何か突発的なことでも起きたか?」
 約束を違えることなどしない人だ。だからこそ不安が募る。
 実際はノクスが漏らしたとおり、鬼たちによって阻まれていたのだが。
「だとしたら、作戦を変えたほうがいいな」
 気分を切り替えるようにラティオが言う。
 知らないうちに流れが変わっているならば、それを読み取り、有利に動けるようにしなければ。
 しかし、それをするには遅すぎたといえよう。
 何の作戦も立てられぬまま。猶予期間の終りを告げる鐘が鳴る。
 悔しそうな顔をして、それでも声に表すことないラティオの誰何に、愉しそうなバァルの応え。扉の向こう。天使のような微笑で、バァルは告げた。
「フィデス司祭。猊下が御呼びですよ」

 神殿というものは、時々王城以上に贅を凝らしていると思う。ユーラのように露骨に驚いたりはしないが、ノクスとて内心は感嘆のため息ばかり。
 大理石の床に栄える紅色の絨毯。足音がまったくでないくらいの厚さで、両端の縁取りは金糸が使われている。
 ところどころにある燭台も金製で、細かな細工がなされている。高価なガラスで作られた窓から入ってくる光が、より神秘性を増しているかのよう。
 うちの城より豪華だよなぁ。
 前を行くラティオを歩みは迷いなく、それでも不機嫌な雰囲気は感じ取れる。
 いつものようにノクスの左側に陣取ったポーラは、最初かなり行くのを嫌がった。
 バァルが半ば脅したからこそ、こうやってついて来ているが、本当は部屋に残りたかったろう。不本意だと言わんばかりにノクスの袖を握り締めて、嫌々歩いている。
 ノクスとしても彼女の気持ちは分かるし、あんまり引っ張られると裾が伸びてしまうと思うけれど、頼られるのは悪い気分じゃないので何も言わない。
 それに今考えるべき事はそんなことじゃない。
 何故法王が自分たちを呼んだのか?
 理由なんてわからないし、こちらに都合がいいことのはずはない。
 謀のことなんて、ノクスはそんなに分かっていないし、それは多分ポーラやユーラにもいえることだろう。ならば頼れるのはラティオだけなのだが……
 前を歩くラティオの真意がどこにあるか、それは分からない。
 彼の頭越しにも見える大きな扉。
 彫刻と彩色を施したそれは、ソールが民に祝福を与える様子を表している。
 この扉の向こうで彼らを待つのは法王。
 されど、もたらされるのは何も祝福ばかりではない。
 鬼が出るか、蛇が出るかって言うんだっけ。
 かつて聞いた言葉を思い出し、ラティオの言葉と同時に扉が開かれた。
 部屋の中央にひかれた赤い絨毯。
 そのたどり着く先は数段高くなっており、壁を占めるかのような巨大なタペストリ。
 ソール神の天下りから人々に祝福を与えるシーンまで。神話のすべてを絵物語で再現している。
 確かにこれなら、字が読めない者でも理解しやすいだろう。
 前を行くラティオが軽く頭をたれた。
「御呼びにより、馳せ参じました」
「来たか」
 応えは短いものだったが、その内に暗い悦びの色を認めた気がしてノクスは相手をにらみつけた。
 所々白いものが混じっている金の髪。しわだらけの顔は威厳に満ちているが、聖職者から連想しがちな柔和なものでは決してない。法王の深い青い瞳は、ノクスの内に根付いているモノを思い出させて、少しの嫌悪を感じた。
「よく連れ帰ってくれた」
 鷹揚な褒め言葉に、ラティオは嫌味なくらいに丁寧に返す。
 法王の視線がユーラに向かい、ポーラへと移る。
 ぴくりと彼女の震えがノクスにも伝わる。
 しかし彼女は視線を逸らすことなく法王を睨み返した。
 先に視線を逸らしたのは法王の方で、今度はノクスを見た。
 凝視するように見られて、少し落ち着かなくなってくる。
 もしかして、知られているのか? 自分が『奇跡』を持つことに。
 そんな不安がよぎるが、予想外に法王は柔らかな微笑を浮かべ。
「待っていたぞ。勇者よ」
 そう言った。

 いきなり何を言い出すんだ、このじーさんは。
 その場にいる全員が、ほぼ間違いなくそう思ったろう。
「勇者?」
 かろうじて疑問の声をあげたのはユーラだった。
 この辺り、物怖じしないというか。それとも何も考えていないのだろうか?
 法王という存在はソール教の最高権力者。
 彼の機嫌を損ねれば、大国の王といえどまず無事ではいられない。
 そんな相手にぞんざいな口を利けるなんて。
「そう。勇者だ」
 しかしそれは杞憂だったらしい。
 満足そうに頷いて、法王はこちらへ……ノクスの方へと歩み寄ってくる。
「そなたこそ、予言にありし勇者」
「……は、あ」
 何とか疑問系にはならずにすんだ。
 跳ね上がりそうになる声音を意識して平坦にする。
「それは……どのような意味でしょうか」
 勇者。
 他の人が恐れて為し得ないことを、見事に成し遂げる者。
 戦の折にこの称号を受けるものもいるが。
 少なくとも、自分はそんな大それた事をした覚えはないと、ノクスは胸を張って言える。
 それはそれで情けない事かもしれないが、実力以上の評価をされても困る。
 彼のそんな様子を気にとめることなく法王は告げた。
「予言がある」
 朗々としたバリトンは、さすがというべきか。声だけで人を惹きつけるその姿は、やはり説法をとく事を生業としているだけの事はある。
「この地に魔王現われしとき、ソールの御使いたる黒髪の勇者現れる。
 勇者は三人の仲間と共に闇を討ち、この地に平穏をもたらす」
 朗々と紡がれた言葉は、確かに響きだけを取れば魅力的なもの。
 ただし、冷静に内容だけを見てみると、納得のいかないものばかり。
 魔王って何だ? 魔族の王って意味か?
 むしろ魔物って、群れる事はあっても王を立てるものか?
 『魔王』の定義に疑問をもつノクス。
 ってか、なんでノクスが勇者なんだと、別のところで不満をもつユーラ。
 沈黙をどう受け止めたか、法王が意味ありげな眼差しを寄越す。
「不思議に思わなかったか? セラータの王の突然の変心に」
 息を呑むポーラに一瞬だけ視線をやって、今度はラティオにそれを向ける。
「今、各国でうごめく陰の裏に、潜んでいる者がいる」
「その証拠は?」
「ない」
 よほどきつい目をしているのだろう。
 先ほどノクスたちと相対した時とは比べ物にならない険しい形相で、法王は自らが崇める神の末と対峙している。
「故に、調べてみないか?」
「調べる?」
「セラータはポーラ殿の故郷でもあろう。真実を……知りたくはないか?」
 最後の一言はポーラに向けてのこと。
 怪しすぎる。
「セラータ王が倒れたことは事実」
 疑念を払うかのように言い切って、法王は続ける。
「噂はいくらでもある。呪いや怨念。忠臣による裏切りなど、な」
 ちらと意味ありげに見られて、激昂しそうになるユーラ。
 なんだあの目は。父が裏切りを働いたとでも言うのか。
 訴えたい気持ちをなんとか押し留める。
 この地で、この場で。自分たちがどれほど無力かは、ここ数日でうすうす感じてはいる。
 だからこそ、短絡的な行動が取れないことも。
「魔とは、人を惑わすもの。地が乱れているのも、すべては憎き魔の台頭ゆえ。
 そなたらの働き、期待している」
 言い切られ、有無を言わさずノクスたちは部屋を追い出された。

 息をついて法王は椅子にもたれかかった。
 年端のいかぬ子供といえど、バケモノと相対するにはやはり緊張する。
 有無を言わさず力を振るわれてしまえば、勝ち目はないのだから。
「よろしかったのですか?」
「予言内容に嘘偽りは無い。
 あの者が予言にある『勇者』か否かは別としてな」
 伺うようなバァルの言葉に、投げやりに応じる。
 予言は確かにある。
 ソールには元々未来を垣間見る能力があったらしく、教会には数々の予言が残されており、それらはすべて的中している。
 黒髪の勇者の予言も、かつてソールが正気だったころにもたらされたもの。
 故に、嘘ではない。
「しかし……ラティオ殿を野放しにしてもよろしいので?」
 まだどこか心配そうなバァルに返すのは嘲笑。
「はっ 一人で何が出来る?
 グラーティアを抑えておけば、恐れる事は無い。
 マルスを捕らわれたセドナのように、な」
 双子の姉を教会に取られ、抗う事も出来なかったソールの息子。
 変わることない星の輝きと軌跡の様に、ラティオが辿るのはセドナと同じ末路だけ。
 そしてそれは、万一ソールが心を取り戻した時に、再び砕く刃となる。
 光り輝く太陽の下。出来る影は昏く、濃い。