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月の行方

【第九話 星の軌跡】 5.からみあう策略

 内心のいらつきを示すのような高い音を立てて扇が閉じられる。
 視線は遠く砂漠を見つめたまま、彼はいまいましそうに吐き捨てた。
「おのれ……」
 わざわざ遠目の術を使って、監視していた相手。
 今か今かと到着を楽しみにしていた相手を……一瞬にして別の場所に飛ばされた。
 三匹の異形によって。
「どこまで邪魔をする」
 月の光に彩られるのは鮮やかな金の髪。所々白いものが混じっているのは、その顔に刻まれたシワと同じように彼が生きてきた時間を示す。
 青い瞳を閉じて、男性は椅子に深く腰掛けた。
 見た目は質素だが、クッションのきいた座り心地の良い椅子。
 この座を他に明渡さぬためにも、あの娘は最高の材料だったというのに。
 あの娘が持つ『奇跡』さえ手に入れば……!
 口惜しい。場所はわかっていてそれでも手に入らない。
 他の『奇跡』は場所すらわからぬ。
 だからこそ……あれは他に渡す訳にはいかない!
 同じ人間ならば、ありとあらゆる力を持って奪う事も出来るだろう。
 それを思うと、なおの事腹立たしい。
 約束の民だのなんのと言われているが、あれらは『バケモノ』だ。
 ほぼ人と同じ姿形なれど、決して人では敵わぬ力を持っている。
 ……それこそ、伝承に生きる『魔族』のように。
 そしてその力ゆえに、『ソール』を神に祭り上げた。
 『彼ら』は敵に回せば確かに恐ろしい。
 ならば、利用してやればいいのだ。『奇跡』を手に入れるために。
 あの件があってから『彼ら』の人間嫌いは無意識のうちに積もっている事だろう。
 敵対する者たちに彼女達を傷つけさせればいい。
 かつての王ながら、今もなお尊敬の念を集めるベガを。
 唯一の後継ぎと謳われるその娘を。
 主君を傷つけられた『彼ら』がどう行動するか、その結末は良く知られていること。
 あの娘も姉と姪を喪えば、今のように強情になれないだろう。
 『奇跡』は、その後に手に入れればいい。
 いい加減ラティオたちの処遇も悩んできたところだ。
 この機に問題を一掃してしまおう。
 そういえば……奴らの中に黒髪がいたと思い出す。
「使えるな」
 法王はそうしてほくそえみ、机の上に置かれたチェスの駒を一つ手にとる。
「さて、どう動かそうか?」
 自分自身は手を下さず、言葉一つで巧みに政局を操る。
 それが出来なければ彼はこの地位にいなかったろう。
 外敵を用い、内部に居座る敵を燻し出し、双方で同士討ちさせる。
 『神』すら彼の意のままだ。
 考えがまとまったのだろう、男性は銀で出来た鈴を軽く振って廊下で待機している従者を呼んだ。
 やってきた者に言伝をして明日以降の動きを示し、法王はゆっくりと部屋を出て行った。
 しばらくの後、椅子の下から小さな影がひょっこりと顔を出した。
 きょろきょろと辺りを見渡し、誰もいないことを確かめ、もしょもしょと聞き取れぬ言葉を呟く。
 月は雲に隠れて室内は真っ暗だというのに、影は間違えることなく窓へと向かい、両手両足を使ってよじ登る。
 雲間から月が姿を見せる。
 丁度そのとき開け放たれたままの窓から影がぽんと身を躍らせた。
 ボールに小さな手足がついた奇妙ないきもの。
 その姿を浮かばせた月はしかし、また雲に隠れる。
 よって、それが誰かに気づかれる事はなかった。

 返ってきた反応は、ため息だけだった。
「……ちょっとそれは無いんじゃないの?」
「具体案は?」
 不服そうなラティオに、うろんげな眼差しでノクスは問い掛ける。
 かつて同じようなやりとりがあったとき、彼は策など無いと言い切った。
 そんな人間の提案に、一も二もなく頷けるはずも無い。
「やだなあ。今回は考えてるよ?」
 今回『は』と強調する辺り、前回はどうなのかと問い詰めたいが、今はそれを留めておく。策があるなら聞かせてもらおうと、ひとまずノクスは沈黙した。
 ポーラも、母と暮らせるようになるなら嬉しいし、策があるなら聞く気はある。
 ユーラは一人、まだかなり疑わしい表情をしているが。
「もう少ししたらアースがここに来るはずだから、それと同時に行動開始。
 ここにいる俺たちと、じいさまもまとめて回収しようってこと」
「え。アース来るの?!」
 途端にぱっと明るい表情を見せるポーラ。
 叔母で、育ての親で、会いたいという気持ちはわかる。
 けれどそれでも……なんだか面白くないのは気のせいだろうか。
 ノクス自身アースの事は嫌いではないし、会えるなら嬉しいはずなのに。
「ま、詳しい事は俺も教えてもらってないんだけど」
 そう言ってラティオは水を飲み干す。
「教えてもらってないって……じゃあ誰が考えたんだよ」
「叔父のセドナだよ。
 母を人質に使われたから、叔父も教会に従わざるを得なくってね。
 あちこちにいくつもの策を張り巡らせてあるんだと」
「大雑把過ぎないか? その話」
 呆れて言いつつも、アースにも話がいっているのなら多少安心は出来る。
 彼女の名前を出されたからと言って、すぐに信用する訳ではないけれど。
 話は進んでいるのかいないのか。
 ともかく、彼らの部屋から明かりが消えたのは、空が白み始めたころだった。

 突然の来客に彼女は多いに驚いていた。
 何故ならここは自分以外のものがこれるはずのない場所。
 緊急用の避難場所といってもよい場所に、いきなり人が現れたのだ。
 悲鳴をあげることは、プライドを総動員してなんとか抑えた。
 弱いところを人に見せていい立場ではない。
 そして、侵入者が誰かを悟ってからは、別の意味で叫ばなくてよかったと胸をなでおろした。
 光の中から生まれた姿は見覚えのあるものだった。
 闇の中で存在感を増す雪色の髪。白いと表現するには少々日に焼けた肌。
 それらと対照的な、たっぷりとした闇色のマント。
 最も高貴な色とされる紫の瞳が自分の姿を捉え、驚きに見開かれる。
「明さん?」
「……(うつつ)さま?」
 双方共に、信じられないといったニュアンスをこめて問い掛ける。
 明から言えば、彼女が突然この場に現れたことと、光り輝く抜き身の剣を手にしたままという物々しい格好をしていることが不思議なのだが、相手は一体何に驚いているのだろう?
 戸惑うような視線から、自らの姿を思い出して納得する。
 そういえば、祈りを捧げるからと白装束を着ていた。
 かたや抜き身の剣を持ち、かたや死に装束。
 これではまるで、死罪を言い渡された罪人と介錯のよう。
 人がいなくてよかったと心底思う。
『やられたな』
 陰鬱な相棒の声に、アースがうめく。
 同時に剣から光が消え、刃のない儀礼用の剣に戻る。
 明には日影の声が聞こえる。
 何があったかなんて詳しくは知らない。
 それでも、悪い事が起きたことだけは分かる。
 それが何かを悟った瞬間、明の中で何かが切れた。
「失敗ですか」
 泣き出しそうな声で問い掛ける。
 自らの服を握りしめても、気を抜けばすぐに涙がこぼれそう。
 それを誤魔化すために明は声を張り上げた。
「北の姫も、琴の君もいらっしゃらないということは……失敗なんですか?!」
 灰色がかった銀髪が、感情に任せて振るった力の奔流に乱れる。
 母譲りの金と銀の瞳は、今にもこぼれそうなくらいの涙。
「明さん」
「どうして成功しないんですか!!」
 何か言おうとするアースを遮って、明は叫ぶ。
「いつもいつも祈っていました! 断ち物や他にも苦行をして!
 なのになんで成功しないんですか?!」
 そう。次に彼女と会う時は、全てに決着がついたときのはずだった。
 それに期待していたからこそ……落胆は激しい。
「わたしはいつまで『ここ』にいればいいんですか?!」
『明。仮にも昴たる者がそのような』
「そんなものなりたくなかった!」
 母も常々言っていた。自分は昴なんて器じゃない。
 この位は預かりもの。本来の持ち主が現れたときにお返しするもの。
 小さいころから言われ続けてきた言葉ゆえに、明もそう思っている。
 そして、自分に合わないと痛感している。
 北の姫に位をお返しすれば、自分はただの一人の少女になれる。
 そして、それが本来の姿だと信じている。
『焦るな明。機を待て』
 諭すような日影の言葉に、明は泣き笑いの表情で返す。
「いつまでですか? わたしは……雪色なんですよ?」
 祖母達のように紫の瞳を持つ者に比べ、明の寿命はその十分の一にも満たない。
 たっぷりと時間のある者が言うその言葉の、なんと残酷な事か。
「セドナが死んで、マルスが死んで……わたしは」
「明さん」
 静かな呼びかけに、明は口をつぐむ。
 こわごわと視線を上げると、困ったように微笑むアースが目に入る。
 見る者を安心されることの出来る微笑。本人は何をしなくても人をひきつける魅力。
 それは先々代の昴・ベガと同じもの。
 自分にこんなカリスマはない。
 そう思っているからこそ、明は一刻も早く昴の座から降りたかった。
 こんな側に、相応しい人がいるのに。
 大人しくなった明を落ち着いたとみなしたか、静かにはっきりとアースは語る。
「ソール教のほかにも、厄介な相手がいます」
 目を見開く明に、言い聞かせるように日影が続ける。
『最近やたらと鬼が増えた。
 下位上位にかかわらず、そのほとんどが天を狙っておる』
「え?」
 日影の言う『天』はアースの事だ。
 三種の神宝の一つ、日輪の剣の担い手『天日』。鬼にとっては天敵で、下位の鬼は触らぬ神に崇りなしとばかりに、近づく事すらないはず。
 しかも鬼たちは本能で天日から逃げるため、退治するにも一苦労。
 これは常識のはずだ。
「ここに来たのは、私の意志じゃなくて。鬼に飛ばされたみたいなんですよね」
 困ったように、考えるようにアースは言葉を紡ぐ。
「鬼が、第三勢力ですか?」
『はっきりはせぬが、別の策に切り替えた方がよかろう』
 日影の言葉をかみ締めるようにして、明は深呼吸をする。
「……わかりました。策を練り直しましょう」
 そう告げた顔は、先ほどまでのか弱いものではなかった。

 結局寝付けなかったな。ぼんやりとポーラは思う。
 周りではすーすーと規則的な寝息。座って話をしていた位置とほぼ同じ場所に、皆が思い思いの格好のままで寝転がっていた。
 野宿する時はこんな形で寝るけれど、部屋の中でこうなってしまうとは思ってなかった。
 とはいっても、ソール教会の中では異常でないと思える。
 母との再会とか、この先の事とか、色々疲れていても眠れなかった。
 眠れないのは考え事があるからで。
 そして眠ろうと思えば思うほどに、余計寝付けない悪循環。
 『わたしたちと人の時間は違うのですよ』
 母のあの言葉が――痛い。
 ここにいる皆がいつか、自分より先にいなくなってしまうなんて信じられない。
 もう少ししたら、嫌でも気づいてしまうんだろうか?
 背が伸びたノクス。女性らしい体つきになってきているユーラ。
 自分だって成長してるはず。だけど。
 思い出す。
 大きくなっていく自分と、姿の変わらぬアース。
 同じ事が起きるんだろうか。これから先の自分の身に。
 それを思うと、不安で眠れなかった。
 一緒にいなければそのことで悩む事もないんだろうか?
 無理だろうと判断する。
 近くにいれば気になって、離れていれば気にならないなんてことはない。
 アースがいい例で、離れていればいるほど気になる事もある。
 白々と明けていく朝。逆に、ポーラの心は闇のままだった。