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月の行方

【第九話 星の軌跡】 1.前日

 日が、強い。
 いまいましそうに太陽を見上げて、ノクスはため息をつく。
 ここは本当に日差しが強くて、出歩くだけでも疲れる。
 マントの前をしっかり閉めフードを目深にかぶり、草木もまばらな地を歩く。
 太陽がじりじりと照りつけ、容赦なく体力を奪われる。
 砂漠ほどじゃないといわれても、ここでも十分辛いと思う。
 昔は緑豊かな土地だったと聞くが、とある国が廃れたと同時に、ここも不毛の地となった。らしい。
 ユリウスと別れ、一路レリギオを目指しているが、この天候ではあまり進めない。
 特に北国育ちの二人組の消耗は激しい。
 ユーラは目に見えてふらふらとしているし、ポーラも元気がない。
 それでも、弱音を吐く事が嫌な二人は無理をする。
「今日は次の街で泊まろう」
「……もっと急がなくていいのか?」
「ここは昼と夜との気温差が激しいからね。体調を崩したら元も子もないよ。
 焦りは禁物だよ、ユーラ」
 もっともな事を言われてユーラも黙る。
 単純に、言い返す元気がないほどに疲れているのかもしれないけれど。

 まだ昼日向にもかかわらず、宿を取ってくつろぐことは、なんだか奇妙に思えた。
「とはいえ、疲れてるんだけどなー」
 床に足を投げ出して座る……座り込んだユーラには、覇気も何も無い。
「暑いし疲れたし」
「確かに暑いわよね」
 そう言って同意するものの、ポーラはユーラほど疲れているようには見えない。
 何が違うんだろうなと、友人を眺めつつユーラは思う。
 と、ベッドに腰掛けていた彼女が立ち上がり、愛用の杖を手にとった。
「どっかいくのか?」
「うん。ちょっと買い物」
 本当ならついていきたいところだけど、立ち上がれという脳の命令を体が拒否する。一度座ってしまえば立ち上がることも出来ない程に疲れていると自覚して、ユーラは大人しく友人を見送った。
「……一人で行くなよ」
「だいじょうぶ。分かってるから」
 いざとなればこれもあるし。
 杖を少し掲げてポーラは微笑んだ。

 活気ある人の雑踏はやっぱり楽しい。
 両手で杖をしっかり持って、にこにこと楽しそうなポーラ。
 右隣には、そんな彼女を微笑ましそうに見守るノクスがいる。
 カップルのほやほやふわふわした感じは無いだけまだマシか。
 三歩ほど後ろを歩くラティオはため息を禁じえない。
 あぶれ者は辛いな。
 自分だって結婚していておかしくない年頃。
 ……司祭でこういう考えを持つものが多いかは知らないが。
「アレもいるかしら?」
「そうだな……三個くらいでいいんじゃないか?」
「そうね」
 アレで会話が進むか。お前ら熟年か?
 突っ込みは心の中だけで。
 ユーラが来ていたなら、彼らに負けず劣らず二人の世界を作ってやるというのに。
 妙な決意も心の中だけで。
 そんな事を思っているとすれ違おうとした男が、がくんと尻餅を着いた。
 何事かと見てみる。
 褐色の髪に同じ色の瞳の、あまり人相のよろしくない初老の男性。
 その両手が見覚えのある棒をつかんでいた。棒をたどって視線を上にやれば、きゅっと握り締めた白い両手と不機嫌そうなポーラの顔。
「ドロボウか」
 ポツリと呟けば、はっとしたように逃げようとする彼。
 無論それは阻止させていただき、常習犯だったであろう彼は、周囲の人間に連行されていった。
「なんというか、運が無いやつだな」
「どういう意味?」
「……値は張りそうだもんな、この杖」
 言葉尻を取り上げ返せば、ノクスは慌てたように話題を変える。
 これはアースから譲られたもの。
 魔法を扱うのに最適の触媒だと言われたこともある。
 金属で出来たシンプルな杖だか、頭の水晶細工は凝っている。
 三日月に似たものと二つの球。何かの寓意か、それともただの文様か。
 意味を窺い知る事は出来ないが、見た目ゆえに値があると思われ、狙われた事も何度かある。
 何より、魔法使いにとっての杖は、剣士にとっての剣と同じ。
 故にポーラはこの杖を手放さない。
 ドロボウから見れば、良い獲物が来たと思ったろう。
 高価そうな杖を持った、か弱そうな娘。
 すれ違いざまに失敬してしまおうと思っただろう。力比べに負けるはずが無いと。
 だが、彼女たちは普通の人じゃない。
 か弱そうに見えるポーラとて、成人男性の平均くらいの腕力も体力もある。
 まして盗られまいとしっかり握っていたのだ。そう簡単に盗めるはずも無い。
 ちょっとした失言から、微笑ましいケンカに発展している二人を見守るラティオ。
 ふと、彼の視界の端に何かが映った様な気がした。
 注意して、さりげなくあたりを伺ってみる。
 冒険の旅に出た事はほとんどないが、生憎出自が手伝って、周囲を警戒することには慣れている。
 そうして相手の出方を待つことしばし、また違和感。
 間違いない。誰かがこちらを見ている。
 店を探すふりをして辺りを見回してみれば、丁度自分の視界に入るか否かのタイミングで姿を隠す者がいた。
 随分と間抜けな奴だ。明らかに怪しい動きをする。先ほどと同じ、物取りだろうか。
 どうするかとノクス達に声をかけようにも、ケンカなのかじゃれているのか、二人の視界に自分はいない。仕方なく先に帰ると宣言だけして、一応宿の方へと向かった。

 しばらく歩くと、足音が着いてきた。
 それを気にせずに歩く。
 ただし、向かう先は宿ではない。そこらの路地に入って相手を待つ。
 足音が近づいてきた。
 射るような眼差しで問い掛ける。
「何の用だ?」
 姿を認めた途端の問いかけに、相手は一瞬ひるんだ。
 年はラティオより少し下だろう、まだ年若い少年。
 頭からすっぽりと覆うような白い服は、ソール教の神官の服。
「……フィデス司祭」
 驚きと戸惑いの色を含んで、確認のように問い掛けてくる。
「何故、貴方がここに」
 何故と問うか。
 確かに、ソール教の司祭ともあれば教団の意向に沿って動くだろう。
 まして私の意志は、教団の意志と等しいと、そう思われているのならば。
「聞いているのはこちらの方だ。何の用があって私をつけていた?」
 彼の疑問など関係ないと跳ね除け、理由を問う。少年はばつが悪そうな顔で口ごもる。
「それは……その……」
「なるほど」
 その反応だけで、答えがわかった。
「私ではなく『銀髪の娘』をつけていたか」
 断定してやれば、我が意を得たりとばかりに少年は頷いた。
「ええ。あの娘のあの魔力。『奇跡』を宿しているに間違いありません」
 ならば我が教団に迎え、その力を活用するべき。
 熱弁を振るう少年に、ラティオは冷たい眼差しをむける。
 皆が皆『奇跡』と呼ぶ。それは一体なんなのかわかっているのか?
「とんだ早とちりだな」
「は?」
 吐き捨てるようにいった言葉に、少年は途端に縮こまる。
「彼女はベガ殿のご息女。ならば魔力は強いに決まっているだろう?」
 『彼ら』は人と違う。それでも、『彼ら』の事を知っているのは教団の上層部のみ。
 この少年は知らないにしても、『ソールの巫女姫』という名目上の立場にいるベガのことは知っているだろう。
 ラティオの予想を裏付けるかのように、少年の顔が朱に染まる。
 自らの無知にか、それともラティオへの怒りにか。
「し、しかしそれならば尚更」
「力づくが、教団の意向か?」
「ッ」
 なおを言い募る彼に、嘲るように言えば、今度こそ沈黙する。
「無理強いするまでも無く、我々はアルカに向かっている」
 もっとも、ソール教のためになる事を一切する気は無いが。
「出迎えの準備でもしていたほうがいいのではないか?」
 それだけを言い捨てて、ラティオはその場を後にした。
 去り際に少年の声が聞こえたが、それには耳をかさなかった。

 だんだんと歩くスピードは遅くなり、通りまで戻ったところで足が止まる。
 『ソール神を裏切られるのですか?!』
 去り際に聞いたあの言葉。それが、今になって効果を示す。
 じくじくと傷む胸。
「どっちが先に裏切ったんだか」
 皮肉気に吐き出したはずの言葉は、自分の耳にも酷く淋しく聞こえた。
 謝りたくても謝れない、そんな子供のような声。
 『辛い時は、空を見てご覧?』
 遠い記憶の中で確かに聞いた声。
 その人のことは良く知らない。
 だって自分がまだ小さかったころに死んでしまったから。
 『それからゆっくりと周りを見てごらん。助けてくれる仲間が、きっといるよ』
 思い出の中の言葉に動かされて、知らず落としていた視線を上げる。
 そう離れてない場所に、二人分の足。長旅をしてきたのか、両方ともに汚れている。
 ゆるゆると視線を上げると見慣れた顔。
 片方はむすっと不機嫌そうに。片方は心配そうにこちらを見ている。
「なんだ……来たのか」
「あのな。わざとおとりになるような真似しておいてその反応か?」
「大丈夫?」
 ぽつりとこぼれた言葉にノクスは呆れたように、ポーラは心配そうに返す。
「教会の連中のようだったからな。誘い出してみれば案の定。
 もうついてくることは無いだろう」
「教会?」
 務めてさりげなく、いつものように振舞うラティオ。
 だがその言葉は逆に、ポーラの表情をこわばらせる。
 彼女を安心させるように微笑みかけてみるが、まったく効果は出ず、仕方なくラティオは説明する。
「ポーラを狙ってきた訳じゃない。私に上の小言を言いに来たんだ」
「本当?」
 すこしほっとした様子を見せる彼女に、ようやく息を吐く。
「用事が終わったなら戻ろう。ユーラがやきもきしてるかもしれないからな」
「……分かった」
「明日にはレリギオに入る。しっかり休息しておこう」
 ラティオの言葉に、しぶしぶ頷くポーラ。
 それを確認して、彼はさっさと宿に戻っていった。
 母上には会いたいと思う。
 でも、物心ついてからずっと会っていないから、どう反応したらいいか分からない。
「ポーリー」
「ん」
 呼びかけに、止まっていた足を動かす。
 じりじりとした太陽が、今はとても鬱陶しく思えた。