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月の行方

【第八話 変わりゆく世界】 1.風の便りを

 人々が行き交う雑踏。やはりどこの国でも交易の拠点となる町は賑わっている。
 木を隠すなら森。多くの人の中に埋もれてしまえば見つかる事は少ない。
 黒い外套。同じく黒いフードを目深にかぶったその小柄な人物は、目的を持たずに雑踏を行く。
 まったく目的がないわけではないのだけれど。
 尾行している者たちを撒いてもいいし、誘いだして目的を吐かせてもいい。
 はたして、つけているのは教会の手のものか。それとも北斗の手のものか?
 どちらにせよ。本当にしつこいですね。
 ほうとため息をついて、アースは露店で売られていた果物を買う。
 そのままそこらの壁に背を預けてそれを一口かじる。リンゴと呼ばれるこの果物は、程よい硬さの果肉と、少し酸味のある味が気に入っていた。
 形は梨に似ているのに、味はこんなに違うんですよね。
 甘いものは基本的に苦手だけれど、果物類はそうでもない。
 ポーリー達はどこまで進んだだろうと思いをはせ、軽食をしつつ通りを行き交う人を眺める。追っ手の顔を知れれば良いし、それでなくても人々の噂話から世界情勢を知るのは大切な事。
『こら天。またそのようなもので食事を済ませる気か?』
「あんまり路銀がないんですから仕方ないじゃないですか」
『そのような言い訳は聞かぬ。食事は一汁一菜を心がけよ』
「……日影って本当に『おかあさん』みたい」
 もっとも、自分はその『母』を知らないのだけれど。
 食事のほかにも礼儀作法など、この剣の姿をした相棒はとにかく口うるさい。
 さてどうやって言いつくろうかと考えていると、道端での囁きが耳に入った。
「セラータが攻め込むって話もあるんだろ?」
「え。あそこって王様が死んだんじゃなかったか?」
「俺も聞いた。なんか騎士様が反乱起こしたとかって」
 姪の母国の話題に、アースは無駄口を止めて耳を澄ませる。
 噂は噂。真実すべてではないが、事実を内包している事もある。
「王妃の幽霊が出て、それで王様が弱ったんだろ?」
「それにあそこには名高いトラモー将軍がいるんだろ」
 トラモント、ですけどね。
 心の中だけで突っ込み、表面上は興味なさそうにリンゴをかじる。
「だから、その将軍が王を切ったって話だぜ」
「本当か?!」
 周りは酷く驚いていたけれど、アースは逆に納得してしまった。
 あの義兄ならありうる話だ。
 それに、あの王の行いはそれをしてもおかしくないほどだった。
 とはいえ、そういうことにまったく抵抗を覚えないかと言えば……
『これでまた、大きく動くの』
「ええ」
 危うく保たれていた均衡が崩れる。
 先を思うとくじけそうになるけど……
 姪がこのことを知ったらどう思うだろうか。それも不安だけど。
「まずは目の前の問題から片付けませんとね」
 だんだんとその包囲を狭めてくる追っ手たちを前に、アースは不敵に微笑んだ。

 深い深い森を通るこの道は、本当に町へと続いているのだろうかと疑うほど。
 陰鬱な森はとても息が詰まる。
 自分が元々緑の少ない国の生まれだからかもしれないけれど。
 本来この国は母国と同じく木々は少ないはずだが、生えているところには生えているものだな。
 後ろからの鋭い視線を感じつつ、ラティオはため息を飲み込む。
 視界に広がるのは陰鬱な黒い森と、それに溶け込むような鈍い色彩の少年が一人。
 逆に浮かび上がって見える淡い色彩の少女が一人。
 後ろには鮮やかな金髪の親子が並んでいる事だろう。
 ふらと視線をやるのは、自分の数少ない身内の方。
 身内といっても、祖父の従妹に当たるのだから、遠いと言えば遠いのだけど。
 少女が何かを話し掛けると、傍らの少年は律儀に返事をしている。
 ふと、少年がくるりとこちらを振り返った。
「で、到着したらどうするんだ?」
「さて、どうするかな」
 そう応えると、途端に胡乱げ目で見返すノクス。
 確かに。自分がそういわれたなら、この反応は当然だろうけど。
「タルデのクレスタの領主とクネパスのオクトス領主は昔馴染みらしい」
「へぇ」
 この時代。国がいて王がいても、地方自治が色濃い。
 国と国との小競り合いは日常茶飯事。町の間ならなおの事。
 国境をまたいでの、町同士の争い。
 戦争がおきるのはいつもこういったところからはじまる。
 だからこそ、芽が小さいうちに摘んでしまえば戦は起きない。
「昔から仲が悪いとか?」
「まさに犬猿の仲らしいぞ」
 ノクスは意外に頭が回る。
 王家傍系というから政などには疎いと思っていたが……やはり母親の影響だろうか。
「互いの意地の張り合いをしているらしい。例えば自分の町のほうが豊かだ、とかな」
「それがどうして戦になるんだ?」
 至極もっともなユーラの問いに、ラティオは肩をすくめて返す。
「作物の収穫を多くするために切磋琢磨するなら、両方の町が豊かになるんだろうけどね」
「まさか……互いに邪魔してる、とか?」
 顔を引きつらせていうのはポーラ。
「水の奪い合いをしてるとか」
「その通り。互いに自分達より収穫させまいと、畑を荒らす始末。
 ……元々そこまで土地も豊かじゃないのにな」
 足を引っ張り合って、返って自らの首を絞めている。
 何故その事に気づかないのか。
 いや……とっくに気づいてるんだ。皆、心の奥では。
 しかし戦をさせるために。『奇跡』を燻し出すために、教会は囁く。
「教会とか神様とかって、人を幸せにするためにあるんじゃないのか?
 率先して戦薦めてどうするんだよ」
「奇遇だな。俺もそう思ってる」
 いまいましそうなノクスに同意する彼に、ユリウスは不審の目を向ける。
 仕方のないことだ。
 そう思うなら、何故ソール教に在籍しているのか。
 答えは簡単。抜け出せないからだ。
 こうして一見自由に外を出歩いているように思えても、自分にはいつだって見張りがついている。逃がさないために。
 戦を止めると断言して、事実行動に移しても何も反応がないのは……多分どうでも良いからだろう。
 結果的に『奇跡』が手に入るなら、どうでもいい。つまりはそういうこと。
 落ちた深い沈黙。
 ユーラが痺れを切らしそうになった頃、先頭を行くポーラが行く手を指差した。
「あの町がオクトス?」
 言われて目を凝らせば、木々の間から僅かに見える防壁や家々。
「カロンだろ」
 手荷物から地図を取り出しノクスが訂正する。
「キルシェがここで、オクトスがここだから……後二つ三つは町を抜けないと」
「そうなんだ」
 地図で位置を確認して言う彼に、ポーラは感心しきり。
 後ろから地図を覗いたラティオもほぅと簡単の声を出す。
「随分詳細な地図だな」
「まあな」
「どこで買ったんだ? こんなもの」
 言外に同じ物が欲しいと言っているも同じことだが、生憎くれてやる気はない。
「……コネでもらった」
 嘘は言っていない。事実ノクス所有のこの地図は、測量大好き・地図作成命の某老人の作である。
 故に、そこらで売られている地図などとは信頼性が違う。
 とはいえ彼も本人からもらった訳ではなく、ミルザムを通じてもらった訳で。
 他につてがない今の状況ではどうしようもないのが本音。
 そんな他愛ない話をしながら、彼らは町に到着した。

 宿兼酒場に陣取り、すこし早めの昼食をとる。
 このペースで行けば明日の朝にはオクトスにつくだろう。
 そのためにはさっさと食事を終わらせて、次の町に向かう必要がある。
 ラティオは祈りを捧げ、ノクスとポーラは手を合わせていただきますをいってから食事は始まる。
「この串焼き美味いなー」
「どれどれ?」
「……なんでお米が甘いの……?」
「諦めろって、アースも言ってただろうが」
「うー」
 子供たちの旺盛な食欲と、にぎやかさに目を細めるユリウス。
 自分の娘もそうだが、本当に大きくなったな、と。
 年頃の娘二人の側に男を寄せ付けたくはなかったが……ポーラ様の身内と許婚では反論が難しい。
 身内の方はともかく、ノクスのほうはポーラが懐き、また先輩からの頼みもあるし。彼の人となりは多少はわかってはきたが。
「ココナツミルクか、これ。そりゃ甘いよな」
「ごはんが食べたいの。
 あの淡白な味の、どんなおかずにも合う白いご飯が食べたいの……」
 苦笑するノクスに、ポーラは切々と訴える。
 上にたつものとしての自覚がそうさせるのか、それとも元々『甘える』ことが少し苦手なのか、今までポーラはこんな愚痴をこぼした事はなかった。
 少なくとも、ユリウスの前では。
「おいしくない訳じゃないけど」
 そう呟きつつも、やっぱり納得いかなそうな表情でポーラは食事を続ける。
「ポーラ、嫌だったら残しても良いんだぞ?」
 見かねたのか、助け舟のつもりで言ったユーラを見て、ふるふると彼女は首を振る。
「だめ。そんな罰当たりな事できないもの。もったいないお化けがでるもの」
「……そうだったな」
 当然といった顔で言うポーラにノクスも頷く。
「もったいないお化けってなんだ?」
「知らないのか?」
「そうみたいなのよね」
「ふーん。ユーラは知らないんだ?」
「何で皆知ってるんだよ」
 無論共通の知り合いたるアースがいるからなのだが、生憎それを思い浮かぶものはいなかった。
 代わりに『もったいないお化け』についての講釈が始まる。
「昔々あるところに、大変好き嫌いの激しい子供がいたんだって」
「で、だいこんとかにんじんとかそういったものを食べたくないって残したんだよな」
「夜になってその子が寝ていたら、よくも残したなってにんじんの姿をしたお化けが追いかけてくるのよね」
「……そーなんだ?」
 懐かしそうに言う三人に、ユーラは呆れるばかり。
 そんなやりとりを微笑ましく見ていたユリウスの耳に、別の話が聞こえてきた。
「とうとうフリストも兵をあげたんだろ?
 本当にどうなっちまうんだろうな」
「フリストもか? セラータも戦準備してるんだろ?
 物騒な世の中だよな」
 駆け寄って問い詰めたい衝動を抑えて、そっと話の主を見やる。
 少し離れたテーブルの、旅人ふうの連中。
 彼らの話が聞こえたのか、別のテーブルからも声が上がる。
「ああ聞いた聞いた。こことタルデも危ないらしいな」
「アージュでもなんか魔物が多くなったって聞いたぞ」
 大陸中で危うい話が多いらしい。
 それはこれまでにも立ち寄った町で幾度となく聞いてきたこと。
 まったく気にならない事はないが、半分聞き流しつつ食事を取っていた。
 そこに、その話は出た。
「セラータの王様が暗殺されたんだってな」