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月の行方

【第七話 時代は繰り返す】 8.空を仰ぐ者

 結局、ろくに眠れないままに朝は来てしまった。
 眠い目をこすり、とか言いたいところだけど、生憎目はすっきりさっぱり冴えている。
 服を着替えようと手にとって、ついつい昨夜のことを思い出す。
 何でまたいきなりあんな事。
 若い娘が恋人でもないのにくちづけるなんて、アージュではありえないことだ。
 いやその……確かに許婚ではあるし、頬にだったんだけど。
 ……駄目だ、考えるの止めて頭冷やそう。
 頭を振って思考を追い出し、ひとまず顔を洗う。
 季節柄、冷たい水が気持ちをしゃんとさせてくれるからありがたい。
 それからちゃっちゃと着替えを済ませて、朝食をとるべく廊下に出る。
 出来ればこのまま誰にも会わずに下まで行きたかったのだが、そうは問屋がおろさなかった。
 階段に向かう廊下の先で扉が開き、見覚えのある二人が部屋から出てくる。
「あー眠。っと、ノクスおはよー」
 あくびをかみ殺して珍しく朗らかに挨拶するユーラ。
 その言葉で、こちらに背を向けていたポーラが、案の定振り向いた。
 なんでこんな時だけ気づく?
「……おはよう」
 毒づきたくなるのを抑えて、ひとまず挨拶を返す。
 と、ポーラがこちらに近寄ってきて。
「おはよう」
 止めるまもなく、夕べの再現。違うのはノクスの顔色くらいだろうか。
 昨夜は赤くなっていたものが、凄い勢いで青ざめる。
 何考えてるんだポーリーはッ?!
 こいつのいる前でそんなことしたら、剣持って追っかけられるに決まってる!!
 確信してユーラを様子を恐る恐る伺えば、彼女はただ微笑ましそうに見ているばかり。
 あれ?
 不思議そうに見返せば、珍しく苦笑してポーラを引き剥がしにかかる。
「ポーラ。ノクス困ってるっぽいぞ」
「え? そうなの、ノクス?」
「は? いやその」
 間近から不安そうな目で見られて言葉に詰まる。
「困るっつーか、びっくりしたっていうか」
「? だって挨拶でしょ。ノクス知らない人じゃないし」
「あいさつ?」
「うん」
 聞き返せばこくんと頷くポーラ。
「家族とか友達とかには頬にキスするのがふつーなんだよ。あたし達の国では」
 旅に出て、セラータだけの風習だって知ったけどなとユーラは続ける。
 あいさつ……ね。はは。眠れなかった自分が馬鹿みたいだ。
 朝だと言うのに思いっきり疲れを感じて、でも部屋にもどって寝ることは出来ず、結局三人揃って下の食堂に降りていった。
 そこに、さらに疲れることが待っていることをすっかり忘れたままに。

 四面楚歌とはこういう状況を指すのだろうか?
 朝食のテーブルについたまま、ノクスは何とか腕を伸ばしてカップを手にとる。
 変な汗をかいて喉が渇いて仕方ない。
 隣に座ったポーラも居心地が悪そうに視線を彷徨わせているし、ユーラにいたってはパンを手にしたまま固まっている。
 沈黙のままに戦いを仕掛けているのはユリウスとミルザム。
 ユリウスは視線で人を射殺せるんじゃないかってくらいの形相で。
 ミルザムは笑顔のままにそれを受け流しているように見えるが、瞳だけは笑っていないから余計怖い。
 一人涼しい顔で食事をとっているのはラティオ。その豪胆さが羨ましいと思う。心底。
「それで……ミルザム殿はいつまでここに?」
「いや? 用はもうないが、朝も早よから出てくこともないだろ」
 不適に笑ってパンを口に放り込む。
 なんというか。水と油の関係って、この二人のことを言うんじゃあるまいか?
 そんな同胞の姿に恐れを感じたのか、引きつった顔でサビクが言う。
「……お前性格悪くなったなー」
 その一言はミルザムの視線によって封じられた。
「ぜってースピカやカペラに似てきてるぞお前」
「喧しい。二人に言いつけるぞ」
 その言葉に今度は有無もなく黙るサビク。
 こんな状況から抜け出せるかと、ほんの僅かな希望をかけていたのに。
「それで……なんでまだそいつがいるんだ?」
 この機に話題を変えてしまおうと思ったのか、ユーラがラティオに指を突きつける。
 突きつけられたほうはというと、きょとんとした顔をしてにっこり笑う。
「酷いな。昨日ちゃんと名乗ったのに。
 名前を知ってるんだから、ちゃんと呼ぶべきだよ?」
 思わず箸を取り落としそうになるノクスとポーラ。
 昨日の口調と全然違うし、微笑みすら浮かべる姿はいかにも軟派っぽい。
「馬を貸してくれたことは感謝してる。
 でもソール教の司祭があたし達に何の用があるんだ?」
「朝食をご一緒するくらい許してもらえると思ってたんだけどな」
 苦笑して言うラティオだが、彼についていた他の二人はすでにいない。
 ユーラが不審に思うのも仕方ない事だろう。
 だがラティオはにっこりと笑ってポーラを指差す。
「俺のことだったら彼女に聞けば?」
「え?」
「ええっ?!」
 きょんとするポーラに対し、ユーラは素っ頓狂な声を上げて彼女につめよる。
「どーゆーことだよポーラ!!」
「え? あう」
「言っちゃえばいいじゃないかポーラ。隠すような関係じゃないし」
「……誤解を招く言い方をするな。身内だろーが」
 けらけらと笑いながら問題発言をするラティオに、ツッコミを入れるのはノクス。
 そんな言い方だとまるで、ラティオとポーリーがその……
 これ以上考えると腹が立つから考えないけど。
「身内?!」
 ギョッとして身を乗り出す親子に、少し視線を逸らしつつ答えるポーラ。
「えっと……その……いとこ(の孫)なんだって」
「……いとこ?」
 呆然と呟くユーラ。
「ってこんな奴がアースの息子?!」
「「違うッ!!」」
 息の揃った反論に、今度はユーラが言葉に詰まる。
「酷いユーラ! アースが結婚なんてすると思うの?!」
「いやそれはそっちの方が酷いと思うぞポーラ?」
 本気で激昂するポーラにもっともな反論を返すユーラ。
 むしろ可哀想なのはアースだろうか。
 今ごろどこかでくしゃみをしているかもしれない。
「つーかあのアースからこんな奴が生まれるとでも思ってんのかお前?!」
「いやそれは思わないな。うん」
 ノクスのツッコミにはすぐに頷くユーラ。
「後で憶えとけよ、黒いの」
 にっこり笑顔でどすの聞いた声を出すラティオに気づいたものがいただろうか。
「え、でもアースの子じゃないなら誰の」
「アースの姉でベガ殿の妹だ」
「……ふーん」
 まだ疑いの眼差しで見るユーラにもラティオは知らぬ顔。
「で、その従兄君が何故今?」
 娘とは違い、本気で敵視し始めたユリウスには肩をすくめる。
「それは……こいつに聞いてくれ」
「そこでこちらに振らないでくださいますか?」
 掌で示されてぶんぶか首を振るサビク。
「信用できないなら、ベガ殿から預かった書状があるが?」
「「それを早く出せ」」
 重なった声にも悪びれず、ラティオは書状を差し出す。
 それを丁寧に受け取ってユリウスは検分する。
 まるで贋物かどうかを確認するかのように。
 しばし書状を睨みつけた後、重々しいため息とともにそれが閉じられた。
「間違いない……ベガさまの字だ」
「うそ」
 この世の絶望といった感じで呟くユーラ。
「そんなに信じられないかな?」
 不思議そうな顔でいうラティオに全員が不信の目を向けるが、大して利いているようなそぶりは無い。
「私が言うのもなんですが、あの方は他のお二方とはかなり違いますからねー」
「そうそう。でも兄上方とは似てますな」
「うんうん」
 なんか納得してる配下達が事実を物語っているようで怖い。
「それで従兄君は」
「ラティオでいい」
「……ラティオ殿は、何故我々に近寄られた?
 しかもソール教の司祭である貴方が」
 その言葉に大きくため息を吐くラティオ。
「むしろ身内だからこそ、ソール教にいるんだがな」
「何?」
「いや、こっちの話だ」
 エールを飲んで喉を潤して、改めてラティオは切り出す。
「今タルデとクネバスは戦準備を始めている」
 つまらなそうに言って、またエールを飲む。
「両国が争って得をするのはソール教だ。それが気に食わんから邪魔をする。
 恨みというか……因縁があるしな」
「因縁?」
 不思議そうなポーラに、ラティオは顔をそむける。
「面白くもない話だが……いずれ話すさ」
 身内にしかわからない何かがあるんだろうか。
 ふと伺ったミルザム達の表情もまた、暗い。
 空は快晴で、本当に気持ちのいい朝だと言うのに。
 陰鬱な空気は続いた。

 元気でなとか、体に気をつけてとか。
 そういったありきたりな言葉を残して、ミルザムとサビクはどこかへ帰ってしまった。
 いたらユリウスと険悪になるけど、いないならいないでやっぱり淋しい。
 それに何より。
「へえ。ユーラは剣を使うんだ。誰に習ったの?」
「父さんだけど……なんでお前そんなに近寄ってくんだよ」
「だからラティオだって。しばらく一緒に旅するんだから、いろいろ知っておいたほうがいいよね? 色々と」
 目の前の軟派な奴は一体どーしたらいいんでしょうか?
 ラティオが何か言うたびに、先頭のユリウスの機嫌が悪くなっているように見受けられる。いや。事実悪くなってるんだろうな。
 ぼんやりとそんなことを思いつつ道を行く。
 目的地は国境近辺。
 そう言っても先日向かった場所ではなく、そこから少し外れたところ。
 ラティオが主張したのだが、この状況を見ているとどこまで信用できるものやら。
 ため息を殺してノクスは考える。
 昨日聞いたことはショッキングなことばかりで。
 きっとこれからも大変なんだろうけど。
 ま、やるだけやるしかないか。
 そう開き直らざるをえないっていうのもいやだけど。