【第七話 時代は繰り返す】 6.繰り返される戦い
「戦って……?」
おずおずと聞き返すノクス。
歴史はこれでもきちんと習っている。
過去に起きた事はこれから起きないとも言い切れないから。
でも、そんな戦があったなんて知らない。
「ま。戦は戦だ」
そう言ってミルザムはまたエールを一口。
喋り疲れもあるだろう、少しかすれた声で続ける。
「期間は……三日ほどだったか」
「三日?」
「そう三日」
こくんと頷かれても困る。
「そんなに短い戦だったのか? よくそんなので……」
「短ければ被害が少ないなどと思うな」
横から口をはさむサビク。エールをあおり、疲れたように言う。
「あの時の天狼の暴れっぷりはもう……」
「天から雷は落ちるわ地は割れるわ。この世の終わりかと思ったぞ。正直」
遠い目をする二人にノクスは言葉もない。
確かに『彼ら』は人とは比べ物にならないほど強い。それこそ竜のように。
「死者はほとんどなかったんだがな。その村に攻め込んできた連中を除いて、だが」
「暴れ回った後に天狼は自害なされた。双方共に頭を抱えてるところへ調停を申し出てきたのが光教会……つまり今のソール教だな」
「頭を抱える?」
聞き返したのはポーラ。
「だってその天狼さん……叔父上は凄く強かったんでしょう?
ならもう攻め込まれることは」
確かに国と国との戦争ならば、相手を制すればそれで終わりのはずだけれど。
「困ったのは『人間』すべてに恐怖を植え付けたから、じゃないか」
「正解だ。ノクティルーカ」
重々しさの欠片もなく告げるミルザム。面白くもなさそうにつまみのチーズを口にする。
「自分達より強力なものがそばにいる。
話には聞いていても見かけはほとんど変わらないし、せいぜいエルフと同じとしか思われてなかったろう。
だが知ってしまった。その力を。自分達に向けられる事もあるという事を」
「実際には天狼……昴の一族は『我ら』の中でも抜きん出ている。
とはいえ、俺にしたってそこらの騎士団の一隊を壊滅させるくらいは容易いが」
さらりと紡がれた言葉にギョッとするノクス。
そんな彼をぴっと指差しサビクは言う。疲れたように。
「そう。そういう目で見る。
まあ確かにいつ攻め込まれるか分からんと思えばな。『我ら』は平和主義とは言わんが、わざわざよそまで出て行く気にはならんのだ」
「こっちの事情はさておいて」
カップをテーブルに置いて、ミルザムは話の流れを変えようとする。
「結局はソール教を間に置いての話し合いの結果、天狼の責を取って琴の君が退位。戦の相手国は近隣に吸収され自然消滅した」
「昴の位はようやく発見された『朧』の君がお継ぎになられ、その後に今上……今の昴こと朧の君のご息女『明』さまへと続いている。『明』の君は理の君の従姉君です」
あー長い長いとか言うミルザムにノクスは素朴な疑問をぶつける。
「それと今の状況と、何か関係あるのか?」
「大有りだ。そもそも……何故その国は村に攻め込んだと思う?
攻め込むのに近い場所ではない。
海に面していた訳でも、交通の要所という訳でもない。
『我ら』の中では観光名所ではあるがな」
「その……朧さんを狙って、とか?」
「ええ。やつらは確かに『あるひとり』を狙っていました。
あそこに朧の君がおられたのは偶然。……奴等は」
すっと落とされる視線。
緊張ゆえか、喉のなる音が大きく聞こえる。
「末姫様を狙っていたのです」
そうだ。
さっきミルザムは言った。『アースが瀕死の重傷を負った』と。
当時は世継ぎの立場だったというから狙われても仕方ないのはあるだろう。
「ああ。世継ぎだったからってのは違うぞ?」
まるでノクスの考えを呼んでいたかのように手をぱたぱたと振るミルザム。
「え?」
「じゃあ何で狙われるんだ?」
「アースは『預かり手』だからだ」
先程までずっと沈黙を守っていたラティオがぽつりと言う。
「預かり手?」
「分からないのか? ソール教が何を求めているか」
突き放すように言われて口ごもる。
そんな何を求めているかなんて突然聞かれても。
大体教義の詳しい事を知っている訳でもないのに……
それでも分かる事なんだろうか?
『預かり手』ということは、アースは何かを預かっていたという事で。
そこでようやく気づく。他人事じゃない。自分もそれを『預かっている』ことに。
「遅いぞ、気づくのが」
呆れたように言ってラティオはまた沈黙する。
「その国の王は『それ』を持っていたらしい。
『それ』同士は呼び合うとも聞くし、全てを揃えようとでもしたんだろうな」
そこで一旦区切り、またエールで喉を潤すミルザム。
『それ』が何をさしているかをポーラも悟ったのだろう。その表情は硬い。
「そこにあった『それ』はどうなったんだ? 吸収される時にどこかに」
その可能性は低いと思いつつも問い掛けるノクス。
近隣が『それ』の存在を知っていたならきっとまた戦が起こっていた。
ミルザム達はそんな事は一言も言っていないし、調停がこじれたような事も。
だとしたら。
「何のためにソール教がしゃしゃり出てきたと思う?
戦後のどさくさに紛れて、その国の『それ』を奪うためだ」
またも馬鹿にしたような口調で言うのはラティオ。
状況が状況じゃなかったら、文句の一つや二つは言いたいところだが。
「あれ、でも……」
不思議そうに呟いて、ポーラが恐る恐る問い掛ける。
「どうしてアースは今も『持ってる』の?
いつ盗られたっておかしくなかったんじゃ?」
「ええ。本来なら次の昴は末姫様です。
ですがそれを、ソール教の面々が朧の君を即位させた。
そして『友好の証』として末姫様を差し出せと要求してきた。
結局はそうはならなかったんですが」
「どうして?」
もっともなポーラの問いに、何故か困った顔をするミルザム。
「……祟られたからですよ」
「祟る?」
意味が通じていない事に気づいたか、ミルザムがしぶしぶといった感じで説明を始める。
「それを命じた法王が死去、ソール教の本殿が雷による火災で焼失。
神殿内で奇病が蔓延」
「うわぁ」
まるで不幸の見本市。一体何をどうすればそうなるのやら。
「司祭クラスの全員が同じ夢を見たそうだ。
『我が血族に害為すものは、末代まで祟る』とな」
そこまで言っても不思議そうな顔をするノクスに、ため息ついて追加説明をする。
「祟りって聞いたことないか? そうか、ないか。
ヒトの怨霊神は、非業の死を遂げたものが死後復讐するようなもの……とでも言えばいいのか?」
「俺に聞くな。お前の方が専門だろ」
すげなく返されて少し悲しそうにしつつもミルザムは続ける。
「呪い、といったほうがお前には分かり易いかな。
自害された天狼が怨霊神になってしまわれたということだ」
「ひとが神に?」
「お前達の言う神と『我ら』の神では多少……いや、かなり意味合いが違うだろうが。
まあとにかく聞け。
そんなこんなでソール教の面々は末姫様に手出しは出来なくなった。
何かしようものならすぐに災いが起きるとあってはな。
ただ奴らも根性が座っているというか。
末姫様を諦めるかわりに『天狼の御霊を鎮めるため』琴の君がソール教に行かれることになった」
「それで母上が……」
神妙に呟いて、ポーラはぬるくなったエールにようやく口をつける。
それからおもむろに顔を上げると、伺うような眼差しをラティオにむける。
「タルデかクネバスに『ある』の?」
何が、とは聞かない。この話の流れで行けばそれは明白。
「だから動いている」
こともなげに応えるラティオ。
「これでもベガ殿や母から色々聞かされていてな。一員ではあるが、気に入らない」
そう言い捨てる彼の瞳が揺らめく。
怒りか、それとも別の何かか。
「奴らの手の内にいるのも、踊らされるのも真っ平だ。
戦を止める。いや、起こさせない」
一堂の視線を集めてラティオはこう言い切った。
「そのために手をかせ」
不敵な笑みを浮かべて。