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月の行方

【第七話 時代は繰り返す】 5.褪せない記憶

「おっかえりー」
 町の入口で出迎えたのは、それはそれは楽しそうなミルザムだった。
「無駄足ご苦労様。さて、次の手を考えようじゃないか。ん?」
 挑発されてユリウスは鋭い視線を返し、娘を伴い荒々しい足取りで宿に入っていく。
 その様子を眺め、おおこわとか呟いてミルザムは視線を移し。
「……どうしたんだノクティルーカ。そんな疲れた顔して?」
「聞くな。頼むから」
 聞かれたノクスはよろよろと馬から下りつつ何とか応じる。
 気合を入れて馬上から飛び降りようとするポーラに手を差し出せば、それはもう嬉しそうに微笑まれて。
 いつもなら茶々を入れるミルザムが口を開かないのがかえって怪しい。
 あんまり顔を見ないようにして馬から下りるポーラを手助けすれば、何かを察したのか心配そうな声が降りた。
「大丈夫?」
「あ? あー。一応」
 疲れているのは確かだけれど……流石に本人に向かって『お前が原因だ』とは言えない。
 久々の乗馬で緊張したのは確か。だけど問題は、相乗りすることになって当然の顔してポーリーが乗って来た事だと思う。
 ユーラとの相乗りはケンカになるだけだろうから、それを防ぐために彼女が来たんだろう事はわかるけど、その、なんだ。
 あんまりくっつかれても……嬉しくないかと聞かれればそんな事は絶対にないんだけれど。結構着やせする方じゃないかな、とかって何考えてるんだ俺!
「……本当に大丈夫?」
 ポーラの言葉は聞こえていないのだろう。怪しい事この上ない奇妙な動きをするノクス。
 そんな二人の姿を微笑ましく、もしくは顔をしかめて横目に見つつ、神官達は宿の戸をくぐる。
「初々しいねぇ」
 楽しくて仕方ない。
 そんな感情が見える発言は、神官の一人。黒に近い濃い色の髪の青年のもの。
「あてられるなぁミルザム?」
「相変わらずな発言だな。元気そうで何よりだサビク」
「ははっ まーな」
 応じつつもとんと肩を叩き、サビクはミルザムに耳打ちする。
「こっちは今んとこ順調だ。そっちはどうだ?」
「まずまずと言ったところだな」
 答えに満足したのだろう。サビクはミルザムから離れ、今だ馬上にいる赤毛の青年の方に歩いていく。
 それを見届けてミルザムが手を鳴らす。
「ほらノクティルーカ、しゃんとしろ。ここからが本題なんだぞ」
「……本題?」
 胡散臭そうな眼差しをむければ、心外だと言った感じで返される。
「ああ。お前に話があるといっていただろう。
 それと……北の姫にも是非お聞き願いたい」
「わたしも?」
「なるべく他者には漏らしたくはないからな。
 必要最低限の関係者のみに話そうって訳だ」
 そう後を継いだサビクに不思議そうな眼差しをむけるポーラ。
「北の姫にはお初にお目にかかります。
 『理』君の近衛を勤めておりますポウロウニア・トメントサ・サビクと申します」
「同僚です」
「は、はじめまして」
 おどおどと返すポーラ。
 なんとなく引き気味なのが見て取れて、人見知りする性格はなおってないなとかノクスは思う。
 すっとサビクが手を指し示す。今まさに馬から下りた、赤毛の青年に向かって。
「こちらの方がわが主。四の星『想』君の第二子『旭』君の孫の『理』君」
「ウェネラーティオ・フィデスだ。ラティオでいい」
 どことなく疲れたように言うラティオ。
 改めて観察すれば、多分年は二十歳前後。
 白いローブは司祭のものだから、年の割りに出世しているんだろう。
 それよりも気になるのが。
「『おもい』とか『あさひ』とか『ことわり』ってなんだ?」
「……『我ら』のうちでは、やんごとなき方のお名前をみだりに口にする事は許されぬ。一族のくせにそんな事も知らんのか。小僧」
 嘲りまくりのサビクの言葉にムッとして何か言い返そうとしたら、先にミルザムの手が動いた。
 ぺしっと軽く同僚の頭を叩いて言い聞かせる。
「こらサビク、失礼な物言いをするな。ノクティルーカは『天狼』の末だぞ」
 その言葉にサビクはしばし硬直し、それが解けたかと思ったら勢いよく地に伏せた。
「先程の暴言! どうぞ平に! 平にお許しを!」
「は?」
「こらこらサビク。いきなり卑屈になるな。ノクティルーカと姫を困らせるな」
「漫才はそれくらいにして」
 はーとため息ついてラティオは視線をポーラに向ける。
「詳しい事を伺おうか。場所を変えよう」
 そうしてようやく彼らの宿に入っていった。

 部屋を手配して、一階の酒場の奥のテーブルを陣取る。
 こういった旅人相手の宿にはたいてい奥のほうに個室があって、密談が出来るようになっているが。あえてそこは借りない。
 酒場のすみの方の席を取り注文した品が揃ったところで、テーブルの中央にミルザムがコトンと何かを置いた。
 淡い光を放つ、翠色の澄んだ宝石細工。
「よっくできてるな~」
 満足そうにサビクが頷いた。
「まぁな。これで周囲に話が漏れることもない」
「え?」
 言われた言葉を聞き返す。これは何かの魔法の道具なんだろうか?
「知りたいか?」
「っつーか話したいんだろ?」
「そうともいう」
 悪びれもなくおどけてミルザムは置物をつつく。
 岩を模した台座の上に、宝珠を守護するような竜の細工が乗っている。
 一つの石から彫られたんだろうか?
 濃い翠のその石は反対側をすかし見ることは出来ないが、奇妙な透明感を持っている。
「銘はつけていないがな。これを発動させれば周囲二、三畳……まあこのテーブル近辺の会話を外に漏らさないんだ」
「そんなことできるのか?」
「はっはっは。それだけじゃないぞ。
 この結果の外には俺たちの本当の会話は聞こえないが、別の差しさわりのない……天気だとかの話が聞こえるようになっている。
 音が途切れていたら不審に思われるからな」
「相変わらず妙なものは良く作るよな」
 自慢気に言うミルザムに呆れたように言うのはサビク。
 他にも色々作っているのかと聞きたいけれど、多分今話さないといけないのは別のことだろう。
「それで、さっきの続きをしていいか?」
「と。すみません理の君。
 で……どこから話せばいいんだ?」
「まあ……最初からがいいだろうなぁ」
 エールに口をつけてミルザムがめんどうくさいけどと前置きして話し始める。
「そもそもの始まりは……想の君が行方知れずになられたことが原因だ」
「その想の君っていうのは?」
「琴の君の妹君だ」
 『琴の君』というのはポーラの母親のことだろう。
 何度も何度も聞いたからそのくらいは分かる。
 でもその妹?
「アースの、こと?」
「いいえ」
 不安げに聞くポーラにミルザムは首を横に振る。
「末姫様は末姫様と御呼びしております。
 一応は『現』の君という名もありますが」
「まあ呼び名に関してはややこしいとは思いますが、諦めて覚えてください」
 困り顔でサビクに言われてしぶしぶ頷くポーラ。
「そうですねぇ。
 昴――『我ら』の王の一族は琴の君、天狼、麦の君、想の君、現の君こと末姫様の五人兄弟なんですよ」
 それを聞いてふぅんと思う。ミルザムが散々『姫』と呼んでいたけれど、アースは本当にお姫様だったんだ。
「こちらの理の君が想の君のひ孫。北の姫は琴の君のご息女。
 ノクティルーカは天狼の子孫……玄孫の玄孫くらいにあたる」
「は?」
「こらこら『我ら』は永き時を生きることくらい知っているだろう?」
 思わぬことにノクスが聞き返せば、当然と言った表情でミルザムが返す。
「代を経れば血は薄まる。
 だんだんと寿命も能力も人に近づいていくのは当然だろう」
 じゃあなにか? もしかしてあの母の強さはこれのせいか?
 疑問を口に出そうとしたけれど、手で制される。
「聞きたいことは多いだろうが、まずは話すだけ話させてくれ」
 そう言われてしまえば仕方ない。
 ノクスはおとなしく聞くことにした。自分にも色々と関わってくる話のようだし。
 そうしてミルザムの昔話は始まった。

「そう。あれはまだ末姫が生まれる前のことだった」
 想の君は惚れっぽい性格で、しかもなぜか『自分達』とは違う、人ばかりを好きになっていたという。
 結婚に関しては周囲もあまりうるさくなかったようで、ある日想の君はとある人族の若者と恋に落ち、都を出て人の町に移り住む事になった。淋しくはなるけれどと言いつつも兄弟たちから祝福されて、数年後に双子を授かったらしい。
 それがラティオの祖父にあたる『旭』と妹の『朧』。
 年に二度は都に里帰りをしたりして、しばらくはそんな穏やかな日々が続いたらしい。
 しかし……双子が生まれて十数年が経った頃、ぷつりと音信が途絶えた。
 長い寿命をもつ彼らだけれど、肉親の情は厚く、年に一度も連絡がないのはおかしいと様子を見に行けば。
 すでにその場に町はなく、親子揃って行方知れずになった。

「とまあそんなことがあったもんで、その後に誕生された末姫様を、皆様猫かわいがりした訳だ」
 姫の誕生によって暗くなっていた都も大分明るさを取り戻したものの、不安はいつもついて回った。
 この姫は無事でいられるだろうか、と。
 そして……その不安は的中した。
「もともと『我ら』は島国に住んでいたからな、あまり外の事には興味を持たなかった。
 貿易などは別として、外に攻め込むって感覚はかなり薄かったんだな。
 内に篭っていたとも言うが。
 しかし、相手はそう取らなかった。
 自分達より強い魔法を操り、なおかつ長い寿命をもつ存在を知って……愚かな望みを持つものがでないとは言い切れないことは分かっていたはずなんだがな」
 当時の大国がこっそりと何人もの間者を都に潜ませていた。
 外からの者は『マレビト』として尊重される風習があったせいもあるだろう。
 重要な施設はともかく、比較的あちこちに入ることが出来た。
「詳しく話すと鬱になってくるから簡潔に言うが。
 とある村が焼き討ちされて、そこに何故か行方不明だった『朧』君が捕らわれていて。末姫様が瀕死の重傷を負わされた」
 ポーラが息を呑む。
「当然そんな事をされて黙っているはずがない。
 ここで……穏便に済ませることが出来ればよかったんだろうが」
 そういうことはつまり穏便にはすまなかったのだろう。
 先程ミルザムはわざわざ『アースは猫かわいがりされていた』と言った。アースの成長に、行方知れずになった妹の面影を重ねなかったとは言い切れないだろう。
「昴は本来、女系女子が継ぐもの……末姫は次の王となられるべき立場に居られた。黙っていられるはずもない。
 しかも、二度も『妹』を奪われかけたとならば」
 当時を思い出しているのだろうか。ミルザムの表情は硬い。
 語られる内容についていけないノクスとポーラ。
 ラティオは知っていたのだろうか。欠片も動揺することなく話に耳を傾けている。
 いつまでたっても続きをいえないミルザムに代わり、サビクが口を開いた。
「そして……戦が起こった」
 あいつらのシナリオどおりに。
 そう、言外に含ませて。