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月の行方

【第五話 一条の闇 一条の光】 5.なんだか大変?

 目の前では少女達がまだなにやら言い合いをしている。
 ため息一つ、息を吸い込んで問い掛ける。
「で、もういいか?」
 大分げんなりとした声音になってしまったのは、やはりまだショックを引きずっていたせいだろうか。
 しかしユーラは何を感じたのか、ポーラを背に庇いつつ剣呑な瞳で見据えてくる。
「それでお前は何者だ?」
 一瞬答えに詰まる。
 視線をポーラに向ければ彼女は不思議そうに見返してくるばかり。
 仕方なく、もうすっかり慣れてしまったほうの愛称を名乗る。
「……ノクス」
「で、何でお前はこんなとこにいるんだよ。あたし達になんか用か」
 ぶっきらぼうに答えたノクスに、とがったままの声でユーラは続ける。
 その言葉を聞いているのかいないのか、ポーラはノクスを見つめた。
 髪も目も真っ黒。年は多分自分と同じくらい。
 前会ったときは長い髪を結わえてあったのに今は短くなっている。
 ノクスっていうんだ。
 初めて知った彼の名前。今度お礼を言う時にはちゃんと名前が呼べる。
 一方ノクスはどこか拗ねたような感じで視線をそらせたまま用言を告げる。
「イアロスの迎えで来た」
「イアロス……」
 反芻するポーラ。その名は知っている。あの時、ユリウスが言い残した言葉。
 イアロスを頼れ。と。
「そのイアロスって奴がなんだって?」
 さらに瞳を怒らせて問うてくるユーラ。
 まるで野良猫だよなとか思いつつ、ノクスはつっけんどんに答える。
「俺も『嬢ちゃんたちと逃げろ』って伝言残されただけだから詳しく知らねーよ。
 知らねーんなら人違いだ。悪かったな」
 それだけ残してとっとと踵を返す。
 もちろん本気でどこかに行く気は無いけれど、ようやく会えた幼馴染には綺麗さっぱり忘れ去られていて、おまけにあれだけ疑われれば腹が立つ。
 それに彼女達にも話がいっているならば。
 しばしの後、二つの足音がノクスの後を追っていった。

 つかず離れず、そんな間を保ったまま少年と少女達が道を行く。
 まだ朝が早いためか、裏通りといっても人はまばら。
 拗ねたような少年の後を警戒心丸出しな野良猫みたいな少女と、両者を心配そうに見やる少女が続く。
 遠眼鏡を覗いたまま空いたほうの手で懐をあさり、木の実を一つ口に入れてカペラはごちる。
「上手くいかないものねぇ」
 こう『感動の再会!』というやつが繰り広げられるかと、実は少々楽しみにしていたのだけれど。
 拗ねっぱなしの婿殿の表情を見る限りは……多分ちい姫が覚えてなかったのだろう。彼女は人の顔を覚えるのを非常に苦手としていたから。
 一月二月留守にしてだけで、自分も何度忘れられた事か。
 それとも。
「曲がり角でぶつかるっていうのは良かったと思ったんだけどなぁ。
 やっぱり屋根の上からの登場じゃあ駄目だったかしら?
 結構運命的に見えると思ったけれど」
「あんな『偶然』はかえっておかしかろう」
 独り言のはずの愚痴に、意外や返事が返ってきた。
「あらスピカ。いつ戻ってきたの?」
「先程じゃ。あやうく取り返しがつかぬところじゃった」
「取り返し?」
「うむ」
 カペラの隣に立ってスピカもノクス達を眺める。
「まあ送り届けはした故、後は何とかするであろう」
「あ、なるほど。お疲れ様」
 カペラの言葉に苦笑を浮かべるスピカ。
「しかし人知れず事を運ぶのは難儀じゃの。ようできるな。カペラは」
「私は慣れてるもの。後はちい姫様が無事にみんなと合流するのを見届ければよしってところかしら?」
「そのようじゃの。ならわらわは戻る」
「うん。気をつけて」
 言葉と共にスピカの姿は掻き消える。
 さてと。
 気持ちを切り替え、再び遠眼鏡を覗くカペラ。
 今度探すのは別の相手。ポーラの追っ手たち。
「まったく私たちのちい姫に何をしてくれるんだか」
 ぶつぶつ言いつつ顔をしっかり覚え、風の術を駆使して会話と髪を少々頂く。
 手に入れた髪を懐紙に包んで名を記す。
 もしちい姫に怪我させたら、コレを使って呪ってやるんだから。
 相手にとってはたまったものではない事を決意して。

 角を曲がり路地を行き、それでも足音はついて来る。
 来てもらわないと困るけど。
 そんな事はおくびにも出さずにノクスは目的地へと歩を進める。
 その後ろを不満顔でついていくユーラは、疑い深く何度もポーラに確認している。
「いいのかポーラ」
「うん。きっと大丈夫」
 何か確信でもあるのか、疑うことなくポーラは微笑む。
 前に助けてもらったからというのもあるし、それになんだか彼は信用できる気がする。
 そんな彼女の様子にユーラはため息をついて。
「ま、いざとなったらあたしが守るけど」
 その言葉に先を行くノクスが反応したのは生憎二人とも気づかなかった。
 守る、か。
 後ろの様子を伺いたいのを我慢して、ノクスは心の中でごちる。
 あの時も結局特に役に立て無かったよな、俺。
 骸骨兵との戦いを思い出してみる。
 一瞬で骸骨兵の半身を氷付けにした術。あれで攻撃魔法が苦手とか言ってたし。
 自分に出来る事と言えばせいぜいが彼女が術を使う時間稼ぎくらいか。
 考え出してどんどん気持ちは暗くなる。
 守るなんて、言えないよな。
 小さな頃の誓い。
 それを果たすのは実はとても難しい事だったんだと今更ながらに思い知る。
 後ろで彼女達がなにやら言っているが、内容には特に気を払う事は無かった。
 というか沈んでいてそれどころじゃなかった。
「おい! 聞いてんのか?」
 だから怒鳴られてようやく呼ばれていた事に気づいた。
「何だ」
 嫌そうに振り向けば、同じく嫌そうな顔でこう聞かれた。
「お前の言うイアロスってどんな奴だ?」
「駄目大人」
 間髪いれずに答えれば、ユーラは呆れた顔で硬直して逆にポーラは笑顔になる。
「ね、あってたでしょ?」
「……本当に言ったな」
 嬉しそうなポーラに苦い顔でユーラが返す。
 その反応からどうやら一応話は通っていたのだと推察する。
 先ほどのやりとりは、本人が来なかった場合の合言葉のようなものとしてあらかじめ教えられていたのだろう。
 とはいえ、いいのかそれでとかノクスが思うのも仕方ない事だろう。
 まだ不満げなユーラを置いて、ポーラがノクスの隣に並ぶ。
 少し驚いて見つめればふんわりと微笑み返された。
 視線の高さはほぼ同じ。……あえて言うならノクスの方がほんの少しだけ高い。
 その事実に少し安堵して視線を前に戻して道を行く。
 慌てたようにユーラがポーラをはさんでノクスの反対側に行って彼女になにやら言っているが。
 よっしゃ抜き返したっ!
 分からぬように小さく拳などを握りつつノクスは思う。
 身長を抜かれてから毎日ミルクを出来るだけ飲んできたのが良かったんだろう。
 それでもまだもっと伸びて欲しいけどと思いつつ、もう一度確かめてみる。
 うん。ほんのちょっとだけど高い。
 何見てんだといった感じで、ポーラの向こうにいるユーラから睨まれたから睨み返して視線を逸らす。ぎすぎすした雰囲気に気づかないまま不思議そうに左右を見るポーラ。
 そして険悪な空気は目的地に着いた瞬間に凍りついた。
 ノクスの足が止まったのを見て少女達も足を止め、その建物を見上げる。
 派手な外観で宿のように大きいけれど、明らかに営業してはいない。
 しかしそれに構わず、ノクスはノックをして呼びかける。
「こんにちはー」
 それに応えて二階の窓が開けられ、女性が顔を出した。
 年は自分達の倍くらいだろう、艶やかな黒髪の女性。
 乱れたままの髪を撫でつけ、紅を引いた唇に笑みを浮かべる。
「おや坊やじゃないか。生憎今日はまだ来てないよ」
「そっか」
 応えつつ少女達の様子を伺う。
 ……こんなとこに連れてこられたら普通は怒るよなぁとか、どこか他人事のように思いながら。
 案の定、怒りを通り越して青くなっているユーラの姿。
 逆にポーラは分かってなさそうな感じ。
 イアロスがまだ到着していない事は分かったが、それでも中に入れてもらわないといけない。さてどう言おうかと考えていると。
「っきゃああああっ」
 いきなりの悲鳴。その音源は右の路地からどやどやと出てきた女性達。
 粗末なと言い切るには妙に露出の多い服。
 化粧はしていないものの、皆どこか艶っぽい。
 先頭にいた女性がノクスを指差し黄色い声をあげる。
「坊やが女の子連れてるーっ」
「えええ?! あら本当!」
「だめよ坊や。そういうところはイアロスに似ちゃあ」
「どっちの子が本命なのかな~?」
 あっという間に囲まれてあたふたするユーラと、びっくりはしているもののそこまで動じていないポーラ。
 ノクスは諦めきった表情で周囲を見回した後、助けを求めて上を見上げる。
 黒髪の女性はしばらく楽しそうに階下の様子を眺めていたが、しかたないねぇといった感じで止めてくれた。
「ほら静かにしな」
「えー。坊やの話聞きたいのに~」
「どっちが本命? あ、銀髪の子でしょ~?」
「違うわよ金髪の子よね?」
「油売ってないでさっさと戻りなっ!」
「はぁ~い」
 一喝されてようやく女性達が離れた。
 そこでようやくそろそろとノクスは息を吸う。
 彼女達には悪いが、どうにも香水臭くてかなわない。
 元々香りのきついものは苦手だったために、ようやく息が出来る感じ。
 それに……ユーラの視線が痛い。
 目を合わせたらそれだけでダメージ受けそうなくらいに痛い。
 なんかもう嫌な汗が背中を流れまくってる感じがするなぁ。
 そんな彼に笑みを含んだ声が降る。
「イアロスは来てないが、連れは来てるよ」
「連れ?」
 誰だろうと不思議に問い返すノクスに彼女は頷き。
「傷だらけの、金髪のなかなか渋い兄さんが。
 綺麗な青い髪の女が連れてきたんだけどね。
 ……そっちの嬢ちゃんに少し似てたねぇ」
 その言葉にユーラが息を呑む。
「それよりいつまでそんなとこに突っ立ってるつもりだい?」
 入って来い。
 そう言われてノクスは一応少女たちの反応をうかがう。
 本当ならポーラはこういうところには連れて来たくないし、むしろ知って欲しくないくらいだったけれど仕方ない。
 けれど問題はユーラのほう。
 ここがどういう場所か知ってそうなだけに、どうやって説得するべきか。しかし。
「入らねーのか?」
 そういったのは意外にもユーラだった。
 イアロスの連れっていうのが彼女達の仲間ってわけか?
 そう判断してノクスは店の扉を開けた。