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月の行方

【第四話 邂逅の時】 5.継承者

 太陽を遮るようにして、弓手を空へと伸ばす。
 そこには『選ばれし者』の烙印。
「どうして、みんなこんなの欲しがるかなぁ」
 自分のもののはずの唇が、自分のものではない声を紡ぐ。
 かざされた掌も、自分のものとは違う、なめらかで小さなもの。
(そう。不思議で不思議で仕方なかった。
 だって、すごい力を持ってるっていっても、これは絶対に使っちゃいけない力だ)
 耳からではなく、自らの内から聞こえる声。
「ある意味なんてないのになぁ」
(そう思うでしょ?)
 視線を転じれば、そこには一人の少女。
 漆黒の外套に、銀の髪が良く映える。印象的な森の緑と空の青。
 年は多分、自分とそんなに変わらない。
 内心の意を正確に読み取ってか、目の前の少女は苦笑する。
「使ってはいけませんし、使わせてもいけないんですよ?
 しっかり守るように預けられたんですから」
 信頼には応えませんとね。
 そう言って少女は微笑む。
 逆光で顔はよく見えないけれど。
 その人をとてもよく知っているような。そんな、気がした。

 目を開ければ、見慣れた天井。
「れ?」
 呟いた声はいつもの自分の……ノクスのもの。
 ああ。さっきのは夢なのか。
 そう納得する反面。
 何で俺は寝てるんだ?
 寝転がったままに、回らぬ頭で思案する。
 えーと、確か素振りに飽きて、散歩に行って。
 マリスタに、会って。
 そこまで思い出してノクスは跳ね起きる。
 その拍子に、重力に逆らいきれず、落ちるひとしずく。
「れ?」
 シーツに僅かに出来た染み。色はついていない、それ。
 恐る恐る頬に手をやれば。間違えようもない涙のあと。
「……何で俺、泣いてるんだ?」
 はて。いやな夢でも見たんだろうか?
 うーんと唸って夢の内容を思い出そうとする。
 空の下で話をしていた。それから……
 思い出せない。
 ごしごしと涙を手でぬぐって、はたと気づく。
 自らの左手。
 そこに見慣れぬ痣があることに。
 そして思い出す。あの青い奔流を。
「あ……」
 知らず緊張する体。
 痛みも違和感も何もない。それが、かえって恐ろしい。
 マリスタは言った。
 君になら託せる、と。
 何を?
「考えるまでも、ないだろ――」
 苦しさを押し殺せずにうめく。
『後継 ここに現れり』
 耳に甦る声。
 青い蒼い。怖いくらいに青い力。
 神の住まう天空の色。神に最も近いと、聖職者達が尊ぶ石。
 十二に分かたれた『奇跡』の一つ――青玉(サファイア)
「なんで……だよ」
 ノクスの問いに、応えを返すものはなかった。

 急速に、力の抜けていく体。
 意地と根性でもって倒れるのは避ける。
 流石に、きつい。
 数年間自らの内に根付いていたもの。
 すべてを欺き、守り通してきたもの。
 それが離れた今、何故ああまでして守ってきたのかと、正直不思議になる。
 何とか家までたどり着き、耐え切れずにベッドに突っ伏す。
 解放された。
 それは、とても嬉しい事のはずなのに。
「遅いんだ」
 今更解放されたって。
「もう、遅いんだ」
 失ったものは戻らない。なくしたものは還らない。
「っにが……『奇跡』だ……っ」
 うつぶせに倒れたまま、太陽が沈みかけても。
 マリスタは起き上がろうとはしなかった。

 ベッドの上に座り込んだまま、ノクスは考え込む。
 どうしよう。
 誰かに話してしまいたい。でも、話す訳にはいかない。
 というよりも、話しても信じてもらえるかどうか。
 それより何より、そもそも『奇跡』ってなんなんだろう?
 ぐるぐると回る思考。
 それ故に、ノックの音にも声にも気づかない。
 ひらひらと目の前で手を振られてようやく気づく。
 目の前には、呆れ半分心配半分といった顔の。
「ミルザム?!」
「よ、ノクティルーカ。無事か?」
 ミルザムは右手で盆を支えたまま、備え付けの椅子を引いて傍らに座る。
「帰ってきてたんだ」
「何を言うか。広場で寝こけてたお前を拾って帰ってやったんだぞ」
「……アリガトウゴザイマス」
「よろしい」
 広場で寝てた、か。
 よく物盗りにあわなかったものだと自分でもちょっと呆れる。
 でもつまりそれは、マリスタがノクスを放って帰ったということで。
「ほれ」
 再び思考の海に入ろうとするノクスの前に、土鍋が差し出される。
「何だこれ?」
(かゆ)だ。土産に色々もらったからな」
 熱いから気をつけろよと付け加えて手渡されて、しぶしぶ受け取るノクス。
「ミルザム料理できたんだ」
 正直、彼の料理する姿など思い浮かばない。
 素直な言葉に苦笑するミルザム。
「これだけしか作れんがな。
 消化が良いから食べても大丈夫だろうし。成長期に食事をぬかすのは悪かろ?」
 言われて外を見てみれば、すでに夕闇。
 なんか薄暗いとは思っていたが、こんな時間が経っていたとは……
 しかもミルザムは、どうやら夕食をとり損ねたノクスのためにわざわざ作ってくれたらしい。
 感謝の意を伝えて、そっと蓋を開けてみる。
 ほわんと上がる、温かな蒸気。
 真っ白なごはんの中央に、彩りよく添えられた赤い実。
 この食べ物は何度か見た事がある。
 ポーリーが風邪をひいたときとかにアースが作っていた。
 そのときに少し食べさせて貰ったものの、どんな味だったかは覚えてない。
 にしても、この彩りの良さ。料理ってやっぱり見た目も大事だよな。
 木のさじを手に、いただきますとつぶやく。
 一口すくって恐る恐る口をつけてみる。
 うん。まあその。おいしい。淡白といえば淡白だけど。
「梅は少しずつ食べろよ。間違っても全部いきなり口に入れるな」
 忠告を聞いて、実をほぐしてお米と一緒に口の中へ。
 もくもくと食べ続けるノクスの姿に、ほっとするミルザム。
 食欲があるのなら心配は要らないだろう。
 しばし沈黙のままに食事が進む。
 さじを置いて蓋をして、ごちそうさまと手を合わせた後に、ミルザムが切り出した。
「で、どこで押し付けられたんだ? それ」
 視線はノクスの左手に。瞳は鋭い光を宿して。
「何が?」
「『石』に決まってるだろ」
 そっけなく返した言葉に、そのものズバリを言い当てられる。
 ぎょっとしたようなノクスに、息を吐くミルザム。
 案の定。
 星の告げた未来は、ここでも当たってしまった。
 これはもう呪いか? 呪いのレベルなのか?
 未来をあてるのが彼の仕事だが、当たってうれしいものばかりじゃない。
 前回は無論、今回も然り。予めわかっている事なら対策を立てられるかとも思ったが、それは叶わなかった。
 ならば。
 知りうる限りの情報を与え、本人に判断を委ねるか。
 彼は『関係者』だから、いずれ話すつもりではいた。
 だが『当事者』となってしまった今、猶予はない。
「オーブも押し付けられた事がある」
「えっ」
 突然の告白にたじろぐノクス。
「ちなみに『黄玉(トパーズ)』だ」
 口をぱくぱくさせたまま、それでも明確な言葉が出てくる様子はない。
 当然といえば当然かもしれないが。
「知らなくて当然だろう。というより知ってる方がおかしい」
「じゃあ何でミルザムは知ってるんだ?」
「それが理由で知り合ったからだ」
 恨みがましく言われてもどうしようもない。
 親子といえど。いや、他者には決してもらしてはならぬ事柄など、世の中にはいくつでもあるのだ。
 説くことはせずに、問いを投げかける。
「そもそもノクティルーカ。お前、それがどういうものか知っているのか?」
 たっぷりとした沈黙。
 ややあって、戸惑い気味にノクスは口を開く。
「さっきミルザムが言っただろ。俺は『青玉』らしい」
「そうか……」
 『奇跡』。
 遥か昔に神が人々に託したといわれる大いなる力。
 それは十二の宝石に姿を変え、同じ人数の魔導士によって守られているという。
 おとぎ話のたぐいの話。
「本物、なのか? これ。冗談とかじゃ?」
 内容とは裏腹に、そんなはずがないと確信している、その声音。
 こういうことにノクスは鋭い。
 もとより、この件に関しては誤魔化すつもりはない。
「冗談じゃないし実在する。偽物ではない」
「そっか……」
 まだ完全に納得していない。実感だってない。それでも、考えても仕方のない事、わからない事は気になるけど……今は後回し。
 今わかる範囲の事を聞く。それから判断したって遅くない。
「でも、何で分かるんだ?」
「まだ完全に馴染んでないからだろうな。抑えきれない魔力がある。もっとも、『我ら』のように魔力に鋭敏なものでなければ気づかぬ程度に、だが」
 ひょいと肩をすくめて応えるミルザム。
 完全に馴染んでない……か。
 些細な言葉も聞き逃さない。それが時に命取りになる事も知っているから。
 『石』は力そのものであっても完全な異物。
 預かり手が『持つ』というより『宿る』と言った方が意味合いとしては近いんだろう。
 考え込むノクスの額を小突いてミルザムが聞く。
「体は問題ないか?」
「へ?」
 急に聞かれて、慌てて確認する。
 怪我はない。疲れている……こともない。
「大丈夫だけど?」
「よし、なら出掛けるぞ」
 そう言ってミルザムは外套を投げ渡す。
「え。今から?」
 案の定上がる反対の声。
 外はすでに闇の支配する時刻。
 今宵は十三夜。本来なら十分明るい夜に当たるが、月の光は厚い雲の向こう。
 新月以上に暗い夜。
 こんなときに外に出るものではない。一般人の感覚なら。
「聞かれてはまずい話ならこういう夜が相応しいだろう?」
 不敵に微笑み、はぐらかす。
 『石』の預かり手は完全に秘匿されねばならぬ。
 存在がばれれば最後、あらゆるものに狙われる事になる。
「オーブも訳がわからぬままに押し付けられた。
 お前の前任者はまだ近くにいるのだろう?」
 詳しい話は聞いておくに越した事はない。
 そう判断し、こくんと頷くノクスに対し。
「文句の一つでも言わねば気がすまん」
 憮然とした表情でミルザムは告げた。