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月の行方

【第四話 邂逅の時】 3.『僕』に迫る決断

 囚われていた人々が解放されたという話は、翌日には街中に広まっていた。
 もちろん多くのものは喜び、久々に街には活気が戻り。
 しかし犯人についての情報が知れることはなかった。
 そう。何一つとして……

 ざわざわ。ざわざわ。
 町中の喧騒。今日は明るい話題もあってか、人々の口もすこぶる軽い。
「でも良かったよなあ。無事に見つかって」
「まったくだ」
 ふと耳に入った会話に、彼はそっと口の端を持ち上げる。
 無事なのは当然だ。
 攫った者を傷つけるつもりなど毛頭ない。
 さて。
 純白のローブを翻し、彼は太陽の下を行く。
 そろそろ次のステップに進もうか。
 暗い微笑を浮かべながら。

 夕べは結局殆ど徹夜だった。
 お日様が大分高い位置にくるまでノクスは夢の中にいた。
 流石に寝すぎたかなとは正直思う。
 それに。
「夢見、悪」
 ごろんと寝返りを打って天井を見上げる。
 とりとめも、前後のつながりもまったくない夢。
 細かい内容は覚えてなくて、ただ印象的な場面を所々覚えているだけ。
 例えば、雄雄しくその身に鎧をまとって戦う母の姿。
 誰かと激しく言い争ってるミルザムだったり、雪の中佇むアースの姿だったり。
 ……暗闇で泣いてるポーリーの姿だったり。
 主に夢見が悪いのは最後のせい。
 あんな姿。夢でも見たくない。
「……起きるか。いい加減」
 お昼といっても差し支えない時間だし。
 のびをして起きて、裏手の井戸にまず向かう。
 水を汲んで顔を洗い、手ぬぐいをぬらして、寝汗を拭く。
 冷たい水が、嫌な夢の残滓を消してくれれば……

 ことんと少し乱暴に皿がテーブルに置かれる。
「まったくよく寝るわねぇ。お昼だっていうのに」
「成長期だからな」
 昨日攫われていたとは微塵も感じさせないくらい、ネクリアはごく普通に過ごしていた。
「子供なら子供らしく夜はおとなしく寝てなさいな」
「……寝たままでよかったのか?」
「時と場合によっては?」
「どんなだ」
 今日のお昼はパンと豆のスープ。それにあぶり肉が少々。
「え~? かわいかったわよぉ? ノーアちゃん?」
 からかいの声には反応せずに食事を味わう。
 にしても何度も思うことだけど、この辺の食事は大雑把というか、飾り気がないというか。大味だ。
 故郷もだけど、アースたちがたまに作っていた料理は見目良いものも多かったのに。
「イアロスは?」
「まだ寝てるみたいよ~?」
「まだ寝てるのか」
「なに? 用事?」
「ん~。ちょっとな」
 客の入りが少ないのは時間帯のせいもあるだろう。
 暇なことも手伝って、ノクスの席に居座る事にしたらしい。
 椅子を引いてどっかり座って、ネクリアは視線で先を促す。
「昨日の、さ。俺の他にも仲間がいたか聞こうと思って」
 昨日のあの少女。
 捕まっていた人が逃げたという感じには見受けられなかったし、『友達がまだいる』と言っていたから、きっと助けに乗り込んできたんだろう。
 あれほどの防御魔法を扱うのなら、パーティを組んでいるだろし、内部で仲間とはぐれたと考えるのが妥当っぽい。
 年のころは自分と変わらぬくらいで、銀の髪に紫の瞳。
 今朝見た夢が思い出される。
 同じ色の髪。
 銀髪は珍しいけど、いないものじゃない。
 同じ色の瞳。
 紫の瞳の持ち主は、ノクスの周りではミルザムにスピカ。
 それでも……紫水晶みたいなあの色は、一人しか知らない。
「ノクス?」
 昨日見た少女と数年前に別れたあの子。
 似ているような……似てないような?
 声は?
 いやいや変わってて当然だろう。
 何か面影……
 記憶がはっきりとしないけど、似てる……気がする。
 魔法を学んでいてもおかしくない。アースは魔導士だから。
 そうだ! 昨日の子は杖を持っていた。
 どんな杖だった? それに見覚えはないか?
「ノークース?」
 決定的な証拠はない。
 ここでこうやって考えても答えは出ない。
 分かっていても、思考は止められない。
 名前、ちゃんと聞いておけばよかったよな。
 昨日の子は、正直可愛かったと思う。
 だからこそなおさら『本人だったらいいのに』とか思うのかもしれないけど。
「ノクスーッ!!」
「うわあッ!」
 耳元で大声を出されて、思わず叫ぶ。
「なんなんだ。いきなり大声出して!」
「何度も呼んだわよ!」
 怒鳴って怒鳴り返され、言葉に詰まる。
 呼ばれていたんだろうか?
 考え事に集中すると周りがまったく目に入らなくなるとは言われていたけど。
 そんなノクスを見て、ネクリアはいじわるそうににやっと笑う。
「何、恋煩い?」
「……どうしてそんなにそっち方面に話を持っていきたがるんだか」
「だって話し掛けてもボーっとして上の空だし」
 上の空って。
 文句をいおうと口を開けると。
「ほー恋煩いねぇ。ノクスもそんな年頃になったか~」
「昨日見かけた子が、知り合いに似てたんだッ」
 唐突なあらぬ場所からの茶々に、言わなくていいことまでいってしまう。
 しまったと思ってももう遅い。
 らんらんと目を輝かせるネクリアから逃れられるはずもない。
「知り合い? どんな」
「……幼馴染」
 あくまでもそういうことにしておく。
 嘘じゃない。許婚とはいえ、幼馴染でもあるし。
「銀髪で紫の目だから、あんまり見かける容姿じゃねぇだろ。
 もしかしたら本人かもって」
「銀髪に紫の目?
 なんか綺麗そうな組合せね~」
 言い訳がましく続けなければ良かったと思う。
 ネクリアはますます鋭い瞳で、それはそれは楽しそうに問い掛けてくれた。
「北のほう出身なの? その子」
「ああ。セラータだって言ってた」
「へぇ」
 さてそろそろ話題を変えさせてもらおう。
 そう思って口を開くその前に。
「逃げてきたのかしらね」
 ネクリアが呟いた。
「どういう意味だ?」
「最近物騒らしいのよね。あっち」
 急に真面目になったノクスに驚いたのか、少し慌てるネクリア。
 イアロスも一転して真面目な顔になっている。
 その様子に何かを感じたのか、少し居住まいを正してネクリアは続ける。
「傭兵を多く雇ってるとか、お妃様が流行り病で亡くなられたとか」
「ンな話があるのか?」
「信憑性はわかんないけどね」
 何せ今日聞いたばっかりだし。
 そう付け加えて肩をすくめる。
 セラータで何かが起きている?
 理由があって国を出るしかなくなって、それでノクスのところに来たとアースは言っていた。それでもどうしようもないからアージュを出たのが今から二年と少し前。
 このことが彼女に関わる事とは思えないけど。
「ポーリー」
 彼女の身を気遣う声がそっと洩れた。

 その言葉に、思わず我が耳を疑った。
「え?」
「だからね、例の誘拐事件」
 八百屋のおかみさんはあたりを見回し、マリスタに耳打ちする。
「ネクリアちゃんも攫われてたって話よ」
「そう……だったんですか?」
 渇いた口から何とか言葉を紡ぐ。
「らしいよ。
 本当、無事でよかったわよね~」
 片手を頬に沿え、ふくよかなおかみさんはふうと大きくため息。
「ネクリアちゃんは可愛いし、宿屋のも気が気じゃなかったろうねぇ」
「ネクリアが……」
 半ば呆然としてその名を呼ぶ。
 確かに、ここ数年……彼と仲の良かった人物には入るだろう。
「でも解決したみたいだし。もう大丈夫でしょう?
 あ、レンズ豆少しおまけしとこうかね」
「そうですね。本当に」
 とんちんかんな受け答えをして店を去る。
 客寄せの声が、どこか遠いところからのものに聞こえる。
 耳障りなその音。
 まるで、責められているようで。
 俯いていると気持ちもさらにへこみそうで、空を見上げる。
 真っ青な空と白い雲。そして、輝く太陽。
 まぶしくて、手をかざして光を遮断する。
 知らず洩れる、自嘲の笑み。
「狙いは、僕のくせに」
 分かっていた、分かっている。
 逃げられぬように周りから攻める。
 やつらはそういう手法をとると、あの時思い知らされた。
 穏やかな日常の中。ぽっかりと開いた、非日常。
 そこに落ちてしまったらもう、戻る事などできはしない。
 だからこそ人と距離をおいていこうと、そう決めた。
 だというのに……
 それが出来なくて、今の状況を生んでいる。
 道化としか言いようがない。
 そう。いっそのこと、これをなくす事が出来れば……
 知らず、左手に力が入る。
 かすかに震えるようにうずく、小さなあざ。
「あの子なのか?」
 その問いかけは、誰に向けたものか。
 しばしの沈黙。
 マリスタはやがて深い息を吐き出した。
「そうか……僕はもう……」
 決めなきゃいけない。
 続けるか、終わらせるか。
 その決断を。
 よく晴れたその日の空は、吉兆の知るしか、それとも……