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月の行方

【第四話 邂逅の時】 1.扉の向こうへ

 朝。
 いつものように起きて、身支度を整えて下に下りる。
 朝食の時刻が決まっている訳ではないが、ノクスはいつも大体同じ時間にとる様にしている。
 規則的な生活をするようにとは耳にタコが出来るほどに言われ続けてきた事。
 一人黙々と食事を取っていると、イアロスが帰ってくる。
 間違いではない。
 下りてくるではなく『帰ってくる』なのだ。
 彼がノクスから駄目大人の烙印を押される事が納得していただけただろうか?
 眠そうに。それでいて忘れずに食事をとるイアロス。
「んあ?」
 急に奇妙な声を出して、きょろきょろと辺りを見回す。
 メニューはミルクとパン。ここでのごく一般的な朝食のメニュー。
「ミルザムはどうした?」
「用事があるから三日ほど留守にするってさ」
 まさかもう出発してたとは思わなかったけど。
 その言葉をパンとともに飲み込む。
 今日のパンは少し焦げてる。ネクリア辺りが作ったんだろうか?
「ほー。それでいねぇのか」
 もくもくとパンを口いっぱいにほおばって言うイアロス。
 かなり行儀が悪い。
 実家にいた頃は口にものが入っているときには喋っちゃいけなかったし、そんなことしようものなら拳が飛んできていた。
「一応当てにしてたんだがな。ま、仕方ねぇか」
「何の事だよ」
 食べる手を止めて聞く。
「ここ最近かどわかしが相次いでるってのは知ってるな?」
 心持ち声を抑えてイアロスは言う。
 その瞳にはいつものからかいの色は一切ない。
 真面目な話だと受け取って、頷く事で応えた。
 最近この街では確かに誘拐が多い。
 だからこそネクリアの買い物には同行するように言われているし、心がけている。
 イアロスからそう話がふられるという事は……
「依頼?」
「ああ。『長春花亭』の主人からな」
 その名前は聞かなかったことにする。
 なんというか、まあ。察していただけるとありがたい。
 ノクスのそんな様子にかまわず、イアロスはミルクを飲んでふぅと息をつく。
「ま、調べようとは思ってたから渡りに船だったんだが」
 その言葉に少し目を見張る。
 基本的にイアロスはめんどくさがりだ。
 彼が積極的に事件解決に動こうだなんて!
「イアロスが真面目っぽい事言ってる」
「……お前が俺をどう思ってるかよ~くわかった」
「でもいいことだとは思う」
 うん。今までの仕事に比べて、このなんと健全な事か。
 困っている人を助けて、お金をもらう。
 こんなまっとうな仕事は久しぶりだ。
 今までの評価を少し変えようかと思うノクスに対し、イアロスは。
「何より可愛い女の子が少なくなるのはいただけない」
 前言撤回。これはやはり駄目大人だ。
「何でいきなりうなだれてるんだ?」
「……何でもない。それで?」
 これ以上考えるのを止めて先を促す。
 動機はともかく、事件を解決しようというのは悪いことじゃない。
 そう頭を切り替えて聞くと、イアロスも文句を言うのを止めて本題に入る。
「主に攫われてるのは十代の連中だな。男よりか女のほうが多い。
 共通点は『髪が長い』ことと、この北町の住人が多いって事か」
「ふーん」
 ここの街はだんだん大きくなって出来ていったが故に、街の中をいくつかの外壁で区切られている。
 今現在は四ブロックほどに分かれていて、東西南北の名で呼ばれている。
「お前囮な」
「そう来るとは思ってたさ」
 諦め半分に言い捨てる。
 ちょうど攫われる連中と年頃は似てるし、風習のため髪も長い。
「そうそう。ちゃんと女装しろよ?」
「……来るとは思ってたさ」
 必死に涙をこらえつつ、ノクスは言った。

 まずは窓を開けて空気の入れ替え。
 それからはたきを持って店内の掃除をはじめる。
 いつもの開店準備をしながら、何故かマリスタの顔は浮かない。
 最近誘拐事件が多い。
 店の客にも子供を攫われたものがいる。
 その共通点に、官憲は気づいているのだろうか?
 気づいていても、話せない。
 何故そんなことを知っているのかと聞かれてしまえば、自分には答えようがない。
 やはり早くここを出て行ったほうが良いだろう。
 それはとてもよく分かっているのだけれど。
 はたきを持つ手が止まった。
 なんとなく外を見やれば、通りにはもうすでに人の姿が数多い。
 最近良く懐いてくれる少女。
 自分に出来るのはせいぜい彼女が巻き込まれないように願う事。
 目の前で攫われるのを防ぐ事。
 そんなことをせずに、ここを逃げ出すのが最良の事だと知っているけれど。
 止まっていた掃除を再開させつつ、マリスタは通りを行く人に挨拶をする。
 これもいつもの日課。
 そんな彼に挨拶を返して、目深にフードをかぶった男が言った。
「あのお嬢さん、今日はいらっしゃらないのですね」
 ネクリアのことだろう。
 自分の仕事があるのに彼女は良くここに来ている。
 そのうち、自分の店ではなくこちらの看板娘になっているかもしれない。
 苦笑しつつそんなことを思う。
 男がこちらを見る。
 フード付コートに隠された、真っ白のローブ。 
 胸元に踊るのは太陽を模したレリーフ。
 こわばるマリスタに対し、祝福を与えるかのような笑顔で男は言った。
「元気でいると良いですね?」
「!」
 くすりと笑って男は道を歩いていく。その背をただ呆然と見守るマリスタ。
 人にまぎれて、あっという間にその姿は消えていった。
 そこでようやくのろのろと腕を動かし、窓を閉める。
 分かっている。
 自分がここにいてはいけないと。
 分かっていた。
 ここにいればいつか必ず喚んでしまうと言う事は。
 それでも、ここは心地よくて。
 ずっと、ここにいたいと望んでしまったんだ……

 空が茜の色の染まる。
 そんな中をノクスはてこてこと歩いていた。
 普段の彼を知っているものでも、見破る事は難しいかもしれない。
 丁寧に梳かれた長い黒髪。少し大きめの清潔そうな白い上着にロングスカート。
 どこにでもいると表現するには多少がっしりしているが。
 とはいえここは冒険者の集う街。
 普段は無骨な鎧を纏う少女戦士がたまのおしゃれを楽しんでいても、別段珍しい事ではない。
 服やスカートの中にも武器を隠している。
 実際は、下ろしたてのテーブルクロスを巻きスカートのごとく体に巻きつけているだけなのだが。
 髪も女将さんに散々いじられた。化粧をされなかったのはマシかもしれない。
 ノクスをいじる女将さんは妙に楽しそうだった。
 ネクリアに見られなかったのは僥倖だろう。
 見られたらいつまでそれをネタにからかわれる事やら。
 そういえば、昼からネクリアを見なかったな。またマリスタのところにでも行ってるのか?
 どうでもいいことを考えつつ道を行く。
 そして、敵はエサに食いついてきた。

 どこかの部屋に入れられてからノクスはそっと目を開く。
 裏路地でいきなり殴られた時には慌てたものだが、間合いをはずして直撃を避けた。
 そう言っても多少痛いけど。
 肩に担がれて運ばれてる最中に、そっと様子を伺ったが、多分ここは南町。
 寝かされて、もとい転がされていた場所は通路らしい。
 立ち上がって様子を伺う。
 石造りの廊下は三人が並んで歩けるくらい。光源は高い位置にある窓から入る星明りだけ。
 今日の月は上弦だから、視界はこれから多少は確保できるだろう。
 入ってきた方角には鉄格子、反対側には木製の扉。
「こっちに進めって事か?」
 そっと扉に近寄る。かすかに聞こえる声。
 押し殺した泣き声と、励ますような……でも震えを隠せない声。
 ノブを握ってみる。鍵はかかってない。
 思い切って扉を開けた。
 瞬間部屋の中の視線が一斉にこちらを向く。
 瞳に混じるは恐怖の色。それが、安堵へと変わる。
「あなたも、連れてこられたの?」
「こんな小さな子まで」
 部屋にいたのは五人ほど。
 そのうちの一人に、見覚えがあった。
「ネクリア?!」
 思わず上げた声にネクリアが不信な眼差しを向け、はっとした顔になる。
「ってもしかしてノ」
「の?」
「ネクリア、知り合い?」
 途端に固まるノクス。
 しまった、今女装してたんだった!
「え、あーうん。うちのお客」
 いきなり爆笑されるという事はなくて安心するノクス。
「の、のーあちゃんっっ どうしてここに?」
「ふーんノーアっていうの?」
 どもりながらも誤魔化してくれた。ありがとうネクリア。
 助けに来たとはまだいえない。盗聴されてる可能性があるから。
 しかしここにノクスがいることでピンと来るものがあったのだろう。
 ネクリアはこれ以上は問い詰めず、明るく言った。
「大丈夫だよ!
 これだけの人がいなくなってるんだから、みんな探してくれてるよ!」

 建物の陰に潜み、目的地を睨む。
「まさかこんなところにとはねぇ」
 皮肉気に口元をゆがませ、イアロスは嘲笑う。
 彼が見ているのは世間に神と愛を説く場所。
「ま、南町に同じ宗派の教会が二つもあるって時点でおかしいとは思ってたが」
 町の範囲はそんなに広くない。
 今彼がいるのは使われていないほうの教会。
 それに少しほっとしている自分がいる。
 教会と正面はってやりあいたくはない。
「にしても面倒だな」
 助けに行くというのは。
 文句を述べつつ、それでも一応働く。
 囚われているのが自分好みの妙齢の美女だというならもう少しやる気も出ようものだが。
「後輩の娘だってんだからなー」
 ま、行くしかねぇんだけどな。
 軽く言いつつイアロスは行動を開始した。

 そして、もう一人。
 闇に潜むようにして教会に近寄る影があった。
 大人にしては小柄な体を、頭から暗色のローブで身を包んでいる。
 それは何度か深呼吸を繰り返した後、身を翻した。
 決意の色を、紫のその瞳に込めて。