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月の行方

【第二話 たゆたう想い】 5.旅立つ君と交わす約束

 言いたい事はたくさんあった。文句だってたくさんあった。
 それでもルカもポーリーも、まだ何の力もない子供で。
 結局はどうする事も出来なくて……別れの時は、やってきた。

 落ちてきそう。
 満天の星空を眺めてポーリーは思う。
 塔の屋上、遮るものなど何もない場所で、ただ一心に星空を眺める。
 あんなに夜が嫌いだったのに、星空を楽しめるくらいいつの間にか好きになってた。
 ひとりじゃなければ、だけれど。
 ちらと隣を伺う。
「もしかしたらエルにいさまに会えるかもしれないね。ちょっと都合よすぎるかな?」
 問いかけにもルカは応えない。たまに気のない相槌を返すだけ。
 いつもとまったく逆。
 いつもならルカが星のことを熱心に話してくれて、ポーリーはその聞き役だったのに。
 ルカはさっきから何も言わない。星を眺める事もせずにただうつむいたまま。
 自分のよりも長い漆黒の髪。夜空の色の瞳。
 濃い色の服とあいまって、そのまま闇に溶けてしまいそう。
 別れを惜しんでくれているなら嬉しいなと思う。
 ルカたちと別れるのが嫌でも、そんなこといったらアースが困るのはよく知ってる。
「他の大陸に行くこともあるかもって言ってたの。
 白い熊とかおっきなネコ……虎だったかな? 本当にいるかどうか確かめてくるね」
 だからこそあえて楽しそうに言う。
 アースを困らせたくはないし、今度は母上に会えるかもしれないから淋しいことだけでもない。
 母の記憶がないから人から聞いた話で想像したり。
 ……ソワレを見ていて何度も思った。母に逢いたい、と。
「ルカも十五歳になったら旅に出るんでしょ? どこかでまた会えるかもね」
 ようやっとルカが顔を上げてポーリーを見た。どこか泣き笑いのような顔で頷く。
「そうだったら、いいな」
 その返事が嬉しくてポーリーはにっこりと笑った。
 この夜が明けたら……ここを出る。
 そう聞かされたとき、悲しかったけど……ちょっとほっとした。
 いつまでもここにはいられない事は分かっていたから。
 だから『置いていかれずに』すんで良かった、と。

 ポーリーは旅立ちをとても楽しそうに話す。
 ……ずっといっしょにいたのに淋しくないんだろうか。
 だとしたら、嫌だな。自分だけ淋しがってるなんて。
 どこに何があるとかあそこに行ってみたいとか、夢中になって話しているポーリー。
 星々と爪のように細い月。
 光源はそれだけなのに彼女の姿は夜の闇の中、光を集める。
 北国の人間特有の透けるような白い肌。紫水晶の瞳。
 ちらちらと光を弾く銀の髪の長さが、ここで過ごした時間を示す。
 空を仰ぎ見る。
 もしも今、流れ星を見つけられたら。
「あのね」
 ポーリーの声に、意識を戻される。
「これ、持ってて?」
 差し出された掌には革紐のついた小さな袋。ポーリーの持っている香り袋。
「ポーリーの大事なものじゃないの?」
 確か、母親からの贈り物だといっていた。そんな大事なものを持ってていいんだろうか。
「ううん違うの! 私のはちゃんとあるの」
 首を振って、紐を手繰って懐から香り袋を取り出して示す。
 言われてみれば確かに布の模様が違う。それに縫い目がなんだかぎこちない。
「お香の香りって魔よけにもなるって聞いたから。良かったら持ってて?」
 少し照れくさそうに笑うポーリー。
「ん。ありがと」
 こんな事なら何か用意しておけばよかったとルカは後悔する。
 夜はもう更けていて、夜明けは……別れの時間はそう遠く無い内に来る。
 せめて何かを返したくて口を開く。
「強くなるから」
 弱いから一緒にいられない。だから強くなりたい。
 そう。置いていかれるのはきっと自分が弱いから。
「もっと剣を覚えて強くなるから。守れるくらいに」
「……うん」
 ルカの言葉に、何故かポーリーは淋しそうに頷く。
 それに十五になったら旅に出ないといけないんだ。
 ちょっとためらって、それでも聞いてみる。
「強くなったら一緒に旅ができるかな」
「え?」
「十五になったら旅に出なきゃいけないし」
 どうせなら一緒が良いなと口の中で呟いてみる。
「一緒に?」
「うん」
「旅?」
「……だめ、かな」
 伺うように聞いたルカに、勢い良くポーリーは首を振る。
「ううんううんっ いつか一緒に旅、しようね」
 笑顔で差し出された右手。
 今日初めての笑顔でルカも右手を差し出し、小指を絡める。
「一緒に強くなろうね」
 何度か交わした指きり。これが最後にならぬように。
 満天の星空に星が一つ流れたことに、気づく事はなかったけれど。

 なんだか何かが足りない気がする。
 ポーリーたちがいなくなってから、時折感じる喪失感。
 勉強に身が入らないというわけではなく、むしろ前以上に熱心なのはそのせいなのかもしれない。
 欠けてしまったものを埋めるように。
 からかい混じりのミルザムの言葉も耳に入らない。落ち着かない。
 意を決してルカは両親の部屋を訪ねる。
「母上」
「うん?」
 神妙な顔の息子にソワレも少し背筋を正す。
 本人なりに真剣なのを見て取って、オーブも読みかけの本から視線を上げた。
「修行をさせてください」
 きっぱりと言い切るルカに当惑するオーブ。
 この前長男を送り出したばかりだというのに。
 いくらしきたりとはいえ、ルカが十五になるにはまだ三年近くある。
 ソワレの様子を伺えば、彼女はじっと息子を見ていた。
 瞳には真剣な光。
 書物や訓練で得られるものは限られている。体験しなければ得られないことは多い。
 厳しかったソワレの瞳がかすかに和んだ。
「厳しいぞ?」
「望むところです」
 そのやりとりにオーブは深いため息をつきつつも反論する事はなかった。