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月の行方

【第二話 たゆたう想い】 4.去り行く決意

 春夏秋冬。
 季節は回りまわってく。
 時間は優しく残酷に。
 別れの時期を告げてくる。

 一所にいたとて情報を手にすることは出来る。
 それもこれも『彼ら』の身内意識の高さのおかげだろう。
 先代の『昴』を不当に奪われたあの日以来、『彼ら』の民は多数が『都』から出て、世界中に散っていった。
 あちこちに散らばっているおかげで各国の情勢はよく分かる。
 サダルスウドお手製の地図を広げ、アースは考え込む。
 ミュステス狩りの酷いのは東大陸の北部から北大陸にかけて。
 その地域が重点的になっているということがどうしても気にかかる。
 もしかしたら『アレ』に関わってくる事なのだろうか?
 変わった事があったとは聞いていないし、ちょっかいをかけることで誰かに益があるとは思えない。
 何より関わっているという決め手はまったく無い。相手の狙いがなんであるかを知るには新たな情報が入るのを待つしかないだろう。
 もう一件厄介な事がある。
 厄介で、それでいていつかは来ると覚悟していたこと。

 いつものように塔の上でミルザムは空を眺める。
 いつもと違うのは、彼が見上げるその空がまだ青いこと。
 雲の少ない良く晴れた空に浮かぶ、真昼の月。
 珍しく昼間に空を見る彼へのご褒美か、それともそれがあるから彼が空を見上げてるのか。
 慣れた気配が背後に生まれる。
「遅かったなスピカ」
 言いつつ振り向いて絶句する。
 スピカはいつもの涼しい顔ではなく、不機嫌な顔で立っていた。
 大きな風呂敷包みを両手に携えて。
「……なんだ、それ?」
「手紙やら資料やら……主に食料じゃ」
 答える声もかなり不機嫌なもの。
 とりあえず重そうなほうを受け取ると、かなりずっしりと腕にくる。
 陶器が入っているのか、触れ合う澄んだ音がした。
「何が入ってるんだ?」
「米が少々と味噌、酒、醤油に梅干し」
「……また揃いも揃って重いものを」
 米はともかく他は全部瓶に詰めてあるのだろう。
 中身がわかればこの重さも納得がいくが。
「なんじゃ、いらぬのか?」
「とんでもない。飢えてた味だ」
 意外そうなスピカに軽く笑って塔を降りはじめる。
 欲しいなら文句をいうなといいつつ彼女も後に続く。
「のうミルザム。姫様は……」
「部屋におられる。内容は想像つくだろ?」
 スピカはいつも定期的にこの塔を訪れている。大体二、三ヶ月に一度の割合だ。
 用事があるならそれで済むはず。……普通なら。
「そっちはどうだ? 皆変わりないか?」
 のんきなミルザムの問いかけに、気取られぬようにスピカはため息をつく。
「月白の里も藍鳶の里も皆それぞれにのどかに暮らしておるよ。
 今回の土産は裏葉柳の里からじゃ。今年は豊作だったと聞いた」
 答えながらさりげなく風の結界を張る。
「スピカ?」
 姫と会う前にどうしても話しておく必要があることがある。
 こうしてしまえば他人に聞かれる心配もない。
「北斗がなんぞ企みよる」
 その言葉に足を止める。振り返れば神妙なスピカの顔。
 促され、荷物を置いて二人して階段に座り込む。
「北斗がどうかしたのか?」
 北斗は元々昴の補佐をする役職だった。
 いつの頃からか昴に代わり政の実権を握り、最終的にそれを認めざるを得なくした。
 昴びいきのミルザムやスピカからすれば天敵に近い存在である。
 が、昴のない今いくつかに分かれた『彼ら』の里がうまくいっているのも北斗のおかげで……それが余計腹立たしい。
「この数百年は上手くいった様だが……もうもたぬ」
「反乱でもおきたか?」
 茶化し半分に聞いた言葉に、スピカはしっかりと頷いた。
「……マジ?」
「いつの世にも不満をもつものはおるが、今回は……昴の不在が原因とのことだ」
「どういうことだ?」
「国がこんな事になったのは北斗のせいだという声が多いらしい」
「……今更言うか?」
 ポーリーの祖母が昴の座にあった時から、実権はすでに北斗に移っていた。あの件が起きたのはそのさらに後。
 文句をいうには遅すぎると思うのだが。
「ただでさえ寿命の違いから定住する事は難しいというのに、ここ最近のミュステス狩りのせいで安住の地を追われ、『都』に舞い戻るものが増えているからの」
「はあ」
「自分達がこんな目に会うのも、一部を除いて不作続きなのも、全部北斗のせいだという意見があってな。
 本来国を統べるべき昴をないがしろにしたせいだともいっておる」
「好き勝手いってるなぁ」
 はははと渇いた笑いを浮かべる。
「そのためにも新しき昴を起てる必要がある……らしい」
「なるほど、な」
 ベガはすでに退位している。それ故に彼女を『琴の君』と呼んでいるのだ。
 昴の……ベガの親族の生き残りはアースとポーリー、ただ二人のみ。ちなみに昴の位は直系長子が継ぐものとされている。
 今現在もちゃんと『昴』はいるのだが……
「つまりどうあっても北の姫をレリギオにお連れしなければならない、と?」
「いつまでも『後星』不在という訳にもいかぬからな」
 しょうがないような顔をしているがスピカはとても嬉しそうだ。
「……そういえば末姫様も『斎の皇女』の任にまだ就かれていなかったな」
「北の姫の即位と同時に行われるじゃろうの」
 慶事が続くのは喜ばしい事。久々の明るい話題は『彼ら』も待ち望んでいるだろう。
「しかし北斗が難癖つけないか?」
「それに関しては問題ない。北の姫の即位を言い出したのが、当の北斗じゃからの」
「北斗がねぇ。北斗内でもめてそうだがな」
 おそらく北斗は政治の実権を譲りはしないだろう。
 昴の名のもとに統治を預けられているとアピールしたいだけ。
 まあそれはそのときになってから考えればいいだろう。
 むしろ北斗よりも厄介なのが。
「ソール教の奴らがうるさいんじゃないか?」
「それこそ関係ないわ。他国の内政に干渉するなど言語道断。
 何より彼奴等が一番気に入らぬ。『ソール』教などと名乗りおって」
「落ち着け」
 ソールが唯一の神だとして他を認めない一神教の教えは、八百万の神々を崇めてきた『彼ら』にはなじみの無いもの。
 きっと睨みつけ大袈裟なため息一つ。スピカはすっと立ち上がる。
 同時に結界を解いたのだろう。周囲の音が聞こえてくる。
「北の姫には」
「わかってる。まだ、な」
 ミルザムも立ち上がり、重い荷物を持ち上げて二人は塔を下っていった。

 ほこほこと立ち上る湯気。淡い緑の色のお茶をオーブはゆっくりと味わう。
 紅茶もいいが、この緑茶というお茶も結構いけるものだ。
 向かいに座ったアースもほぅと息をついている。
 しかし、こののんびりとした空気とは相容れない会話が続く。
「やはり……教会の狙いは『奇跡』なのか?」
「可能性としてですけどね……昔も似たような事はありましたから」
 まだいろんな宗教があった頃には、各教会が敵対して『奇跡』を求めていたものだ。
 『奇跡』を守る宝石の魔導士は全部で十二人。
 その全員を探し出す事は難しいだろう。
 しかし一人でも仲間に引き入れてしまえばという考えがあったことは事実。
 『奇跡』は無理に奪う事は出来ないから。
 持ち主が自分の意思で渡すか、もしくは『奇跡』自身が宿主から離れるか。
 たとえ手に入れようと持ち主を殺したとしても、『奇跡』が相応しい宿主を求めて飛び去るか、現れるまで宿主を生かし続ける。
「手にするには持ち主を懐柔するくらいしか方法はありませんからね。
 住める場所を減らしておけば、否応なく妥協する方もいるでしょうし」
 手の中の湯飲みを眺めつつアースはぼやく。
 『奇跡』を宿せば力を得るとでも思っているのだろうか?
 確かに宿すには一定以上の魔力がいるが、宿したからといって必ず魔力が上がるとは限らない。アース自身もだが、オーブも魔力が上がった気はしなかったし術の威力が増す事もなかったといっていた。
 ミュステスを探すために関所で魔力を測定することもあると聞く。
 本当にソール教の連中は何がしたいのやら。
「仲間と、連絡は取れないのか?」
「出来れば良いのですけど」
 困ったように微笑むアース。
「昔は出来たんですよ。
 宿すのに他の魔導士の出す試練を越えなければいけなくて。
 ……そのときに必ず会っていましたしね。
 でも、オーブさんはそうやって宿した訳ではないでしょう?」
 問いかけにオーブは頷く。
 そもそも何の説明もなしに「お前が選ばれた。ワシはもう疲れた。というわけで譲る。絶対に使うな知られるな盗られるな」と、それだけで『奇跡』を宿す事になってしまった。
 今更ながら、とんでもない『不幸』と言えよう。
「たいした説明も受けずに引き継いだからな。私のようなものも多いことだろう」
「……そうですよね」
 落ち込んだ気持ちをごまかすようにお茶を飲み込む。
 お茶にはリラックスする効果があるようだが、今はあまり当てにできない。
「……最近」
 言いづらそうにするオーブに続きをと視線で促す。
 アースの視線を受けて、それでも時間稼ぎのようにゆっくりとお茶を飲み干す。
 沈黙する事で先を促す彼女。
 長い長いため息をついてオーブはようやくその一言を口に乗せた。
「活発になった……」
 何をと聞くまでもない。
 ここ最近不作続き、流通が滞れば治安も悪化する。
 そんなときにこそ救いを求めて人は神に頼る。
 ミュステスに認定されているポーリーは教会からすぐに目をつけられるだろう。
 そしてアースは『奇跡』の預かり手でもある。
 好意で匿ってくれているオーブたち。
 どちらにとっても、これ以上ここにいるのは――
 アースの目が伏せられる。
 器の底に僅かに残った緑茶が目に入った。
 穏やかな時は過ぎるのが早くて。
 それでも五年もの間……ここに匿われていた事はありがたく。
 伏せられたアースの瞳がゆっくり前を見る。
 オーブの予想に反し、静かな面と強い意志の光を宿した瞳。
 しっかりとした口調でアースは決意を告げた。