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月の行方

【第二話 たゆたう想い】 3.過ぎ行く時

 それはポーリーたちが住み込んできてから三年が経ったころの事。
 ルカはそれこそ涙声で訴えた。
「母上! もっと強くなりたいです!」
 珍しく部屋で裁縫などをしていたソワレは手にした針を落としかける。
「それはいい心がけだが……どうした?」
 ルカは妙に力の入った眼差しで母を見やる。
「どうしても強くなりたいんです! ならなきゃいけないんです!」
 理由はわからないが瞳は真剣そのもの。
 仕方なくソワレは針を針山へと戻した。

 そもそもの事の発端は。
 アージュの男子は成人……つまり十五歳になったら旅に出ることが慣わしだ。
 一人前の証としての旅は期間や場所は特に決められてはおらず、自分が一人前になったと思えば帰ってもいいある意味楽で厳しいもの。
 エルの旅立ちが近づいていて、しばらく会えなくなるだろうからと弟達との団らん中にそれは起きた。
 きっかけは何だったか分からない。なんとなく成り行きで腕相撲をすることになった。勝ってやると意気込むものの、ルカは十歳エルは十五歳。勝負になるはずもなく。
 そこでそれまで見物していたポーリーが自分もやってみたいと言い出して。
 ……ルカが相手をしたのが間違いだったのだろう。
 エルがしたような気遣いは一切なく、圧倒的な強さでもって……ポーリーが勝った。
 ポーリーの勝利を褒め称えるエルと尊敬の眼差しを向けるレイ。
 落ち込むルカを励ますつもりで、ポーリーは止めとなる言葉を言ってしまった。
「ルカに何かあったら、わたしが守ってあげるね」

 そこまで告げてくしゃと顔をゆがませるポーリーを宥めつつ、アースは助けを求めて客を見る。お茶会会場と化したアースの部屋、お決まりの客人はここの主と部下のミルザム。
「ええと、それはその……」
「なんともいいようが」
 求められても困る二人は互いに見合わせため息一つ。
「オーブ。お前の息子だろう、何とかして来いよ」
「ルカはお前のほうによく懐いてるだろうが」
 互いに相手を牽制して、また同時にため息をつく。
 ポーリーの言葉にルカのプライドはずたずたにされたであろうことは容易に想像できる。
 常日頃のソワレの教育により『弱い子は守ってあげなきゃいけない』と思っているルカは、ポーリーを守るのは当然と思っている節がある。
 だというのに守るべき相手が自分より強いと認識してしまった。
「この時期は女の子のほうが成長が早いからな」
「身長も姫に抜かれたしな」
 オーブの言葉にうんうんと頷きつつもミルザムは肝心な事を話さない。
 元々『彼ら』と人間とでは基礎体力から何から全部違う。
 それを考えればルカがポーリーに勝つことはまず無い。
 成長すれば単純な力勝負でも互角になる可能性はあるが、『普通の女の子』と同じではない。おまけに家系的にも優秀な戦士の多い血筋。言葉通りにルカが『守られる側』に立つ可能性のほうが高い。
 いつかは言わないとなと考えつつも、まだいいやを繰り返している。
 言ったって信じられないだろうし、今ここで止めを刺すことも無いだろう。
 そう判断してミルザムは無責任な言葉を吐いた。
「からかいがいがあるなぁ」
「あまりいじめんでやってくれよ」
 オーブの切実な願いに返されたのは、怪しげな笑みだけだった。

 本格的に修行に入って早三日。
 元気に掛け声かけてソワレに向かうルカ。
 転がされても避けられてもまったく文句は言わずに立ち上がり、また向かっていく。
 今日の見学者は三人。
 一人は温かな眼差しで、一人は興味深そうに、そして残る一人は面白くなさそうな表情で見ている。
「熱心なものですね~」
「やっぱり地方で型が違いますね」
「あ、そうなんですか?」
「はい。剣の形も使い方も微妙に違いますし。
 騎士の剣はやっぱり力と力の剣なんですね」
 問いかけにさりげなく講釈をくれる。
 ミルザムはあまり詳しくないが、言われてみれば違う気がして注意して眺める。
 一生懸命、がむしゃら。そんな言葉通りのルカの姿はまだまだ微笑ましいもので。
 そう。普通はこんな風に子供はやられるだけなんだよな。
 『普通じゃなかった』かつての子供の横顔をちらりと眺める。
 見かけによらずあらゆる武術を修めている少女は、師匠から技を盗もうとする弟子の眼差しでソワレを見つめている。
「……姫様、仕合申し込まないで下さいね」
「しっ しませんよっ?」
 じゃあ何でそんな反応するんですかとは言わずに、ミルザムは再び特訓風景を見やる。
 のんきな大人たちと違い、ポーリーはずっとつまんなさそうにふくれている。
「と、今日はここまでだな」
 ひょいと剣を避けてソワレは告げる。
「えー」
「母上は用事があるんだ」
「……分かりました」
 ルカは母親を見送る事もせずに今度は熱心に素振りを始める。
 重症だな。
「おーいノクティルーカ。まだやるのか?」
「やる」
「素振りだけを?」
「やる」
「熱心ですね」
 ふと思いついたかのように、置き去りにしてあった木剣を手にとりアースが言う。
「お相手しましょうか?」
「アース剣使えるの?」
「いっとくがノクティルーカ。末姫様は強いぞ」
「まあ並くらいには」
 へー『並』ですか。姫様の腕前が?
 無論自分の命が惜しいので声に出す事は無いが。
 しかしアースに師事するのは決して悪くはないだろう。
 槍を得意とするソワレとは違い、剣はアースの得意武器だ。
 間合いを取り、向かい合って一礼。
 改めて気合を入れなおすルカに対し、アースはゆっくりと剣を構えた。

 先ほどとは打って変わって速いリズムでの打ち合い。
 舞を舞うかのような軽やかな動きにルカは必死に追いついている。
 稽古ってより剣舞だよな、これじゃ。
 ただただぼーっと眺めつつミルザムは思う。
 以前もこうやってアースの稽古を見た事はあった。もっともそれはかなり昔の話だけど。
 二人は稽古に熱中しているようだし、そろそろお暇しようかね。
 よっこいしょと立ち上がり、部屋に戻ろうと体の向きを変えれば、いまや完全にふてくされているポーリーの姿が目に入る。
「北の姫?」
 呼びかけにミルザムのほうを見るものの、すぐにまた視線を戻す。
 かまってもらえなくて拗ねているのだろうか?
「どうかされましたか?」
 機嫌の悪い子供からは逃げるに限るのだが、相手が主君となるべき姫君となればそうもいかない。
 もう一度腰を落として問い掛けてみる。
「アースはいろんなことできるのね」
 答えづらい質問だ。『何も出来ない姫にしてはいけない』からと何でもやらせてしまったが故に、世にも姫君らしくない姫君が出来上がってしまった。
 考えてみて欲しい。
 仮にも『姫』と呼ばれる立場の人が路銀稼ぎに吟遊詩人の真似事をしてみたり、荒くれ男どもを力ずくで黙らせてみたり、食べれる野草を嬉々として教えてくれたり。
 ミルザムでなくとも頭を抱えたくはなるだろう。
「……末姫様も伊達に長生きされてませんからね」
 それ以上に長生きしている自分をさておき答える。
 答えが不満だったのだろう。ポーリーはミルザムに視線を合わせることなく立ち上がり、部屋へと戻っていった。

「姫様がすねてらしたんで、明日からはちゃんとお相手するように」
 突然の宣告にルカは目を白黒させる。
 今から寝ようかなと思っていたところにコレである。頭が働かない事この上ない。仕方なくベットの上に座りなおして聞き返す。
「なんで?」
「そりゃあ目の前にいるのに無視されれば、誰だって気を悪くするだろう?」
 ミルザムの言葉にしばし沈黙し、不服そうにルカは言い募る。
「確かにあんまり遊ばなくなったけど。仕方ないじゃないか、だって強くなりたいんだ」
「何で強くなりたいんだ?」
 質問に目をそらすルカ。
「北の姫を守りたいから?」
 仕方無しに促せば誤魔化しきれぬと悟ったのかしぶしぶ頷く。
「ポーリーは弱いんだから守ってあげないといけないんだ」
「そう言ってもな。『我ら』の姫君は守られるだけでは満足されない方々ばかりだし」
 腕力で負けておいて弱いも無いだろう。
 表情に出ていたのか、ルカが付け加える。
「ポーリーはすっごい泣き虫だから」
「泣き虫?」
 とてつもなく意外な事を聞いた気がして聞き返す。
「だって暗いところは怖いって泣くし、一人は怖いって言うし」
 白い服の人を見たりとか、ちょっとした怪我を見ても泣いてしまう。
 どれもこれもルカにとってはなんでもないようなこと。
「泣き虫じゃなきゃなんなのさ」
「泣くのか? 北の姫が?」
「そうだよ」
 スピカや他の人の話とずいぶん違う。決して泣かない子だと聞かされていたのに。
 それとも自分達の前では泣けなかっただけだろうか?
 子供にそこまで気を遣わさせてどうするよ。
 かつてと同じものを見た気がして思わず洩れる、自嘲の笑み。
「じゃあ泣き虫な姫のためにも強くなって……で、そばにもいる事」
 人差し指を立てて提案する。
 対等な立場のルカになら弱音も吐きやすいだろう。
「……それって難しいよ」
「難しい事こそ成し遂げる価値があるってな。
 あと、姫を守るのも良いが怪我はするなよ?
 オーブもソワレ殿も心配するし、『泣き虫』な北の姫が絶対に泣くだろうからな」
 それは言えてるかも知れないとルカは考える。
 以前二人揃ってこけた時、たまたまポーリーの下敷きになって擦り傷が出来た。
 そのときの彼女といったら……
 それ以上は思い出すのを放棄する。
「うんわかった」
 素直に頷けば、話はそれで終わったのだろう。
 唯一の明かりのローソクをもってミルザムは部屋を出て行った。
 真っ暗になった部屋の中、寝転んで布団を手繰り寄せる。
 明日からはもっとポーリーと話をしよう。それからそれから。
 つらつらと考えるうちに睡魔はやってきて。