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月の行方

【第一話 星月夜】 2.導無き現在

 カン。カン。
 木と木とを打ちつける乾いた音が響く。
 身の丈に合わぬほどの木剣に半ば振り回されているのは、五歳ほどの小さな子供。
 伸ばした黒髪を一つに結わえて、同じくらい深い色の瞳は一心に相手を……微笑を浮かべて自分を軽くあしらっている母親へと向けられている。
 数度打ち合ううちに、子供の手から木剣が離れた。
 悔しそうな表情を浮かべる彼に、母はやさしく問うてみる。
「どうしたルカ? もう降参?」
「まだまだっ」
 母親をきっと睨みつけて、ルカはもう一度木剣を手に取り向かっていった。
 柱廊に佇んだままその様子を眺めて、ミルザムは口の端に笑みを浮かべる。隣からの視線に気づいて、慌てて真面目な顔を取り繕うとするが、どうもうまくいかない。
 横に立っていた少女はくすりと笑って一通の封書をだした。
「これが今回のですけど」
 表書きにはミルザムの名前。この国の人間には読めない、彼らの里の文字。
 達筆だけど、読みづらくはない流麗な筆跡。
「どうもお手数おかけします」
 神妙に言って両手で受け取る。
 それにしても、彼女を飛脚代わりに使うのは忍びない。
 手紙の主からしてみれば自分の妹だから頼みやすいのだろうが、受け取る側としては恐縮してしまう。
 そのまま手紙を懐にしのばせると、少女が不思議そうに問うてきた。
「いっつも何が書かれてるんです?」
 心底不思議そうに、それでいてどこか淋しそうな声音にミルザムは苦笑する。
「すいません。他言せぬようにとのことですので」
 このことはまだこの少女に知られるわけにはいかない。
 彼女は何より嘘が下手だから。奴らにばれてしまっては元も子もない。
 本当のことを言うならば、彼女を巻き込むようなことがなければよいのだが、そうもいかないことが悲しい。
 返答が気に入らなかったのだろう。
 少し不満そうな顔をして少女は顔にかかった髪を肩へと払う。
 ミルザムと同じ種族だけれど、彼と違いその髪は雪のような銀。
 もっともこれは特別な事ではなくて、種族の中で一割程度の者が持つ特徴でもある。
 銀の髪と色違いの瞳。その特徴を持つ同胞を、ヒトは『約束の民』と呼んでいた。
 だが、同じ種族であるはずの自分達に呼び名が無いのは何故だろうと時折考える。
 隣の少女の瞳も右が青、左が緑。まさに『約束の民』の特徴そのもの。
 とはいえ瞳の色に関しては、彼女の素性を隠すために変えてあるのだが。
 そう。本来なら彼女は、こんな身近に感じられる存在ではない。
 彼らがもっとも尊ぶべき……
 思考をさえぎり、小さく首を振る。
 これ以上は考えるだけで気分が暗くなる。
 突然の動作に、不思議そうに見上げる少女にあいまいな笑みを返し、ごまかすために問いかける。
「ところでいまからセラータへ?」
「はい。ポーリーの様子を見に行く予定ですけど。あ」
 何かを思い出したのか、締めたばかりのかばんの紐を解いて中身を探し始める。
 やがて目的のものを見つけたのか、満面の笑みでそれをミルザムの目の前に差し出した。
「見てくださいっ ポーリーです!」
 それは一枚の肖像画。
「ほぅ……琴の君に似ておられますねぇ」
 思わず感想が口をついて出る。
 手紙の主である彼女と、描かれている幼女――ポーリーは間違いなく親子なのだが、とある理由で別々に暮らしている。
 その絵は羊皮紙に木炭で簡単に描かれただけのもののようだが、画家の腕は良いように見受けられた。
 ふわふわした髪と大きな瞳。
 髪質はどうやら父に似たようだが、基本的な顔立ちは母親似。
 ただ、そのあどけないその表情は、少し冷たい印象を与える母・琴の君よりも、叔母にあたるこの少女に似ていると思う。肖像画の姫がどこか物悲しそうに見えてしまうのは、自分が事情を知っているからだろうか。
「でしょう? もうかわいくてかわいくてっ」
 まずい。
 ひくっと口元をゆがませてミルザムは思う。
 自他共に認める『親ばか』である少女。ほめない訳にもいかないが、ほめすぎても。
 そういえばここの兄弟は元々姉馬鹿兄馬鹿だったか。
 これはまずい。このままでは逃げられなくなる。
 そこでミルザムは自身の危険を回避すべく、他人を巻き込むことにした。
「オーブー。吟遊詩人殿がお越しだぞー」
 呼び声に廊下の向こうからオーブが姿をあらわす。妙にニコニコしている少女を目にして一瞬口元がこわばるものの、ひとまず歓迎の意を示した。
「……いらっしゃい」
「こんにちはオーブさん」
 機嫌よく微笑む少女に男性陣は無言のアイコンタクト。さてこの場をどう乗り切るか。
「あーすっ」
 少女に気づいたのか。嬉しそうに名を叫んで中庭から子供が駆けてくる。
 木剣は手にもったまま、少女――アースの前まで来て何とかバランスを保って立ち止まる。
「アースっ ひさしぶり!」
「お久しぶりです、ノクティルーカさん」
 元気な子供と目線を合わせるように腰を折ってアースが挨拶すると、ノクティルーカ――ルカはぷくっと頬を膨らませて反論する。
「『さん』はいーのっ いらないのっ」
 さん付けをされるとどうしても他人行儀に思えてしまうのだろう。
 たまに尋ねてくる彼女をルカは姉のように慕っていた。
 アースとて名づけた子がかわいくないわけは無いのだが、彼女の敬語は今に始まった事ではない。ルカが望むように呼び捨てるには時間がいることだろう。
 親友の息子の微笑ましさに、そしてこの窮地を救ってくれた感謝の意もこめて、ミルザムは褒めるように頭を撫でてやった。
 それで少し機嫌を直したのか、彼はアースが手にしたままの羊皮紙を見つけて小首を傾げて問い掛ける。
「それ、なぁに?」
「ポーリーの姿絵ですよ♪ 可愛いでしょう」
 丸めていた羊皮紙を広げて旧友とルカに見せる。
 ようは自慢できれば誰でも良いんだよな。
 胸の内だけでミルザムはごちる。
 そもそもこのヒトは自慢しているという自覚があるのかが怪しい。
 もっとも『彼ら』は同族意識が強く子供好きが多いことから、元々身内自慢には陥りやすいのだが。
「はあ。確かに自慢するだけのことはありますね」
 姿絵を受け取りながら、娘もいいなぁと呟く父とは反対に、ルカはじいっと見つめたままアースに問い掛ける。
「これが『ポーリー』ちゃん?」
「そうですよ」
 訊ねてくるたびに姪っ子自慢を繰り返していたアースだから、オーブの家族は皆その名を知っている。息子が良く見えるように手渡してやると、両手でしっかりと持ったままルカがアースに問い掛けた。
「アース! これ頂戴っ」
「え」
 突然のおねだりにびっくりしたのはミルザムも同じだが、傍目からも分かるくらいアースが困惑するのも珍しい。
 少し困ったような顔のまま考え込むアースに、ルカは再びおねだりをする。
「大事にするから。ね?」
 もともと子供は大好きで。しかもこんな風に可愛らしくおねだりされて。
 結局、アースが首を縦に振ったのは言うまでもない。
 嬉しそうに部屋へと帰っていく親子の背を見送って、ミルザムはアースに聞いてみた。
「よろしかったので?」
「あの状況で駄目なんていえませんよ」
 言葉とは裏腹に残念そうな顔はしていないので、話を変える……いや修正するために真面目な顔をして言う。
「お気をつけください。『北の姫』以上に貴女は……」
「私は意外に強いんですよ?」
 ミルザムの言葉を遮ってアースは悪戯めかして言う。
 見た目からすればとてもそうとは見えない。外見年齢はせいぜい十代半ば。雪色の髪と白い肌はそれだけでどことなくか弱げに見えるし、背も低い。一見するだけでは筋肉もさほどついていない。
「それはそうなんですけど……私たちにとっては」
「いつまで経っても子供にしか思えない、でしょう?
 姉上にも言いましたけど、一応きちんと育ってます」
 少々むくれて言うアースには苦笑するしかない。
 確かに彼女は弱くは無い。
 ミルザムたちは人々と元々の基礎体力が違うからこれでも成人男性並の力は持ってるし、幼い頃から鍛えられているだけあって数多の武器を操れるし、魔法の腕だって一流だ。見た目通りだと判断すれば痛い目を見るのは相手のほうだろう。
 しかし、相手がアレでは油断できない。
 とはいえあまり深刻だと思わせてはいけないので、ため息混じりに笑う。
「一応理解しているつもりですけどね」
 この上更に忠告すれば、まだ子供扱いするかと言われかねない。
 諌める事を諦めて、懐からさっき収めたのとは別の封書を取り出す。
「こちらを琴の君にお渡し願えますか?」
 本当はこうやって飛脚代わりに使うのは気が引けるが、琴の君直々に文のやりとりには彼女を使うようにといい含められているため仕方ない。
 アースは封書を受け取り、宛名を確認してから頷く。
「確かに預かりしました。姉上にお渡ししますね」
 それでは失礼しますと言い置いて、アースはオーブ親子の消えたほうへと歩いていく。
 別れの挨拶をしにいくのだろう。その背を見送り、ほぅとため息をつく。
 見送った後姿はまだ小さくて、できればこういう謀と無縁であって欲しいと思っているのも事実なのに。それなのに、自分達の思惑のままに動く事を願っている。
「名のままに『焼き尽くし』、名のままに『番人』となり」
 名はもっとも短く、もっとも強い呪。それがそれであるために。
 自然とくちびるが言葉を紡ぐ。彼にとっては思い出したくも無い言葉。
「名のままに『落ち行き』。『不思議』と消え去った、か?」
 手すりに腰掛け、スピカがミルザムの続きを詠う。
 本当にコイツは神出鬼没だと半ば呆れながらも横目で睨んで黙らせて、問われる前に答えを言う。
「急かすなスピカ」
 どんなに必死に読み解こうとしてもそれが叶わぬ事もある。
「役に立たぬの」
 言い捨てられた言葉が悔しくて、ため息混じりに結果を語る。ただしどう変わるかは分からないがと付け加えて。
「『あいつ』が何かを企んでいる。そしてそれにより混乱が起こる。
 だが、いつどこでというのがまったく見えぬ。いまだに星が定まっていない」
 呆れ半分怒り半分のスピカの視線に促されて、もう少しだけ先を話す。
 本当は確証がないことを言いたくは無いのだけど。
「分かっているのは、それがもたらす混乱に『北の姫』が巻き込まれること」
 そして彼女の片翼であるあの子供も。
 これをオーブが知ったらどう思うだろう?
 運命だと諦めるだろうか。それとも一笑に付すだろうか。
「『北の姫』が? あのような小さき輝きの姫を巻き込むというのか?」
「輝きばかりで判断は出来まい。何より、我らがそれを言うのか」
 ミルザムのその言葉にスピカも口をつぐむ。
「すでに決めたのだろう。今更後戻りは出来ぬ」
 『導』は決まった。そして。
「見ていろ。『不屈の意志』がお前を」
 雲ひとつ無い青空を睨み、ミルザムは残りの言葉を飲み込んだ。
 そして、また少しだけ時間が流れる。