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月の行方

【第一話 星月夜】 1.始まりの夜

 この世界には五つの大陸がある。
 今回の舞台は東の大陸アスール。
 南北に細長く、四季のある緑豊かな大陸の、中央よりやや北に位置するアージュの国。
 物語はこの地から始まる。

 空には大きな満月。そして星々。
 王城が闇夜に白く浮かび上がり、湖面が天上の光を照り返す。
 絵にしたいくらいの風景だな。
 夜風にはためくマントを押さえてミルザムは思った。
 離宮の二階、シンプルな装飾の柱に背を預けて夜の神秘的な風景を楽しむというのも結構贅沢だ。
 そんな彼と対照的なのは、さっきから部屋の前を行ったり来たりを繰り返す友。
 あまりの落ち着きのなさに、苦笑交じりにミルザムはいった。
「落ち着いたらどうだ?」
「いや、しかしな」
 顔はミルザムの方を向いているものの、目は落ち着きなく辺りを彷徨い、手が意味もなく宙を掻く。
 部屋の中から時折、彼の妻の苦しげな息が漏れ聞こえる。
 そのたびに友はおろおろと慌てるのだ。
「まったく『父親』という生き物は……」
 見ていてほほえましいものだが、二人目なら少しは慣れてもいいだろうに。
 ぼそりと呟いて、子の誕生を待ちわびる友に声をかける。
「だが、めでたいことだ。血を分けたものが増えるというのは何にも変えがたい祝いだ」
 その言葉に、喜びと不安とで彩られていた彼の顔が曇る。
 ミルザムは『世間一般では』すでに滅びたとされている種の数少ない一人だ。
 人間よりも旧い種族で、見た目が人と変わらぬものは彼のようにこうやって人の世で人に紛れて暮らしているらしい。
 しかしどうしても『人間』と彼らが定義するものとは違いが出てくる。
 例えば体力、魔力……そして寿命。
 『彼らは人間と違う』ならば何者だ?
 秘儀を受けたもの(ミュステス)
 人より怪力だったり、魔力が強かったり……そんな僅かな違いを取り上げてはそう呼ばれ、迫害される者がここ最近増えてきた。酷い地域では『印』を刻むとも聞く。
 このままいけば、この親友ともこうやって会う事が叶わなくなるかもしれない。
 暗くなってしまった空気を変えるようにミルザムが問いかける。
「それよりお前、名はどうする? 決めているのか?」
「いや……候補はあるにはあるが、男か女かも分からぬままでは」
「男だ」
 にやりと笑って断言すれば、彼は深い色の瞳を見開いて呆れ混じりに苦笑した。
「断言するなぁ」
「何なら賭けるか?」
「いや、お前が言うならそうなんだろう」
 ミルザムは未来を垣間見る力を持つ。
 といっても本当に見える訳じゃなくて、星の動きやなんかから『この人は大体こんな人生を送るんだな』とか『近いうちに天災が起きるかも』といったことを読み取る力に長けているだけ。
 城に仕える星読みよりも優秀だからこそ……優秀であるが故の迫害。
 連想してしまって顔をしかめる友に気づいているのか。
 絶好の暇つぶしを見つけたといった感じの明るい声でミルザムは問い掛ける。
「なんならもう少し先も見てみようか?」
「……自分が見たいだけだろう」
「なにを言うオーブ。『親友の息子』だ。気になって当然だろう」
 言い返すミルザムの紫の瞳は楽しそうに輝いている。
 こういうときだけ出る『親友』の言葉にため息つきつつオーブは折れた。
「ま、止める事が出来ないのは分かってるからなぁ」
「ならいいじゃないか」
 ついと空を見上げるミルザム。
 今宵は満月。月見には絶好の夜だが星を読むには少し辛い。
 月の光が明るくて微かな星までは判別できないからだ。
 とはいえここ数日、ずっと読んできていたのだから問題ない。
 見えた道は四つ。
「一つは国の中で影となり、慎ましやかに生きる道」
「……そうだな。普通はそうなるだろうな」
 現在の王はオーブの父親だ。といっても彼には兄が四人に姉が三人いるから(王位は基本的に早く生まれた男子が継ぐ)彼が王座に着くことはまずないだろう。となれば、オーブの子はその可能性はもっと低い。
 頷く声には悔しさはないから、王座を熱望している訳ではないのだろう。
 塔にこもって魔術や星読みに明け暮れている彼だから、そんなことはわかりきってはいたが。
「二つはすべてを得、裏切りによりすべてを失う道」
「しゃれにならん。やめてくれ」
 本気でどんよりとした声のオーブに、ミルザムはなぜか胸を張って。
「私が決めることではないぞ。
 どんな道があるかを知るだけで、どこを歩くかは本人の意思だ」
「だからといってなぁ。あまりに悪いものばかりだと」
「三つは絶望と苦難に満ち、名声と幸福を手に入れる道。
 良かったな、最後に救いがあって」
「お前……遊んでないか?」
「少し、な。この程度で怒るな。そして最後の道」
 にこやかに星空を眺め話していたミルザムは、急に目を見開いて空を見つめ……いや、睨みつける。
「どうかしたのか?」
 不安にかられて問い掛ける。しかし応えは返らない。
 そして、長い沈黙の後にミルザムが呟いた。
「どうやら、その子は最後の道を歩む事になりそうだな」
「どういうことだ?」
 神妙な声に嫌なものを覚える。じれて問い掛ければ星読みはひょいと肩をすくめた。その拍子に寝癖だらけの紺色の髪が揺れる。
「お前の子を示していた星が、動いていた。ほんの微かなものだがな」
「なに?」
 必死に星を目で捕らえるが、専門ではない彼にそんな事はわからない。
「四つ目の道は『片翼』との出会い」
 ポツリと聞こえたその言葉。
 星を眺めたままのミルザムの顔からはその心はうかがえない。
「私が見えるのはそこまでだ」
「片翼?」
「魂の伴侶、とでもいうべき存在か。
 ただし相手が男か女か、人であるかさえ分からんがな。今のところ」
「分からない?」
 不安に満ちた、その声。
 友を安心させるように、ミルザムはほんの僅かな微笑を浮かべる。
「『分からない事は絶望ではない』。ヒトからの受け売りだがな。
 先が見えないのが普通だ。何が待つか分からなくて当然だ。
 何より……そのほうが楽しいだろう?」
 不安が消えた訳ではない。だが。
「それを仕事としている人間が言うと説得力がないな」
「ははは。ばれたか」
 笑った後にそっと告げる。
「片翼との出会いが何をもたらすかは分からんが……
 出会った以上、離れる事は出来ないだろうな。
 一度別れても必ず呼び合う。そういう存在と出会えるものなどそうはおるまいよ」
 オーブが何か言い返そうと口を開いた、その瞬間。
 声が響いた。何よりも待ちわびた声。
「お生まれになりました!」
「生まれたか!!」
 大きな音と共に開かれた扉にオーブは駆けていく。
 一気に離れは騒がしくなり、歓声が湧き上がる。
 ミルザムは友には聞こえぬであろう祝福を述べた後、その場から離れた。
 マントをしっかり着込んで、空が見渡せる庭に降り立ち、北の空を見上げて呟く。
「……生まれたか……」
 分かっていてあえて告げなかったこと。オーブの子の道を変えた……彼の『片翼』。
 その存在の誕生は、彼が最も望んでいたもの。
 ため息一つ。打って変わって鋭い声で牽制する。
「久しいなスピカ。だが急にヒトの背に立つな」
「ふふ。相変わらず剣呑よの」
 いつの間に現れたのか、ミルザムの後ろには一人の女性。
 南の方から来たのだろうか。纏う衣装は肌が透けて見えるほど薄いもの。
 季節は初秋だというのに、彼女は寒そうなそぶりなど見せず親しげに近寄る。
 月の光に照らされる、滑らかだが生気のない白い肌。
 妖しい光を灯す紫の瞳。そして何より、人が持ちうることのない浅葱色の髪。
 リンゴの赤に彩られた唇に笑みを浮かべて彼の前に立つ。
「無事にお生まれになったぞ。
 そなたも祝いの一つも述べよ。届けてやらぬ事もないぞ?」
 やはりな。
「いつお生まれになった?」
「つい先ほど。ここより早い程度じゃな」
 ちらりと離宮を伺って言う。
 しかしその眼差しは『さっさと祝いの言葉を言え』と強要している。
「姫の誕生じゃ。良き言葉を述べよ。もしくは得意の星読みでもせい」
「なるほど……姫か。それは重畳」
 オーブの不安も取り除けるだろう。
 生まれたその日に生涯の伴侶(予定)が決まるとは、なんという強運な赤子か。
「何の話じゃ? さっさと祝いを述べんか」
 せっかちなのは変わってない。苦笑を隠して問い掛ける。
「可愛らしい姫だろうな」
「無論そうに決まっておる!」
 こういう返し方をするということは、まだお目にかかっていないということか。
 本人は余裕があるつもりだろうが、そわそわしているのが良く分かる。
 返事がないのが気に障ったのだろう、とうとうスピカが痺れを切らした。
「いい加減にせよミルザム。わらわは一刻も早く……」
「分かった分かった。琴の君にお伝えしてくれ。
 駆けつけられぬ代わりではないが、今宵ここで姫の片翼が生まれたと」
「ほう片翼が。それはなにより」
 般若のような形相から一転して笑みを浮かべるスピカ。
 なにやら一人でうんうん頷き、とん、と地面を軽く蹴ると、重力などない様にふわりと夜空に浮かぶ。
「その言葉、確かに預かった。琴の君に伝えよう」
 気位高く見下ろして、少し親しみの湧く笑顔になる。
「そなたも役目、果たすようにの」
「言われなくとも」
 ミルザムの返答に頷いて、スピカの姿が宙に溶ける。
 彼女が消える瞬間を待っていたかのように、不満そうな声が降った。
「ようやく見つけたぞミルザム!」
 見上げれば、オーブが二階の手すりから身を乗り出して叫んでいる。
「星読みが急に消えるな! 子の運勢を見たんだ。名前を付けてくれるだろうな?!」
「名は私にはつけられんさ」
「ならせめて選んでくれ!」
「それも出来ん」
 恨みのこもった眼差しを受けて、ミルザムが一歩後退る。
「役者不足だ。適役がいる。彼女に頼め」
「彼女?」
「無窮。そう星が告げている。そうだな……二、三日の間にここに立ち寄るようだぞ」
 怒鳴るのも忘れて問い返すオーブに、内心ほっとしたなんて感じさせずにいけしゃあしゃあと言うミルザム。
「なるほど……」
 怒りの逸らし、成功。
 オーブがもう一度身を乗り出して叫ぶ。
「今日は冷えるぞ。星読みもいい加減にしておけよ」
「ああ」
 ぱたぱたと足音がしてオーブの影が消えると、ミルザムはもう一度空を見上げる。
「さて、どう転ぶか……」
 片翼同士はいつ出会う? その後は?
 星を読みつつ彼は呟く。
「ここは気に入っている」
 だが。
「『ここ』は気に入らない」
 夜の空気よりも冷たいその言葉。
「忘れたと思っているのか? 誤魔化されたとでも思っているのか?」
 否。
 だからこそ奴は『我ら』を恐れている。
 東の空を睨みつけ、ミルザムは言った。
「その座から引きずりおろしてくれよう……必ず」