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しんせつ

100:決して散る事のない華の名前

「懲りもせずに、またバラですか」
 ジト目で言われて鎮真は手に持った花束を見やった。
 確かに、彼女に送るのは主にバラの花だ。
 理由は特にない……と思う。
 あえて言うなら庭にたくさん咲いているからだ。
 綺麗に咲いたのだから見てもらおうと思うのは当然で、むしろずっと昔から一番綺麗に咲いたものを献上しているから、贈る花といえばこれが最初に思いつくだけともいえる。
「バラはお嫌いですか?」
「嫌いではありません。ただ、椿や梅や桜には劣るだけです」
 つんと言いつつ、それでも受け取ってくれるのはきっと、花を思っての事なのだろう。
 空姫がお戻りになられてから、一度だって現姫には花を贈ってないというのに。
 少しくらい考えてくれないのだろうか、この姫は。
 それでも、目を細めて香りを聞く彼女の浮かべたかすかな笑みは眩しい。
 手前にあるバラよりも鮮やかな……まさしく華のようで。
 なんて考える自分の頭はとっくの昔におかしくなってるんだろうなーと鎮真は少し空しく考える。
 しかし、惚れた弱みというのは怖い。
 その(えがお)を咲かせるのはできれば自分でありたい――だなんて思ってしまうのだから。
 少し遠くに行きかけた鎮真の意識を戻したのは、目の前にいる姫と同じ――ただし込められる感情の色はかなり違う声だった。
「あ、鎮真来てたんですか?」
「末姫様。お出かけだったのですか?」
「現お帰り!」
 ひょっこりと鎮真の後ろから顔を出した妹を出迎えるためか、空は彼に近寄り、かなり手荒に押しのけられる。
 押しのけられた事実にか、それともまったく進展しないこの状況にか。
 壁に頭を押し付けて、鎮真はふかぁいため息をついた。
 いつになったら彼女の満面の笑みを引き出すことができるのだろう、と。

そばで見られるだけ役得だと開き直った方がいいんだろうか。 09.10.21

008:いつか、君はきっと

 ひらひらと蝶のように袖が舞う。
 晴れ着姿の咲夜が、それはもうご機嫌で姿見の前を占領している。
「似合う?」
「ああ、可愛い可愛い」
 ようやく肩を過ぎた髪はを一つにまとめて結い上げており、かんざしが涼しげな音を立てる。
 親ばかだとは思うが、本当可愛いなぁと鎮真は着飾った咲夜を眺める。
 と、同時に。もう数年すれば虫退治が大変だと今から考えさせられるのも確か。
 どういうわけか、現時点でもぽつぽつと届いている文やらは、今のところすべて握りつぶしている。
 確かに……確かに咲夜の年で、婚約者が決まっているのは珍しいことではない。
 生まれる前から予約済みなんてこともたまにある話だ。
 だからといって、すんなり手放せるか。こんなに可愛いのに。
 それに――遠くない将来、彼女は巫女として神宮に行くことになるだろう。
 早ければ来年にも招集がかかるかもしれない。咲夜は壱の神を宿す故に。
 怖れていることが一つある。
 いつか、咲夜から壱の神が離れる日が来るだろう。現姫のように。
 その時咲夜はどうなるのだろうか?
 あの瞬間に、戻ってしまうのだろうか。
 それだけが不安で仕方ない。

自分の元から巣立つ日が来ると知っているけれど。 09.11.18

038:造りものの感情

 時々、むっとすることもあるけれど面には出さない。

 空がじっと見ているのは妹――ではなく、今日はちゃんとした仕事でやってきた鎮真の方。
 現にちょっかいだそうなんて輩は徹底排除をモットーとする空にとって、鎮真は一番の要注意人物なのだが――どういうわけだか最近は少し様子が違う。
 以前のように現を食事に誘うとかそういったことはまったく見られなくなった。
 変わらない点は、訪ねるたびに手土産を持ってくることだろうが、これはマナーだから別と取っていいだろう。
 肝心の現が鎮真をどう思っているかは……よく分からないが、彼の話題を振ろうとも思わない。それに、姉の機嫌が急降下することを知っている現がそんな不用意なことをするわけもない。
「万年人手不足はよく分かってるでしょう?
 人ください。可及的速やかに」
「ええとですね? 母数が少なくなっているので、質が落ちるだけだと思い」
「ある程度は鍛えれば何とかなります。次代を背負う若い子をください」
 事務的なやり取りの間にも、付き合いの長さから来る親密さは見つけられる。
 ああして、仕事の話だけをしているのなら別にいいんだけど。
 それでも少し面白くない。
 鎮真があの子に言い寄らなければ――友達らしく遊ぶことも出来るのに。
 正午の鐘が鳴り響いて、ひとまず仕事の話が終わる。
「下で何か食べますか? この近くで竜田揚げ定食の美味しいカフェがあるんですが」
「定食……なら、お味噌汁もつきます?」
「あと香の物とサラダもついてますよ。空姫もいかが」
「結構です」
 本心ではご飯くらいなら、と思わなくはないのに……
 ついつい条件反射で言い切ってしまうわたしは、やっぱりひねくれてるんだろう。

素直な自分を見せなくないから、違う感情をまとう。 09.11.25

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/