042:果てしなく続く長い道
沈んだ顔で訪ねてきた幼馴染に、どう反応していいものやら。
とりあえずと出した緑茶をすすって、深い深いため息をつく鎮真。
今回は重症ですかねぇと考えつつ、現もまた自分の湯飲みを手に取る。
「咲夜が」
「咲夜さんが?」
ポツリと呟かれた名を聞きとがめれば、さらにうなだれて鎮真が続けた。
「どうやら、恋をしているようで」
「ああ」
そういえば彼女はここに来るたびに、一人の少年――いや、もう青年と称したほうがいいか――を探して追いかけていた。
いつもおしゃれをしてるなぁとは思っていたけれど。
最近の子はおませですねぇとやはり他人事でのんきに思っていると、若干恨めしそうな顔で見られた。
「駄目ですね。男親っていうのは」
「すっかりお父さんですねぇ」
やはり他人事な現はのんびりと返す。
彼女としても、咲夜くらいの子供がいておかしくない歳だ。
今まで結婚話が持ち上がらなかったことがおかしいとも言えるが、原因は大体分かっている。壱の神がいるためだろう。
現本人は継承問題が持ち上がるため、別にいいかなぁと思っている。
「もうそんな年になったんだなーと、寂しいやら嬉しいやらで」
「でも、初恋ってそのくらいの歳には終わってましたよね」
「……まあ、そうなんですけどね」
妙な沈黙があったが、現は特に気にしなかった。
「問題は、咲夜のおかげで決心が少し鈍ってしまったことでして」
「決心?」
「娘を取られる親の気持ちが分かっちゃいましたからね。
もともと半端な覚悟じゃありませんでしたけれど、どうにも心は移ろうもので」
なんだか話が妖しい方向に進んできた。
とりあえずはきちんと聞く体勢をとろうと、湯飲みを置いて鎮真に向き直る現。
ようやく彼女が本気で向き合ってくれたと半ば安心しつつ、彼は口を開いた。
「自分で言うのもなんですけど、私は結構一途です」
まあそうでしょうねと呆れたように頷かれたことはひとまず置いておいて、彼は言いたい事、言うべき事を続ける。
「本当、山あり谷ありの悲恋だと思うんですよ。
すごく待たされました上に、邪魔もされましたし」
「鎮真」
愚痴に入りかけた口上を遮り、現は静かに尋ねた。
「牽制ですか? 今更」
倒置法で、おまけに『今更』の部分を強調されての問いかけに、冷たいものが背を落ちる。
「いえ、ただ誤解なきよう、お伝えしようかと」
「誤解のしようがありません」
ぴしゃりと言い切って、現はもう一度湯飲みを取った。
やたらゆっくりとお茶で喉を潤した後、にこやかに口を開く。
「では、こちらも誤解されないように素直に言いますが。
私、鎮真のこと結構嫌いです」
「……は?」
笑顔で言ってやると、予想外の言葉だったのか鎮真の顔が引きつった。
「姉上のこと、いつから知ってたんですか?」
続いての質問に鎮真は目を逸らすしかない。
表面上はニコニコと笑ってはいるが、かなり面白くないんだろうことはわかっていた。
「それこそ今更の話ですから文句を言うつもりはありませんけど。
応援はしませんし、便宜も図りません。態度次第では積極的に排除します」
「は、い……」
自分にこんなくだらないことを言う暇があるなら姉を口説くなりなんなりすればいいのにと態度で示されて、鎮真はうなだれるしかない。
何を言っても信じてもらえないから、それとなく伝えてもらおうと思っていたけれど援軍は見込めそうもないし、あまり現に近づくと本気で空に『敵』認定されてしまう。
前途多難は予想していたとはいえ、あまりにもキツイお言葉にちょっぴり涙がにじみそうになった鎮真だった。
083:彼が去った後に
「現。塩。塩持ってきて!」
「お塩? 何か作られるんですか?」
「撒くの」
言われるがままに持ってきた現に対し、空は憤懣やるせないといった様子で玄関に塩を撒き始めた。
「何かいました?」
塩を撒くということは即ち清めで。
そんな悪いものはいなかったはずだけどと首を傾げる妹を見ると、やっぱり自分が守らなければと空は決意を新たにする。
大体、鎮真は昔から調子がいい。
あっちでふらふら、こっちでふらふらするような輩を、大切な妹に近寄らせるわけにはいかない。
今度来たら、即、塩をぶつけよう。
なにやら頷きながら決意している姉を見て現は思う。
あー確実に気づいてないな、と。
側にいる人間の感情に引きずられる――なんとなくとはいえ、相手の感情が読めるのは姉も同じだろうに、どうして気づかないのだろう?
不思議に思うけれど、気づかせようとも思わない。
自業自得ですよね。
今まで鎮真が何くれと現にちょっかいを出してきたのは、それしか空にかかわる術がなかったからだろう。
好きな子をからかう小学生ではないが、現に構うことで空にやきもちを焼いて欲しかった――のだと思う。もっとも、その想いは届くことなく、妹にちょっかい出す奴という認定を受けているようだが。
現のことを抜きにすれば、空は鎮真のことを嫌っていないとは思う。
けれど、現自身も鎮真に対して少し嫉妬をしている。なにせ長い間ずっと、自分が話すことも出来なかった姉と話していたのだから。
少しくらい姉と共に過ごす時間を貰ったっていいじゃないかと思う。
当分、鎮真に独り占めなんてさせない。
互いにそう思ってると知らないのは、とうの双子だけ。
やっぱり思考回路はどこか似ているのだ。
対鎮真最強のタッグ。 09.10.28
020:君は君のままで
どこかに出かけませんかと問えば何故と返され、贈り物をすれば買収かと疑われ。
それだけをとれば以前もあったことだけど……最近さらにきつく感じるのは、果たして気のせいなのだろうか。
互いの立場を考えれば値の張るものなんて送ることは出来ない。
だから贈るといってもお菓子や花がほとんど。
絶対に安全なのは菓子なんだよなと、今日も買い込んだケーキの箱を手に通いなれた道を行く。
突然の対抗馬の登場に、なにやら賭けをしていた連中は泡を食っていたようだが、また新しい賭けを始めたらしい。
まったく人を何だと思っているのやら。
ノックをすれば声がまず返り、次いで扉が開かれる。
彼女は鎮真の姿を認めると呆れの色濃い瞳で眺め、ため息とともに言葉を吐き出す。
「こんにちは。今日も何の御用ですか?」
「こんにちは空姫。美味しいと評判のケーキを買ってきたのですが、いかがでしょう?」
白い箱を掲げて問いかければ、空は見慣れた仏頂面を作る。
なんで見分けがつくんだろうと思ってるんだろう。
一卵性の双子だから見分けづらいのは確かで、姉姫さまでさえ時折間違われるという。
けれど、見続けていれば分かるものだ。
まして想い続けた女性ならば。
「美味しいケーキなら、お子さん達のお土産にしてあげれば」
「虫歯の治療中なので駄目です。
そんな子供の前で意地悪く俺が食べるわけにはいかないでしょう?」
これは事実だ。
最近どうにも食が細いと怪しんでいたら、案の定という奴だ。
まったく、親に黙ってお菓子をつまみ食いしていたとはけしからん。
「一人で食べるのも味気ないですし、それに末姫様は甘いものは苦手でらっしゃる。
こういったものは美味しく食べてくれる人の元へもって行くものですから」
何度も繰り返したやり取り。
最後は大体折れるにもかかわらず、空は嫌そうに鎮真とケーキの箱を見比べる。
今まで食べることが出来なかった『甘いもの』を彼女は大層気に入ってるようで、食べてる間はとても幸せそうな顔をする――だからこそ、頻繁に持ってきてしまうのだけれど。
たまには来訪を喜んでくれてもいいのになと思いつつ、まあこのやりとりも楽しいからいいかと今日も鎮真は思うのだった。
わたし、仕事してるんですけど。by現 09.11.04
「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/
便宜を図ってもらおうなんて、温過ぎる。 09.10.21