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しんせつ

050:ささやかな裏切り

 人はどれだけ泣けるんだろう。
 あれから何日経ったか分からない。正直、どうでもいい。
 ほろほろと流れ落ちる涙はそのままに、彼女は床に伏していた。
 床とはいっても畳が敷かれているから痛くはない。
 こぼれた雫は畳や服に滲みていく。
 さみしい。独りは寂しい。
 なんで、わたしが残ってあの子がいなくなってしまうの?
「『いつまでそうしているつもりだ?』」
 問いかけは、子どもに憑いた主のもの。
 交わした契約を、守らなかった神のもの。
「『生きる権利を譲られたわりに、大層な様だな』」
 吐き捨てるような言い方に、怒りなんて浮かびはしない。
 誰が、生きたいといったというのだろう。
 わたしが望んだのは、いつでも望んでいたのは、あの子が生きること。
 生きて、幸せになって欲しかった。
 ――共に生きることができたら、なんて。夢想した事はあったけれど。
「『まったく、この様ではお前のしたことは無意味だな』」
 わたしがしたことの意味をなくした、その一端を担いだ相手に言われたくない。
 なんで、わたしが残るんだろう?
 貰った命を無碍にも出来なくて、死ぬことなんて出来やしない。
 ――ただ、一緒にいたかっただけなのに。
 何も返さないわたしに何を思ったのか、大仰なため息をついて神は言う。
「『そう思わんか。なぁ、現』」
 え?
 聞こえた名に、涙が止まる。
 そばに、いるんだろうか? あの子が。かつてのわたしのように。
 幽霊でもいい。逢えるなら。
 顔を上げるのと同時に、誰かが目の前に座り込んだ。
 最初に見えたのは袴。それから青い髪。
 室内が暗いせいでより一層白くみえる肌。
 若侍のように、一つに結われた髪が肩から流れ落ちている。
 目が合うと、『彼女』はくしゃりと笑った。
「はじめまして」
 それは本当に嬉しいときだけの笑い方で。
「お逢いしたかった、です。ずっと。
 ずっと……逢って、お話をしたかった、です」
 あねうえ。
 稚い子どものように、たどたどしく呼びかけられて。
 彼女は――空は、ぱちりと目を瞬かせた。
「うつつ?」
「はい。あねうえ」
 それ以上はあまり覚えていない。
 ただ互いに抱き合ってわんわん泣いた。
 今までだって散々泣いたはずなのに、それでも後から後から涙はこぼれてきた。

 壱がばらしていたのだと気づいたのは大分後になってから。
 あれ、まずかった?なんて、白々しく言われたけれど。

この結末に文句がないなら、ばらすくらいどうってことないだろと壱は笑う。 09.09.30

051:夢路の果て

 泣き伏せて日に日に弱っていく『姫』を見守ることしばし。
 連絡はしたものの兄君はまったく動かず静観しろとの辛いお言葉。
 かつて、人形のようになってしまった現姫の時よりも襲う絶望感にどうも出来ずにいたのは昨日までのこと。
 一体どこから連れてきたのか、男装した『現姫』を先導して来たのは咲夜――もとい壱の神。
 そうして、あれよあれよという間に二人の姫は神に連れられ都に帰られた。
 説明なんて一切なしで。ええ。
 だから、文が届くのを本当に待ちわびていた。
 書かれていたことは主に三点。
 一、二人とも無事に元気でいること。
 二、都が落ち着いたら、さわりだけは説明してくれるということ。
 三、壱の神が憑いているので、咲夜はしばらく預かること。
「結局、分かったのは姫君たちがご無事なことくらいか」
 嘆いてはいけないことは分かっている。
 というか、それが一番大切なことだ。
 どうしてこうなったのかは気になるが、説明をしてくださるというのだから待っていよう。

 そう、思っていても……流石に三ヶ月目が終わる頃には不審になってくる。
 何時まで経っても咲夜も戻ってこないし。
 流石に心配になった頃に本人から連絡がようやく来た。
「何で鎮真、協会にいないの?」
「なんで咲夜がそっちにいるんだあああッ 無事かっ 元気かっ?!
 すぐに行くから大人しく待ってろ! 寂しかっただろッ」
 電話越しにまくし立てれば、どうやら咲夜はよほどびっくりしたようでしゅんとした声で返事をした。
「あのね。美味しいの食べさせてもらってるよ。ごはん。
 今日はテレビでみたおっきいオムライス食べに行ったの!
 現とね、空おねーさんとね」
「今すぐ行く、すぐに行く。姫様達に張り付いて離れるな以上」
 それだけを告げて受話器をおこうとすれば、早く来ないとたべちゃうよーというなんとも気の抜ける咲夜の声。
 ぐったりと疲れた気持ちを奮い立たせて、いざ仮の職場たる魔法協会へと鎮真は急ぐ。
 ちゃんと説明責任果たしてください。
 あと保護者の許可なしに娘を掻っ攫わないで下さい。
 文句は色々あるけれど……でも、『二人』が並んでいる姿を見たら、きっと言えなくなってしまう。
 だから、多分最初に言うのは「おめでとうございます」の一言。

それはいつからか、ずっと夢いていた光景だから。 09.10.07

069:わたしの居場所

 きゃっきゃと楽しそうにケーキを食べる咲夜と、飲み物を入れてやったり世話している現はとても楽しそうだ。
 向かいのソファに腰掛けて、空はそんな二人を眺めた。
 こうやってこの二人を眺めたことは何回もある。けれど。
「姉上は飲み物どうされます?
 ジュースはオレンジと、あと紅茶とコーヒーが用意できます」
 にこにことこっちに笑いかけてくる妹の姿は、ここ最近でしか見られなくて。
「うん……どっちが苦くない?」
「ミルクとか砂糖で変わりますよ。
 あ、両方淹れますので、気に入られた方を教えてくださいね」
 名案だとばかりに両手を叩いてキッチンに向かっていく後姿はとても楽しそう。
 『再会』した後から、現はずっと上機嫌だ。
 それが、自分の存在によるものだ、と思うとすごく面映い。

 いきなり現れた『空』を、兄弟はすぐに受け入れた。
 兄上や姉上――じゃなかった、姉さまたちも。
 現の話から実は結構存在自体は隠せてなかったことを知らされ、兄上からは「だって見えてたし?」と言われたのには少しへこんだ。
 あんなに必死に隠れてたのに、見破られていたのは悔しい反面……嬉しい。
 彼らは『そこにいない』はずのわたしをしっかり見ていてくれていたということだから。
 でも、わたしは『ここ』にいちゃいけないんだって思った。
 だって今更、星家の現姫に実は双子の姉がいました、なんて話――どう考えたっておかしいもの。
 立場とかを考えるとやっぱり影に徹した方がいいんじゃないだろうかっていうわたしの言葉に、兄上は笑った。
「なんで現を『末姫』って呼び続けたと思う?
 確かに末っ子だからって点はある。
 でも本来なら三女だから三の姫、もしくは五番目の子供だから五の星と呼ばれる姫を」
「それは……あね……想姉さまがそう望まれたからでは?」
「ああ。それを利用したに過ぎない」
 兄曰く、通例どおりに数字をつけた呼び名で呼べば、なくした存在を思い出してしまうから避けたかった人間が多かったのが理由の一つ。
 確かにわたしたちが生まれた当時、明るい話題はなかった。
 想姉さまが外にお嫁に行って、子供たちを含めて行方知れずになって――国中が不穏な空気に包まれていた。
「もう一つの理由はとても個人的なものだよ。
 末姫、なら――上に何人いても分からないだろう?」
 ぱちりと瞬きをした空の頭を麦は撫でた。
「おかえり、空。姉者や兄者の分も面倒見るから、いっぱい頼りなさい」
 すぐにお兄ばっかりずるいと想姉さままで抱きしめてきてぐしゃぐしゃにされて、苦しかったけど嬉しかった。

「お待たせしました」
 盆にカップを載せて現が戻ってきた。
 姉の前に両方のカップを置いて、すとんと隣に座る。
 空の左側。
 現にとっては右側に空がいる状態。
 それは、今までずっと寄り添っていた時と同じ。
 ――嬉しい。
 今までいた場所に、これからも居ていいのだと言われたみたいで。
 いただきますと告げて、片方のカップを手に取る。
 すぐに笑ってしまいそうになる口元を隠したかったから。

 敵や味方の数はどっと増えるだろうけれど、誰にも譲らない。
 ――ここは、わたしの居場所。

となりにいる、しあわせ。(らーらーらー、ららーら♪) 09.10.14

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/