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しんせつ

025:気付いていながら、

 満開の桜を見上げて思う。
 春だなぁと。
 そして、積みあがった書類を前にして思う。
 現実逃避をしている場合じゃないと。
 春という季節は何かと忙しいものだから、せっせと働かなければいけない。
 花の盛りが終わる前に、和真と咲夜と一緒に花見をするためにも。
 そう決意し張りきる新米保護者。
 仕事に集中しなければいけない思考は、けれど少しずれる。
 花見の席にはやはり現姫もお誘いしようか?
 咲夜は姫に懐いているようだし、壱の神のご機嫌伺いにもいいような気がする。
 姫をお誘いすれば必ず青の姫もついてくるし。
 ……俺を見る視線が一層冷たくなるのも知っているけれど、やわらかな視線で現姫を見る姿も見られることに違いはないし。
 ため息一つ。
「報われねぇ」
 一体何時まで待てばいいのやら。
 飽きたら返すというあの言葉を信じて、幾年が過ぎたものか。
 でも……諦められないのだからどうしようもない。
 声が聞きたい。顔が見たい。そばにいたい。
 例え彼女が本来、この世に存在することが許されていなくとも――
 そうだ。
 最近、現姫はなんだかお疲れだというからやっぱり花見のお誘いをしよう。
 それから、龍馬のとこの団子も用意してのんびりしてもらおう。
 現姫を喜ばせれば、青い姫も笑ってくださるのだから。

 もっと気をつけているべきだったのだ。
 『神』が移った咲夜を気にかけるように、現姫の身に何の変化もないなんてことはなかったのに。お疲れのようだと気づいていたのに。
 何もしなかった自分は、本当に馬鹿だ。

騙すのが上手い人だと知っていて。不調を悟ることが出来ていたのに。 09.09.09

087:華の散る頃

 花の盛りを少し過ぎた頃、鎮真から花見の誘いが来た。
 咲夜が是非にと頼んでいるようで、子供に弱い現は少し困った顔をしながらも二つ返事で頷いた。
 最近疲れがたまってるようなのに出かけたりして大丈夫かしら?
 でも、自然に触れるのはいい気分転換になるだろうから、悪くないのかしら?

 そうこうしているうちにお花見当日はやってきた。
 良く晴れた青空に風は暖かな微風。
 子供たちは食べ物に夢中で、その後は走り回って遊んでいる。
 一緒に遊ばれている鎮真の姿は少し面白い。
 現はのんびりと一人桜の幹に背を預けてのんびりしていた。
 楽しそうだし疲れてもいないみたいだし……来てよかったかなと思いながら空も桜を見上げる。
 木の真下から見上げると本当に綺麗。
 はらはらと舞い落ちる花びらはどこか物悲しいけれど。
 しばし桜の美しさに気を取られていると、いつの間にか隣から寝息が聞こえてきた。
 幹に背を預けたまま、現は気持ちよさそうに眠っている。
 また寝てる。
 赤ちゃんのときみたいにしょっちゅう眠る現はなんだか懐かしい。
 眠くなるほど無茶をしているのは何とかしたいところだけれど。
 風邪引かないといいけど。
 視線を鎮真達の方に向けてみたけれど、影ははるか遠く、楽しそうな声だけが届いてくる。……鎮真に関しては若干悲鳴じみていたかもしれない。
 当分もどって来そうにないなと諦めて、空は妹に寄り添い、彼女に倣って目を閉じた。

「……よ」
 最初に聞こえたのは、なんだか少し心配そうな声。
 中々言うことを聞かない目を開く。
 目の前に誰かが立っている。光に慣れていないせいか、顔ははっきりと分からないけれど鎮真だろうか?
「こんなところで転寝をされてはお風邪を召されますよ」
 あれと空は思う。
 何故鎮真がそんなことを自分に言うのだろう。
 風邪の心配をするなら現に対してのはずなのに?
 ぱちぱちと瞬きを繰り返してようやく焦点が定まる。
 心配そうな鎮真の顔と、彼よりも覗き込んでいる咲夜。
 そこで気づく。
 大地や日の光の暖かさ。風が髪をさらう感触に。
「どうかされましたか?」
 鎮真の問いに答えられない。
 知らず自身を抱きしめ、左右に視線を走らせる。
 自らの掌の熱。力を込めれば痛みも感じる。
 着ているのはあの子の服。――見当たらない姿。
「どうして?」
「は?」
 こぼれた疑問に答えはない。
 身を起こして――ああ、身体を動かすというのはこうするのかとどこかで他人事のように思う自分がいた――鎮真に詰め寄る。
「あの子はどこにいるの?! どこに行ったの?!」
 わたしの言葉に鎮真の顔色が変わる。
 『わたし』だとばれてしまっただろうけれど、そんなことは関係ない。
 今一番知りたいのは――!
「あの子をどこにやったの?!」
 鎮真じゃ埒が明かない。小さな少女に詰め寄る。
 咲夜は混乱しているんだろう。
 怖がらせて悪いと思わなくはないけれど、今は構っていられない。
「あの子を助けてくれるって言ったのに! なんで奪うのよ壱っ」
 空の感情に呼応するかのように一際強い風が吹く。
「あの子を返してよっ」
 風にも途切れぬ悲しい声。
 その場に崩れた彼女を慰めるように花びらが周囲を覆う。

 はらりと、枝に残った最後の花がゆっくりと地に落ちた。

『胡蝶の夢』というけれど。こんな悪夢、早く醒めて。 09.09.16

009:傷が消える、その日まで

 なんで、どうして。
 か細いその声に、何も告げることが出来なかった。
 伸ばした手をこれ以上動かすことが出来なくて、鎮真はただ『彼女』を眺めていた。
 リンドウの瞳からは絶えることなく雫が零れ落ち、赤い唇が力なく言葉を紡ぐ。
 手入れの行き届いた青い髪。
 染まりなおした――取り戻したその色は、最近ようやく馴染んできたもの。
 見慣れた姿で、見慣れぬ……初めて目にする行動を取る彼女。
 嗚咽に肩を震わせ、幼子のように泣きじゃくる姫。
「どうして……が死んでしまうの?」
 泣き出しそうな表情は何度も見た。
 彼の姫に寄り添っていたときに。それこそ、数え切れぬくらい。
 今、泣きじゃくっている姫に寄り添う者はいない。
 ただ何も出来ぬこの自身だけ。
「わたしが、わたしだけが残ってどうなるの?」
「姫」
 いやいやするように全身で拒絶を示す彼女の肩を掴む。
 涙に濡れた頬。なんて、弱弱しい。
 すんなりと腕の中に閉じ込めることが出来るほどに。
「はなして」
 拳が鎮真の胸を叩くが、その力とて信じられぬほどに弱い。
 ああ、『この』姫は、こんなにもか弱かった。
 片割れは、あれほどまでに毅然として強かったのに。
 力を込めれば反撃はなくなり、すすり泣く声が大きくなる。
 触れることの出来なかった彼女は、よく知る姫の名を呼びながら泣き続ける。鎮真の腕の中で。
「はなして」
「嫌だ」
 この状態を望まなかったといえば嘘になる。
 けれど、こんな結末は望んでいなかった。
「離さない」
 放さない。
 出来ればずっと。それを望めぬならばせめて――彼女の涙が止まるまで。

その間だけでもおそばにいさせてください。 09.09.23

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/