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しんせつ

046:死にゆく者へ

 死者は生き返らない。
 それは絶対の理。
 ボクにだって変えられない、世界の約束。

 現の中から見る光景は、いつか来ると分かっていたもの。
 そう。わかっていた。
 いつか現から離れなきゃいけないときが来ると。
 彼女のためにも、ボクのためにも。
 新しく、ボクに相応しい『器』が生まれたことはすぐに分かったし、移るべきだと思っていた。ボク自身だって。
 でも離れづらくて、まだ大丈夫と先延ばしにしているうちに……その日は来た。
 これ以上は、延ばせない。
 いつか来る日のために打っていた布石を、使わなきゃいけない。

 この子が現に――ボクに会うたびに、少しずつほんの少量だけ移していた力。
 それを使って、この子が死ぬ前に時を止めた。
 死者を生きかえす事が出来ないボクは、そうして魂を留めることしか出来ない。
 今現在の器である現や、空のように。
 今のこの状況でボクが移って、どれだけ咲夜の心が持つかなんて分からないけれど。
 ねぇ咲夜、君は生きたい?

思うがままにふるまって、思うままに出来たことなど少ない『神』。
感化されすぎたのだろうか。器に問いかけるなんて。  09.07.29

006:決して、思い出さないように

 最初に見えたのは白い天井。
 それから、今にも泣き出しそうな鎮真の顔。

 まぶたが震えて、ゆっくりと目が開かれるのを、誰もが緊張した面持ちで待っていた。
 霞色の瞳は茫洋としていて意志の光が弱い。
「咲夜っ」
 怖れるように名を呼べば、彷徨っていた視線がしっかりと彼を捉えた。
「しずま?」
 稚い声はとても聞きたかったもの。
 熱いものがこみ上げてきて、顔を見られないように鎮真は顔を伏せる。
「どうしたの? どこか、いたいの?」
「いや……痛くないよ」
 不思議そうな咲夜にぎこちなく笑みを浮かべて答えると、彼女もほっとしたのか小さく笑みを浮かべた。
 それから不思議そうに首を傾げた。
「わたし、どうしたの?」
 言葉に詰まってしまったのがまずかった。
 不安そうな咲夜は起き上がろうとして、そのまま凍りついた。
 自分の視界に入った、雪のように白い髪。
 おそるおそるといったように掴むそれは……咲夜の髪。

 病気で急に倒れてしばらく眠っていたとか、薬で髪の色が抜けちゃったと、苦しい言い訳を医師はしてくれたが、咲夜は布団に包まったまま動かない。
 ショックだろうと思うし、混乱して当然だ。
 大きくなったら話さなければならない。
 『壱の神』の器であることを。
 けれど、どんな状況で移ったかは……あんなことは、思い出さなくていい。
 それは鎮真も晶も同じ思い。

覚えていなくていい。思い出さなくていい。
どうか『壱の神』よ。その記憶があるなら奪って欲しい。  09.08.05

066:今はもう遠いあなた

 朝、髪を梳るたびにすこしギョッとする。
 見慣れない色。でも、見慣れている色。
 夏空よりも冴えて、けれど深海の深さを持った青い髪。
 姉や兄達が持っていた色。
 元々は、こういう色だったんだと鏡の中の自分をまじまじと見つめる。
 ……もうかれこれ十日近く経つというのに、いまだ慣れない。
 ため息一つ、止まってしまった手を動かして、毛先から櫛を通す。
 すっかり飴色になった柘植の櫛は遠い昔に姉から賜ったもの。
 こうして鏡を覗いてみれば、思ったよりも自分達は似ていたのだと感じる。
 似ていない、と思っていた一因は、やはり髪の色にあったのだろう。

 あれから十日。
 咲夜が正式に――ただし大急ぎで――真砂七夜の家に迎え入れられて、現から『壱』が離れてから。
 変わったことの筆頭は髪の色。
 『壱の神』の強い影響下から離れた故に、本来の色を取り戻した。
 それからもう一つ。
 静かだなと思う。
 名前を知らない小鳥の鳴き声や、道行く人々の元気な声が時折聞こえてくるが……こんなに静かなものだったのかと、改めて思う。
 今から思えば、今までは絶えず音の洪水の中にいたのだろう。
 人の心の声がはっきりとあるいは内緒話のようにひそひそと聞こえてきていたし、強い感情に当てられることも多々あった。
 もっとも、生まれてからずっとそういう状況だった現は、物心つく前には慣れてしまっていたのだけれど。
 だから――咲夜はきっと大変だろう。

 変わった髪の色と、大分静かになった環境。
 ようやく解放されたと周りは喜ぶけれど。
「やっぱり少し……寂しいものですね」
 本音は小さく風に解けた。

ずっとそばにいてくれた『(ヒト)』だから。  09.08.12

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/