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しんせつ

053:穴を穿つその一滴

 長く長く苦しんだ後に知らされたのは、娘の死。

 久々の家族団らん――とはいえ、何も思わなかったわけではない。
 長年、性別を欺き男として生きてきたが故に苦しむこともあった娘。
 ――自分と違い、引き裂かれることなく好いた相手と共に生きることを許された娘。
 互いにぎこちなくなっていたのは分かっていた。
 だからこそ、茶会に招かれたときには……仲直りが出来るかと期待したのだ。
 それは、ものの見事に砕け散ったけれど。
 盛られた毒は強く、随分長い間床に伏してしまっていた。
 意識が戻り、もう大事無いと知らされてから、知った事実。
 娘夫婦は神へ捧げられたという。
 毒に打ち勝ったとはいえ、和沙の心はすでにぼろぼろで、再びまた床に伏すことになった。

 真っ先に疑った相手は鎮真。
 だが、あの子供は娘夫婦の忘れ形見を養子とし、次期当主として育てているという。
 人をやって調べさせたが、どうやらそれは確からしい。
 どこかに隠し子か、思う相手でもいるのかと疑ったがそれらしい噂もない。
 それにあの一件で鎮真は腹心中の腹心を失った。
 いくら影響力があるとはいえ、夫を殺すために引き換えるような部下ではない。
 時が経てば自然と鎮真は力をつける。ただ、待てばよかっただけ。
 ならば、敦子を陥れた相手はだれだというのだろう。
 一向に体調は良くならないが、和沙は考える事をやめない。
 たとえ一時心象が悪かったことがあろうとも……たった一人の娘なのだ。
 娘を謀り、奪った相手が憎い。
 だからこそ、最も可能性が高い相手が誰かを悟ったときの和沙を、周りは心配していたのだ。
「そうですか」
 元気のない――これが普通になってしまった――声で、和沙は言う。
「そう……最初から」
 答えはあったのだ。ただ一人の企みだった。
 夫の、景元。
 あれが敦子を奪ったのだ。
 真実は分からない。けれど、あまりにも符合する。
 次に真砂を継ぐのは、周囲には知られていないが景元の孫の和真だ。
 鎮真がそう宣言している以上、今彼に何かあれば、幼い和真が当主の座を継ぐことになる。
 その場合、後見人として選ばれるのは一人しかいない。
 鎮真が力をつけぬうちに味方を奪い、政治のことなど分からぬ子供を祭り上げ傀儡とする。
 権力を握るためなら何でもするという姿勢は、間違いとはいえないのかもしれない。
 けれど……そのために虐げられたものが泣き寝入りするなどと思わせない。
 守れなかったのは、自分のせいでもある。だから。
「共に、堕ちましょう。ねぇ、あなた」
 細い月に向かって彼女は微笑んだ。とても綺麗な顔で。

自らが成したことは、回りまわって返ってくるものだから。 09.07.08

078:きっとあなたには届かない

「自分が、何をしたか分かっているのか?」
 問われる声はどこか遠く、和沙はつい仄かな笑みを浮かべてしまった。
「さて。何のことでございましょう?」
「あの子供のことだ」
 白々しく返せば多少は感情を露にするかと思われたが、夫は淡々と問いを重ねただけ。
「内々に、とはいえ……いずれは和真の嫁にと思っておったのに」
「そうして、貴方が女子を駒として扱うから悪いのです」
 きっぱりとして言い切った和沙に、景元は視線をはじめて合わせた。
「だから、駒にされぬうちに逃がしたのです」
「逃がした……か」
 嘲るような笑みを向けられて、和沙は一瞬だけ戸惑った。
 あの子供を……姪をこの地に近づけぬようにと指示を出したが、どこかで行き違ったのだろうか?
「わしに一矢報いんがために、子供を使うか」
「先に(こども)を使ったのは貴方でございましょう?!」
 思わず声を荒げる和沙。
 自分の娘よりも姪を――他人の子供を優先するのか。
 どの口がそのような世迷言をほざくのかと。
「なぜ敦子をあのような」
「何故、『敦子』だと隠していた?」
 押し黙る和沙に景元はさらに追い討ちをかける。
「何故男が産まれたなどと言った? その嘘でどれだけの者が惑わされた?」
「そ、れは……」
「だが、わしは間違っていた」
 追求の代わりに吐かれた言葉に瞠目する。
「失ったものの代わりを探して……代わりになると、信じて。
 代わりなど、なるはずもないのに」
「あなた?」
 不思議そうな和沙に景元は背を向けて問うた。
「夫婦になるときに言ったな。
 わしの夢は、兄上の右腕となりこの真砂を豊かにしていくことだ、と。
 ……鎮真では意味がなかったのだ」
「どういう、意味ですか?」
「さて、な」
 障子が開かれ光が室内に広がる。
 明るさで目を細めた和沙に告げられる言葉。
「追って内々に処分は決まるだろう。
 なぁ、和沙。お前は一体、何を望んでいたのだ?」
 答えは望んでいなかったのか、返事の前に光は途切れ、和沙は部屋にひとり残される。
「私の……望み?」
 反芻して考える。そんなもの持ったこともなかった。
 ああけれど……思い出したのは、あの茶会でのひと時。
 あの時きっと、私の望みは叶っていたのだ。

「よろしかったのですか?」
「それこそ、今更だ」
 問うて来た喜佐に対して、景元は力なく答えた。
 本当に今更なのだ。
 すべてはあの時、彼女を殺さなかった自分が悪い。
 兄の病死。糸を引いていたのが彼女の家のものだと分かったあのときに。
 結局、信じきれていなかったから、『娘』だと分かってからずっと疑い続けた。
「お前は何でも理詰めで考えようとしすぎると、よく叱られたものだ。
 また、叱られてしまうなぁ」
 それは自分の未来を知っている言葉だったので、喜佐はこう返すことしか出来なかった。
「確かに叱られてしまうでしょうけれど。
 その後、よくがんばったと褒めてくださいますよ」
 龍真様は、と言わなかった言葉を感じ取ったのか、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「……そうか。そうだな」

 歯車が欠けたのは遠い昔。いつか無理が来る日が分かっていて、それでも回し続けたから……壊れるのは当然だった。

最初から諦めて告げなかった言葉。告げていれば、変わっていたのだろう。 09.07.15

098:胸に掻き抱くあなたの躯

 可能性として、予想していなかったわけじゃない。
 だけど、実行されるなんて思いもしなかった。
 否。
 思わなかったでは済まされない。
 取り乱すかと思っていたが、不思議と心は静かで。
 一歩一歩ゆっくりと近づいていく。
 床に倒れたままの小さな子供。
 ……この季節じゃ寒いだろうに。
 響く足音は一つきり。
 戸口から伸びる二つの影は入ってこようとしなかった。
 虚ろな足取りで、鎮真は歩く。
 たった一つ。本当にたった一つしかない大切なものを、みすみす奪う機会を与えてしまっていた。
 膝をついて子供のすぐそばまで来ても、何の反応もない。
 軽い――でも重い小さな体を抱き起こしても、子供は――咲夜は動かない。
 眠っているように思えた。そうだったらどんなに良いか。
 体中が震えていた。心臓はどくどくと脈打っている。
 だけど頭も体も心まで冷え切っている。
 冷たい身体をぎゅっと抱きしめても、痛いと文句をいう声はない。
 苦しいと不満ながらに浮かべる笑みもない。
 服のすそを引っ張って、ねだられる事はない。
 こんなに、こんなに強く抱きしめているのに。

 残された身内だから一緒に暮らそうと、そのために色々と準備をした。
 和真だって賛成したし、一度会ったときには張り切ってた。
 大切だと思ったんだ。守りたいと、守ってあげなきゃと思ったんだ。
 大人になるまで守ろうと決めたんだ。
 彼女の人生を預かる覚悟を決めたんだ。
 なのに――遅かった。

 小さく何かを殴る音が聞こえた。
 やり切れぬ怒りに壁でも叩いたのだろうか。
 視線の先で、壁にしがみつくようにしていた晶の体が力なく崩れていく。
 聞き取れないほど小さな声で呟いているのは、犯人への怒りか、姪への懺悔か。
 もう一度彼女は視線を戻す。
 名の如く儚い少女の体を抱えたまま、泣くことも出来ない男の背中。
 現は――その内で眠る『彼女』は見ていた。

 考えもしなかった。
 ――分かっていた。
 ……決まっていたことだった。

 あまりにも早く。
 ――あまりにもあっけなく。
 ……覚悟していたより遅く。

 逝ってしまった。
 ――その時は来た。
 ……別れがくる。

花の神の名を頂いた娘は、名に相応しく儚く散る。
さくらはサクラ。山より来る神の坐。  09.07.22

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/