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しんせつ

076:見返りなど求めない

 初めて言葉を交わしたのは『彼女』がまだ生まれる前。
 あたり構わず喚き散らす、その声が鬱陶しくて目を覚ました。

――助けて助けて。誰かお願い、あの子を助けて。

 ただそれだけを繰り返す声。
 気まぐれを起こしたのは、ふとしたことを思い出したから。
 ある日行方知れずになった四番目の子。
 それからしばらく続いた暗い雰囲気は望ましいものではなかった。
 厚い雲を裂き、光が差し込むようになったのはつい最近。
 また、暗い日々を迎えるのは面倒だからと判断した。
 起きれば、存外簡単にすべてを把握できる。
 身篭っていたのは双子の娘。
 一人はすでに留まることを出来ず、もう一人が辛うじて此岸に留まっている。

――あの子を助けて。何でもするから。
『その言葉、誠だろうな』

 こうして……空はボクと取引をした。

 そっと手が伸びてくる。
 長い髪を梳くように、頭を撫でるようにそろそろと動かされる手。
 けれど、その手が触れることはない。
 ……当然だ。手の主は実体を持っていないから。触れる術などない。
 それでも『彼女』は手を伸ばす。
 決して見放さず、側にいる。とてもとても幸せそうな表情で。
 自身のことを知らぬ存在に愛情を注ぐ。
 報われることはない想い。なぜなら注がれている方はその存在を知らないのだから。
 いや。必死に目を逸らしているだけか。現の内で眠りつつ、壱はそう分析した。
 現は気づいている。
 ずっと側にいるモノの存在に。現が気づいたことを知られたら、去って行ってしまうだろう事も。だからこそ、知らぬふりを続けている。

「貴女は、それでいいのですか?」

 鎮真が空に問うた言葉。
 意味を図りかねたのだろう空は、それでも笑った。

――あの子のそばにいられて、それ以上に何を望むというの。

 空は気づかない。
 無償で与えられるぬくもりに、感謝だけではなく報いたいと願う現のことを。
 返すことの出来ないもどかしさを感じていることを。
 ボクが気づいたのは、現とともに在るからというだけだけれど。

 見返りを求めない。
 それはなんて優しくて寛大で――傲慢なヒトの心。

かみ合わないままに歯車が回り続ける。遠くない先に、崩れると分かっいて。 09.04.08

019:未だ答えは出る事なく

『一つ教えてやろう。どうせ捨てきれぬなら、しっかりと持っておけ』
 その言葉で、持ち続けることを覚悟した訳だけれど。
 前途は多難どころか。それがいつになるのか正直疲れてきた。
『我が飽きたら返してやろう。そう――二人ともに、な』
 二人と神は仰せられた。
 だからこそ、一縷の望みをかけてずっと待っている。
 待ち続けている。
 『姫』が人の世に返される日を。『姫』が人として戻される日を。

 明らかに面白くないといった表情で所在無く佇んでいる、かの『姫』に気づくものはいない。幽霊を見ることを出来る者など、すっかり数少なくなってしまったから仕方ないのかもしれないが。
 部屋の片隅で立ち尽くしている『姫』の側まで歩いていって、鎮真は彼女と並んで視線を同じ方向に向ける。
 ちらりと『姫』が視線をくれるが気にしない。
 むしろ気にしていたら、後々怒られかねないので(この『姫』は何かと理不尽なのだ)、代わりに小さく口を開く。
「お忙しそうですね」
 持ってきた書類で丁寧に口元を隠して、ささやきにも近い弱さで発した声に『姫』は反応した。
『ずっとあの調子で、休んでいないの』
 沈んだ声に苦笑を浮かべる。
 確かに、視線の先の現姫は普段より元気ないように見えた。
 ただそれも、付き合いの長いものが見れば、という前提つきでのもので。
 あまり付き合いのない――普通の人たちから見れば、分かるようなものではない。
 新しく組織を立ち上げるということは、それなりに骨が折れるものだ。
 まして、拡大していく一方のモノならば尚更。
 鎮真も巻き込まれたようなものだが、一番の被害者はやはり現姫だろう。
 目にいれても痛くないほどに可愛がっていた姪っ子――の娘。
 現姫が母代わりにも思っていた姉の容貌を強く受け継いだその子は、後々の人の世に多大な影響を与える組織の基礎を作り上げた。
 『魔法協会』というそのままの名の組織はどんどんと拡張を続け、創設者である娘はその座を降りる際に、自身が認めた後継にすべてを託した。
 だけなら良かったのだが……現姫にもひとつ頼みごとをした。
 できるなら、協会の行く末を見守っていて欲しい、と。
 それから鎮真にも同じことを頼んできた。
「お側にいる大義名分を作ってあげましたよ。師匠(せんせい)にはこれまで色々お世話になりましたからね」
 いじわるそうな表情で告げていった彼女を思い出して、そっと胸中だけで息を吐く。
 自分よりも大分年下の娘――けれど、成長は早いのだ――に言われてぐさりと来たのは事実だ。
 周囲には丸分かりのこの気持ち。
 けれど、向けている先を知っているのは想っている鎮真本人だけだ。
 誤解している筆頭でもある鎮真の想い人は、今日とて射殺さんばかりの視線を下さっている。
 以前から妹に言い寄るな近寄るなと小うるさく説教してくる彼女は、頼み事とはいえ共にいることが増えた今の状況を好んでいない。
 本人を面と向かって口説くことが出来るならそうしてる。
 けれどその日が来るのはいつになるんだろうと落ち込むことも確かで。
 ちらりと『姫』に視線をやれば、むっとした顔のままに見返される。
 こんな顔を見ることが出来るのも、今の状況だからこそ。
 長期戦は覚悟したはずだと自身に言い聞かせ、ある意味独り占めな状況だからと慰めて、鎮真はいつか来るその日を待ち続けている。

「いい加減しつこいんですよ」と他ならぬ想い人本人から言われて、へこむ事も間々あるけど。  09.04.14

056:その手を、君はいつか離す

 寄り添ったのは、望まれたから。
 請われたわけではなく、なし崩し的になったものだけれど。
 それでも、ボクは現と常に共にあった。
 こんなに長い間寄り添ったのは初めてで、彼女の身体にかかる負担は重いだろう。
 例え、依巫として十分すぎるほどの素質を持っていたとて、年月が経てば同じこと。
 だから……いずれ別れは来る。
 会えなくなる――なんてことはないけれど、それでも離れなければならない日が。
 もっとも、あいつらは現からボクをなんとかして引き剥がそうとしていたし、『あいつ』だって同じこと。
 ボクを引き剥がすための準備は整ってる。後は、ボクの意思と……次の器が揃うまで。
 器はすでに生まれている――遅かれ早かれその日は来る。
 前はこんなことを考えなかったのに。
 知らない頃には戻れない。それが悔しくて辛い。
 誰かに置いていかれる事がこんなに怖いものだなんて知らなかった。
 それほどまでに心を砕く相手がいなかっただけかもしれない。

 ひとつだけ、決めていることがある。
 手を離すなら。別れなきゃならないのなら、相手から離して欲しい。
 ――現から離されたら、素直に引く。
 それを選ぶことが出来る子だと知っているから。
 ボクが本当には望んでいなくても。
 『壱の神』として、『壱』として接してくれたあの子は、十分大きくなった。
 だから、いつか来るその日をボクは待ってる。
 ほんの少しの恐怖と共に。

いつか来るはずの別れ。その日は、もう遠くない。 09.04.22

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/