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しんせつ

082:空回りする感情

「……よし」
 念入りに服装――とはいっても、ごく普通の着物だ――を整えて、鎮真は城を抜け出した。
 今回の目的は一つ。
 河青から了承を取り付けたし、他の者も似たような返答をするだろう。
 大体、『繋げる』ことは当主の大切な役目だ。
 正直なところ、心臓がうるさいほどに痛い。が、それも仕方のないこと。
 生まれて初めて求婚するのだから。
 ――言わなきゃいけないことは分かっている。
 かなり照れくさいが。
 今から道場破りでもするのかといったほどの気迫で通いなれた道を行く。
 求婚相手は龍馬の店の看板娘。名は千代という。
 側室としてしか迎え入れることは出来ないが、そう悪い返事にはならないのではと思っている。思いたい。
 店の入り口で軽く息を整えて、いざ。
「いらっしゃい」
 いつものように龍馬の声に迎え入れられて、鎮真は店内を見回し。
「なぁ龍馬」
「うん?」
 客もはけて、まばらな店内。
 なじみの相手に呼ばれて次期店主は顔を上げた。
 対する鎮真はとてもとても複雑そうな表情で彼を見る。
「千代は?」
「休ませて欲しいって、伝言があったぞ」
「……休み……」
 勢い込んできたというのに、なんて運の悪い。
「急用なら、家に行ったらどうだ?」
 鎮真の表情から何かを察したのか、龍馬がおずおずと背を押してくれる。
 勢い込んで突撃したものの、拍子抜けというか、なんというか。
 日を改めた方がいいかなーなんて後ろ向きな事を考えているとざわざわと表が騒がしくなった。
「なんだ?」
 遠く聞こえる声を拾うと、物騒な単語が聞こえた。
「身投げ?」
「男女で?」
 いつの間にやら鎮真の隣に来ていた龍馬が複雑な顔をする。
 男女の心中は死者を埋葬することが許されない。また、失敗して生き残った者には厳しい罰が待っている。
「龍馬!」
 騒ぎの内側にいた一人の男が、真っ青な顔をしてやってきた。
 ――いやな予感がした。
「どうした?」
「龍馬……お千代ちゃんが」
 男はそこで言葉を切る。かたかたと震える。
 震えているのは、男かそれとも鎮真か。
「お千代ちゃんが大川で見つかった」
 龍馬が息を飲む。
 何か問いかけていることは分かったけれど、鎮真は聞くことが出来なかった。

 ああそうだ。
 真砂七夜当主(俺)の立場なら、もっと色々考えなければいけなかったのに――

もっと早くに打ち明けていれば。あるいは、もっと早くに諦めていればよかったのだろうか。  09.02.18

026:紅い花の似合う人

 白い世界に落ちた赤に目を奪われた。
 昨夜のうちに積もったのだろうか、白い冠をかぶった庭の木々を見て思う。
 そういえば吹く息も白く、寒い。
 武家の家では忌避される椿の花は、色の少ない時期に映える。
「殿?」
「ああ、何だ?」
 ぼうっとしていたのがまずかったのか、河青の視線が痛い。
 心配してくれているんだろう。正直なところ、千代の件はかなり参っている。
 けれど鎮真はそれを面に出していい立場ではない。
 それに千代との事は知られてはいけないことだ。
 自分に不利益をもたらすような事を、わざわざ他人に知らせるわけにはいかないし、政敵に弱みを与えるわけにもいかない。
 しかしと鎮真は考える。
 俺はそんなに恋愛下手なのか、それとも――
「殿」
 考えているうちに立ち止まっていたらしい。
 先程よりも強く呼びかけられて顔を上げると、深いため息をつかれた。
「そのような上の空でどうなさるのですか」
「……悪い」
 そう。自分の城ならともかく、今日は祝いに来ているのだ。
 都の端に位置する屋敷。
 長らく住む者がいなかったここが、叔母の新居になったからだ。
 夫はかつて鎮真が『志津』だった頃に会ったことがある時世七夜昇。
 大体は妻が夫の家に移るものだが、時世の家でなにやらごたごたがあったらしい。
 どこの家も今はごたごたしてるからなぁと思っていると、不思議そうな声をかけられた。
「鎮真?」
 はて。今の自分を呼び捨てに出来る人間など限られているはずなのだけれど。
 声のしたほうへと視線を向けると、記憶にある姿。
「……叔母上」
 まさか、奥方自ら出迎えとは思わなかった。
 屋敷の大きさに比べて人が少ないなとは思っていたものの、普通は侍女が出迎えるものである。
「お久しぶりです。真琴叔母上も」
 挨拶を返すと、真琴はかすかに微笑んでくれた。もともとどこかぽやっとしていて感情の起伏の少ない人だったが、何か言って欲しい。
 通路に立ったまま沈黙したままの彼ら。
「真琴殿、真砂様がお困りになられていますよ」
 くすくすと笑みを漏らしながら言われた言葉に、鎮真の思考が固まる。
 しかし真琴はそうでなかったのか、ことりと首を傾げて不思議そうに言った。
「そうでしたか? ただ、大きくなられたと感心していたのですが」
 中へどうぞと薦められて、鎮真は室内に足を踏み入れた。
 当然のように空けられている上座。
 ちらりと先客に視線をやるが、こちらを見ていないので意味がない。
 諦めて上座に座れば、先客がこちらに身体を向けて深々と頭を下げた。
 白く長い髪は頂で一つに結われており、小袖に袴。腰には脇差。
 珍しくもなんともない姿ではある。街中で見る下級武士の姿としてはごく普通のものだ。
 しかし、先ほどの声は。
 なるべく自然に叔母へと視線をやれば、どう取ったのか、相変わらず感情の見えない顔で紹介してくれた。
「福川幻日(げんじつ)殿です」
 聞き覚えのありすぎる名に硬直する。
 いや、もうこれ以上聞きたくないんだけれど。
 耳をふさいでしまいたい鎮真にかかわらず、先客――幻日は口を開いた。
箕浦(みのうら)家家臣、福川幻日にございます。
 真砂七夜様にお目通りをお許し頂き、恐悦至極に存じ上げまする」
 いけしゃあしゃあと名乗りを上げる相手。
 返事が一拍遅れてしまったのは仕方ないことだろう。
「ああ、志津から話を聞いたことがある。面を上げよ」
 真面目ぶった表情で顔を上げる幻日……もとい現に眩暈がする。
 彼女の隣には、いつものように青い姫が座している。本当に仲の良いことで。
 姫の男装姿を見るのはかなり久しぶり。思わず懐かしいと目を細める。
 現も懐かしむように目を細めて、さりげない口調で問うてきた。
「志津姫はお元気ですか?」
 どきりと心臓がはねた。
「ああ。息災だ。先日、時世七夜に輿入れしてな」
「それはそれは。お祝いを申し上げます」
 微笑まれ、頭を下げられて、なぜかようやくほっとする。
 この姫は本当に役者だ。こっちはどきどきびくびくしっぱなしだというのに。
 どうやってこの場を乗り切ろうかと計算しながら、鎮真は鷹揚に頷いた。

 昇がまだ戻ってこないということで、庭を見せてもらうことにした。
 やはり目立つのは、赤々とした花をつけた椿。
 花がそのまま落ちるさまから、武家では忌み嫌われるものだが、昇は気にしないのだろうか?
 屋敷の方へと視線をやれば、寒いにも拘らず、障子は大きく開けられたままで中の様子が良く分かる。
 叔母は表情が変わらないので分かりにくいが幻日――現は穏やかに談笑している。
 姿を見止めて、気取られぬようにそっと息を吐く。
「冗談やめてくれ」
 ぽつっと漏れた本音。
 ああもう、いやな自覚をしてしまった。
『何がですか』
 問いに、露骨な反応を返さずに済んだのは上出来だったと思う。
 そろりと首を動かせば、不審そうにこちらを見上げている青の姫。
「……姫」
『かなりの不審者にしか見えませんよ』
 落ち込んだ上に混乱してる鎮真に言う台詞ではない。
 つい顔を背けてしまった後に後悔する。
 姫君相手にすることじゃない。
 さてどうしようと考えあぐねていると、背後でくすりと笑いが漏れた。
『子どもじゃないんですから』
 口では窘めるような事を言いつつも、青の姫は笑っていた。
 思わず……見惚れた。
 はじめて見たわけじゃない。同じ顔をした現姫はよく浮かべる表情だ。
 けれど、『彼女』が鎮真に向けて笑顔を見せるのは初めてで。
 現姫の白い髪に映えるだろう赤い椿は、青の姫にも似合っていた。
 ああ。つまり、そういうことで。

 毎年ただ送られてきていただけの薔薇は、鎮真自ら持ってくるようになった。
 そして何故か、彼が帰る日に宮中の片隅に赤い花びらが散るようになった。

散々遠回りをして、もう大丈夫と思ったはずなのに答えは出てしまった。
まだすんなりと受け入れることは出来ないけれど。 09.02.25

048:飲み込んだ言葉

 冤罪だと叫びたかった。
 鎮真が聞いたのは、武田河青の妻が景元と和沙に毒をもったというもの。
 元々この茶会は、敦子に家族団らんをさせてやりたいという鎮真の希望からだった。
 茶を用意したのも茶請け用の菓子を用意したのも敦子だという。
 隠居したとはいえ、まだ力を持つ叔父を消すために行われたのだろうというのが大抵の者の見方だ。
 敦子が『敦馬』だということを知る者などいない。
 幸いにも景元は軽症で、何者かに謀られたのだろうといっていた。
 敦子は寝込んでいるらしい。自分が立てた茶を飲んで、両親が倒れたのだから仕方がないだろう。
 和沙は未だに目を覚まさぬと聞くから、心痛も酷いものだろう。
「どうぞ、処分を」
 目の前にいる河青は何の反論もしなかったどころか、すべて自分の一存だと言った。
 鎮真を守るために。
 誰かに利用されたにせよ、騙される方が悪い。政ではそれが顕著に出る。
 処分を下さなければならない。間違いなく……極刑を。
「沙汰は、後日追って申し付ける」
 どうにかそれだけを告げて、人払いをさせた。
 武田家は取り潰さざるをえない。
 助けることは――できない。どれだけそれを望んでいようとも。

弱り目に祟り目。そうして味方が削がれていく。この弱体を招いているのは誰だろう。考えても詮無いことだけれど。 09.03.04

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/