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しんせつ

023:貴方を憎む事が出来るなら

 ふと、和沙は思った。
 あれからどれくらいが経ったのだろう、と。
 気づけば彼女は静かな奥の院で暮らすようになっていた。
 『彼』が正式に真砂の当主となってから少し後のことだから、もう何十年も経っているはずなのに。
 夫は何かと理由をつけて城に行っている。
 『敦馬』の件がばれたときに、終わりだと思ったのは間違いではないし、故に現状を招いたのだろう事に疑いはない。
 けれど……このように軽い罰だとは思っていなかった。
 裁きたくとも、同じ事をしたから裁けなかったのかもしれないが。
 『志津』は人の悪意に鈍感だった。
 だからこそ『鎮真』も深く考えなかったのかもしれない。
 『彼』の名を思い出し、和沙はそっと手を握り締める。
 『鎮真』。真砂の正統なる後継者。
 あれほど願ってもつけることの出来なかった、『真』の字を名に持つ者。
 『あつま』と名づけることは許されたが、『敦真』とつけることは許されなかった。
 夫の景元と、先々代の龍真のように。
 それでも娘――敦子としてならば、これでよかったとも言えなくもない。
 娘は、『自分の思う相手』と添い遂げることが出来た。
 孫も生まれたと風の噂に聞いた。
 その子が男子だということも――

 黒いものがこみ上げてくる。
 止めようと思えなかったのはなぜだろう。

名をつけることを咎めた夫か、自らの思うように自由に振舞う鎮真か。
それとも――想いを遂げることの出来た、娘か。  09.01.28

070:想いは忘却の彼方へ

 武家の娘というものは、いつの世も政の道具にされる。
 和沙自身がそうだったし、だからこそそれを恐れて娘を男と偽って育てていた。
 けれど男はそうでもない。
 偽り謀り、体裁さえ整えれば、何とでもごまかしが利く。
 例えば――霞姫のように。
 真砂当主・七夜鎮真の正妻として、時世七夜から嫁いできたと言われる「彼女」は存在しない。
 彼女は鎮真の妹「志津」として、次期時世当主・晶と次の春に婚礼を挙げる。
 こうして女達は遊ばれていく。
 それが許せない。
 それこそが許せない。

 知らず憎しみが積もっていく。
 人の運命をもてあそぶような鎮真に。
 後ろで糸を引いたであろう夫に。
 愛しい人と結ばれた――娘に。

 良かったと、嬉しく思ったことがあるという事実も忘れて。

募る憎しみに己が内に住む鬼が囁く。 09.02.04

084:彼方の夢

「和馬ー。べろべろばー」
「殿……」
 きゃっきゃと笑う我が子は可愛いが、だらしない主に対しては苦言を申し上げたい。いや、子を可愛がってくれるのは嬉しいのだけど。
「いやー敦子に似てよかったな。河青に似たらこんなになるぞ」
 人差し指で自らの目じりを押し上げつつ言う鎮真に、敦子も笑みをこぼす。
 『敦子』に戻ってから、鎮真と逢うことはあまりなかった。
 無論ばれたらマズイということもあるので、おおっぴらに逢えるはずもない。
 今回は特例。子どもを見せろという命令の元、親子そろって城に上がったわけだ。
 まさか、おもちゃを用意していようとは思いもしなかったが。
「殿も早くお世継ぎを」
「……仕方ないだろう、嫁の来てがないんだ」
 少々視線をそらしつつ、鎮真はごちる。
 嘘ではない。
 あそこの姫なんかいいなー、文でも送ろうかなーと思っていると、あっという間に他の相手との縁談がまとまってしまう。これが何度繰り返されたことだろう。
 まあそれもこれも、形だけとはいえ『正妻』がすでにいるせいなのだろうけれど。
 それにしたって、側室希望の声がまったく上がらないのが少し悲しい。
 俺はそんなに魅力がないかと聞きたい。
「町人から側室とか言ったら、お前怒るか?」
「いえ別に。一、二年ほどどこかの武家――鼓家あたりに養女として預けて、後に奥方にされればよろしいだけですから」
「そうだなぁ」
 当主の役目は何より『繋げる』ことだ。
「和馬、お前うちの子になるか?」
「あう?」
 ひょいと抱き上げられて、赤子は不思議そうに声を上げる。
「殿」
「本気で子が出来なかった時のこと考える必要あるしなぁ」
 しみじみという主は、かなり本気の眼をしている。
「殿……ご冗談ですよね?」
「いやかなり本気だが?」
 真顔で返さないでくださいと口から出掛かった言葉を飲み込む河青。
 逆に、敦子は不安そうに鎮真を見上げる。
「殿」
「……いや、その、何も今すぐに養子にするとかではなくてだな。
 元服前くらいになったら、と考えてるんだが」
 流石にいくらなんでも、まだ小さい子どもを親元から引き離そうと思わないと重ねて言われてようやく敦子もほっとしたように息を漏らす。
「一番いいのは娘が出来て、和馬を婿にすることなんだろうけどな」
「一番いいのは男子がお生まれになることです」
 ずれたことを言う主に、やっぱり自分がついていないとと河青はため息をついた。

結婚する気はあるんだ気は。でも一人で出来るもんじゃないだろう? 09.02.11

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/