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しんせつ

027:それでも僕は

 正直な話。
 後から振り返ってみれば、ずいぶんと無茶をしたものだと思う。
 たった一人、敵地とも言える真砂の地に向かって。
「待て待て。何者だ」
 問うて来る者達に、馬から下りながら言う。
「当主の真砂七夜鎮真殿にお目通り願いたい。
 私は、時世(ときよ)七夜(ななよ)(あきら)という」

 もたらされた報告に、鎮真はずいぶん気の抜けた返答をした。
「は? 時世七夜晶ぁ?」
 流石にこの返答はないと思ったのか、咳払いを一つして、再度部下に問いかける。
「本人か?」
「はい。証にと御文をお預かりしてまいりました」
 差し出された書状の押印を確認すれば、確かに時世七夜晶と書いてある。
 真贋は分からないが、鎮真も一応本人の顔は知っている。
 とはいえ、一体何事だろうか?
 頭を掠めるのは、先日のこと。
 現姫を狙うものが居た。
 どこからか話が漏れて警備不十分だと嫌味を言いに来たのだろうか。
 とはいえ、会わないわけにもいかない。
 暗澹たる気分ながらも、鎮真は客人をもてなす用意をするよう伝えた。

 突然の来訪の無礼を述べる晶は、確かに本人だった。
 おまけになんとも無用心なことに、たった一人でこの真砂まで来たという。
 人払いをして欲しいということで別室に移り、部屋の外に河青だけを残して、鎮真は再度問うた。
「それで、今回の来訪は何故」
 晶は鎮真に答えず、じっと拳を握ったままの手を睨んでいた。
 今年元服したばかりの彼は、まだまだ子どもっぽさを残している。
 昔の『敦馬』を思い出すなぁとのんきに思っていると、晶がキッと視線を上げた。
「鎮真殿」
「なにか?」
 あ、なんだ? この目、どっかで見たことがあるぞ?
「婚約されたそうですね」
「あ? ああ」
 そういえばそうだったと思い出す。
 時世七夜の当主――目の前にいる晶の父親だが――から推薦された嫁。
 名を霞という彼女は、つい先日この城に入った。
 婚姻こそまだ成されていないが――というか、現姫の事態で先延ばしになることは必至だろう――鎮真の正妻となることは確実だろう。
「貴方は、霞を……」
 そこで口ごもる彼に、ようやくピンと来た。
 恋仲か片思いかまでは分からないが、なんとまあ青い青い。
 うちに嫁がせようと思うくらいだから、晶に添い遂げるにも問題ない身分だろう。
 晶からしてみれば、自分は憎き恋敵といったところか。
 鎮真自身は、恋人達を引き裂くようなことは好まないのだが。
 睨み付けてくる晶をまっすぐに見返す。
 決して褒められたことではない。
 けれども、こうやって行動に移せることが……少し羨ましい。
 だから一連の事を聞いていた河青が、このあと鎮真が考えることはすぐに分かってしまうのだった。

かくて、謀は繰り返される。  08.11.12

011:何て残酷なんだろう、あなたは

 真砂七夜の当主、鎮真殿へ嫁げ。
 それを告げられたのは突然だった。
 なぜと聞きたくて、どうしてと叫びたくて。
 でも、霞は反論できるはずもなく沈黙を守っていた。守らざるをえなかった。
 武家の娘は政の道具だと、幼きときより言い聞かせられてきた彼女は抵抗する術を持たなかった。
 ――ほんの一月前までは幸せだったのだ。
 時世七夜次期当主である晶と想いを通わせ、他ならぬ父が一番祝福してくれていたというのに。
 だがそれも過去の話。彼女は抗うことは出来ず、その結果ここ真砂の城にいる。
 夫になるという鎮真にはまだ一度も逢っていない。
 年は霞より五歳上だとか、弓の腕前に優れていると聞いた。
 世話役としてつけられた侍女たちも丁重に扱ってくれる。
 けれど、霞は儚く消え去りたい気持ちで一杯だった。
 破談にならないものかと何度も祈りを捧げてみた。
 しかし祈りは叶わず、とうとう挨拶をとの声がかかった。

 重い着物――本当に重いのは心だ――を引きずって、御前へと参る。
「来たか」
 鷹揚にいうのは知らない声。
 霞は顔を上げずにいた。
 そちらが無理やり求めたのだから、言われない限り反抗してやろうという気持ちも少しはあったのかもしれない。
「ずいぶん久しぶりに会うな『志津』」
 親しげな問いかけ。
 志津というからには女性だろう。
「どうした『志津』。顔を見せてくれ」
 再度の呼びかけに霞はそっと左右を見やる。
 けれど、見えたのは畳だけで、他に女性のいる様子はない。
 仕方なく顔を上げると、思いもよらなかった人がいた。
 息を飲み込む。
 相手も同じように目を見開いていた。
「晶殿。私の妹の『志津』だ。
 妻を紹介していただいた礼に、娶っては下さらぬか?」
 いけしゃあしゃあと言葉を重ねるのは柔和な顔をした青年。
「鎮真殿!」
 晶が鋭く叫ぶ。霞はといえば、ああ、この人の元へ嫁げと言われたのかとどこか固まった思考で思っていた。
「どういうおつもりで?」
「此度の件、時世殿はご存知か?」
 飄々とした態度は崩さず、目だけは鋭く晶を見る鎮真。
 彼の予想通り、晶は是と応えることはなかった。
「今の我が家の状況を、晶殿ならご存知だろう?」
 問いかけに、晶も頷く。
 『星の姫』を預かっている真砂に、嫁入りがあるということ自体がおかしい。
 結婚は、他家とのつながりを持つということだ。
 そして……他家の人間が数多く入ることも意味する。
 侍女が一緒に入るのは当然で、場合によっては小姓なども連れてくることもある。
 人が入ってくる際に、真っ先に気をつけなければいけないことは、暗殺。
 もし仮に、『姫』の御身に害あれば、真砂七夜だけではなく、七夜一族すべての進退にかかわる。
 表面上は自らの指図で、すべて分かった上でのことと言っていた父が晶を止めなかったことからも分かる。
 今回のことは父の意図ではない。
 冷静に考えれば分かることを慌ててしまったのは、相手が霞だったからだ。
「霞姫は私の昔馴染みなのです。
 こたびのご婚約、お祝い申し上げます」
「遠路はるばる、かたじけない」
 了承した証に頭を下げる晶に、鎮真もにっこりと笑う。
「して、『志津』をもらってくださるか?」
「喜んで」
 互いに笑って契約成立。
 後は事実を何とでも曲げればいい。
 霞姫の輿入れにまぎれてきた可能性の高い暗殺者を捕らえるためなら、何でもしよう。

 そうして自分達だけで何事も決めてしまう二人を見て、霞は思う。
 晶とともにいられるようになることは、嬉しい。
 けれど、この人たちは、なんでもないことのように人の運命を決めてしまうのだと思うと素直には喜べなかった。

あまりにあっさりと変わる運命。糸を繰るもの達の傲慢さが腹立たしい。 08.11.19

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/