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しんせつ

055:殻を破った少女

 ふぅと鎮真は人に知られぬように息をつく。
 頭が痛い。痛すぎる。
 それもこれも、先日上京した際の出来事が原因だ。

 実質、国を統べているのは鎮真も含めた七夜一族だが、精神面での柱は昔と変わらぬ昴だ。
 そして近年、昴は跡継ぎ問題が絶えない。
 そういったごたごたには巻き込まれたくはなかったのだが、願いは儚く散った。
 そもそも、このお家騒動の発端は、二十九代まで遡る。
 二十九代昴・織女が治めていた時代、後星は下の妹の現姫だった。
 しかし、あの忌まわしい事件のせいで織女は退位、現姫の地位も剥奪され、三十代の座に着いたのは、織女の上の妹の子にあたる有明。
 今代の昴は有明の娘だが、次代の昴は織女の娘、導姫と目されていた。
 有明の母が星家から除籍されていたこともあり、先代・今代とあまり昴の人気がなかったことを考えれば、当然の選択ともいえよう。
 しかし、その導姫を害された。
 犯人は――現姫。
 証拠は有り余るほどあり、本人も自白している。
 とはいえ、神の依巫(よりまし)たる姫を失うわけにもいかず、申し付けられた罰は真砂の地での禁足。
 真砂七夜での預かりの身となった。

 初恋の君との対面はほんわかした気持ちになれるから、照れくさいながらも嫌いではない。
 が、罪人として預かるのは正直勘弁願いたかった。
 まず第一に、この世でただ一人の尊い方だということ。
 他の人間ならいざ知らず、星家の、しかも継承権のある姫の警護に気を配らぬわけにはいかない。
 真砂七夜の失脚を狙う輩には、最高の相手といえる。まあ、犯行が露呈した場合、国賊として追い詰められかねないが。
 第二に、供を許された侍女が気がめっぽう強いこと。
 特に河青とは仲が悪く、話を聞いているだけで真冬の水垢離状態。
 河青みたいに声を荒げるならまだしも、微笑みも声音も柔らかで、目と気配だけが絶対零度というのがいただけない。
 そして第三に……現姫の様子がおかしいこと。
 あまり付き合いが深いわけじゃないから、普段がどうだったかなんて知らない。
 けれど茜が言うには、いつもどこかぼうっとした瞳で虚ろを眺めているという。
 まるで、四六時中神懸っているかのように。
 それでも、これが『普通』ではないことは分かる。
 一度見られて以来吹っ切れたのだろうか、あの幽霊が不安そうに姫を見つめているからだ。
 そして、様子伺いに来た鎮真を決まって恨めしそうに見るのだ。

 何があったかなんて知らない。
 真実はすべて現姫の胸中だろう。
 だから鎮真が出来ることは、一刻も早く禁足が解かれることを祈るしかないのだ。

何を思って周囲がかぶせた殻を破ったのか、今度は自らの殻に閉じこもる。 08.10.22

024:凍れる心

 厄介な方を預かったものだと鎮真は思う。
 その『厄介な』本人だって、預けられているのは本意ではないだろう。
 毎日毎日決まった時間に挨拶に伺い様子を見る。
 お前を見張っているのだといわんばかりの行動だが、しない訳にはいかない。
 万一……姫を害そうと思うものがいないように。
 気にかかるのは、姫の表情が乏しいこと。
 囚われの身であるのだから、当然かもしれないが。
 そしてさらに憂鬱な気持ちになるのは。
「何か御用ですか?」
 周囲に人がいないことを見計らって、小声で問いかける。
 相手は姿の透けた青い髪の姫。
 容姿は現姫そっくりの彼女。きっと現姫の縁者だろうとは思う。
 その『青の姫』は、現姫が決してしない表情――不機嫌に口を結んだ……子どもっぽくも愛らしい顔をして鎮真を見上げている。
 恨みがましい目で見られても、ちっとも怖くはない。
 ないが、だからといって気分がいい訳ではない。
「何も仰らなければ、分からないのですが」
『胸に手をあてて考えられたらいかがです』
 返された言葉に苦笑もできない。
 ああ、本当は分かっている。嫌というほどに。
 現姫を解放しろと、『青の姫』は言い続けている。
「それは……出来ません」
『分かっています、そんなこと』
 何度このやり取りを繰り返したことだろう。
「殿」
 胸に去来した『何か』が形作る前に、不思議そうな河青の声がそれを止めた。
「ん、どうした?」
「書状が届いております」
 言いながら彼が差し出した文には、宿敵とも言える時世七夜の家紋。
 まーた厄介なこと言い出してきたんじゃないだろうなと内心思いつつ応える。
「ああ」
 軽く受け取ってその場で開く。
 やたらと長い時候の挨拶を読み飛ばして内容を確認。
 ……信じられず、二度三度と読み直す。
「時世七夜はなんと?」
 四度目の読み返しの後、焦れたように河青が聞いてきた。
 犬猿とも言われる両家ゆえに心配しているのだろう。
「いや、なに」
 文を畳みつつ鎮真が言う。
「嫁を斡旋してきただけだ」
 いつか来ると思っていたこと――よりにもよって、彼の方を預かっているこのときに、出来れば来て欲しくなかったけれど。
 河青は何かを叫びかけて、結局何も言わずに口をつぐむ。
 当然だ。蹴るのは簡単だが、『蹴った後』が厄介なのは火を見るより明らか。
 仲が悪いからこそ、互いに嫁やら婿やらのやり取りを繰り返そうとしているため、断ることはまず出来ない。
 来るべき日が来たか。
 そう、納得するしかなかった。

心の準備はしているようで、それでも起きると冷静ではいられない。 08.10.29

021:牙を剥いた獣

 ばたばたと足音が高らかに響く。
 慌ててどこかに向かう姿なんて部下達に見せていいわけがない。
 だが、今は人目をどうこういってられる状況ではなかった。

 隠し通せるなんて思っていなかった。
 事情を知っているのも側近中の側近だけだったからなんて、言い訳にもならない。
 でも、それでも――
 星家の姫に、毒を盛るものがいた等。
 あってはならないことなのに……ッ
 顔色を変えて部屋まで来た鎮真と河青に対応したのは、やはり青い顔をした茜。
 中に呼びかけ、ふすまが開かれる。
 こほこほと咳き込む現姫。顔色は自身の髪の如く白い。
 だというのに、姫は鎮真を認めるなり眦を吊り上げた。
「なにを、しているのですか」
 ぐさりと心に突き刺さる言葉。
 違うんです。貴女を害そうなどと思ったことはない。
 何とか伝えなければと思うものの、口から漏れるのは音のない息だけ。
「貴方が慌てて、どう、するのです」
 ついで言われた言葉に目を見開く。
「人の、口に、上らぬよう、対策を」
 苦しそうに喘ぎながらも紡がれる言葉。
 疑われてはいない。
 それがどうしようもなく嬉しくて。
 けれど、事実を隠せというその言葉が酷く哀しい。
 鎮真がかけられる言葉はなく、ただ頭を垂れて退出する。

 真砂七夜の地で、星家の姫の身に何かあったとなれば、例え七夜といえどお取り潰しになるだろう。
 そして多分それが……犯人の狙い。
 相手が星家の姫だと知ってか知らずか――多分後者だろう。
 知った上でそんな暴挙に出るものはおるまい。
 現姫は御自分の立場をよく存じてらっしゃる。
 このことが知れれば、国中を巻き込む騒動になる。
 それはさぞかし、外つ国にとって都合のいいことだろう。
 青い顔ながらも毅然とした現姫。
 その後ろ、今にも泣き出しそうな顔をしていた青の姫。
 だんっと柱に拳をぶつける。
 やりきれない。
「どこのどいつだッ」
 吐き捨てた言葉はそれでも小声。
 自分の立場だからこそ、声を荒げることが出来ない。

 何も言わずに居てくれる。
 河青の存在がありがたかった。

怠っていたわけではない。けれど、尊き方を守るには役者不足だった。
物言わず唇をかみ締め、拳を握ったままの『彼女』の姿が痛い。  08.11.05

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/