1. ホーム
  2. 029:逆らえるわけでもなく・058:爛れた、この気持ち・015:大切なんだ、何よりも・094:あなたを焼き尽くす、灼熱の焔お話
  3. しんせつ
  4. 029:逆らえるわけでもなく・058:爛れた、この気持ち・015:大切なんだ、何よりも・094:あなたを焼き尽くす、灼熱の焔
しんせつ

029:逆らえるわけでもなく

 なんだかんだで結構疲れて戻ってきた鎮真を待っていたのは、さらに気を使うような出来事だった。
「敦馬はまだ体調が悪いんですか?」
 少しくらいは良くなっていると思っていたのにと漏らせば、碁盤をはさんだ向かいの叔父はほけほけと笑った。
「まあ、心の問題だからな」
 時折……本当に時折、鎮真は叔父におもいっきり呆れる。
 実の子でしょう。そんなに悠長なこと言ってていいんですかと。
「敦馬ももうすぐ元服。そういう年頃だということだ」
「……ああ。そういうことですか」
 お医者様でも草津の湯でも、というアレねと鎮真も納得する。
「ところで鎮真」
「はい?」
 好々爺のような表情で呼びかけられて、胡乱げに返す。
 絶対にいいことじゃない。
「あれの意中を見定めてやってくれ」
「……はい」
 子を思う親の心。そう思うことにしようと鎮真は頷いた。

 頼まれた、もといアレは命令か。にしても、はてどうしよう?
 廊下を行きつつ鎮真は考える。
 自分と敦馬は仲が悪い――と思われている。
 実際にはあまり話なんてしたことないし、鎮真からすればめったに逢うことのない従弟、といった印象しかない。
 茜あたりならどっかから情報を仕入れてきてくれるかもしれないな。
 そんなことを考えていると。
「ふーん、お嬢も結構大変なんだなぁ」
 しみじみとした感想とほぼ同時に肩にかかるわずかな重み。
「ああ、そうなんだ。だから厄介ごとは本当に勘弁してもらいたいんだがな」
 言いつつ、鎮真は肩に乗った無礼者を叩き落とす。
 ソレは床に落ちてぽよんと跳ねた。
 大きさも形も毬のそれと変わらない姿は、ついたら面白いかもしれない。
「お嬢の乱暴ものー。嫁の貰い手がないぞー」
 前言撤回。こんなうるさい毬はいらない。
「小鬼。俺は男だと何度言ったら分かる」
「オイラにはちゃんとお姫にもらった『(ふすべ)』って名前があるやい。
 それに最初に都に来たとき、真砂のお姫様だったからお嬢だい」
 ちっこい手足を振り回して抗議する小鬼の姿をしばらく眺めていた鎮真だったが、あまりにうるさいので軽く蹴ってみる。
 案の定、小鬼は派手に飛んでいった。
「なにすんだい、鬼使い荒いぞー」
「やかましい。そもそもお前、何でここまで来た」
「餅十個と団子五個! オイラとの約束忘れたのか」
 言われて鎮真は沈黙する。
 確かに、ちょっとした言伝を頼む際に報酬としてそれらを約束した。
 内心舌打しつつ、鎮真は仕方ないといった様子で口を開く。
「分かった分かった。すぐに用意させる」
「当たり前だい」
 胸──というより体全体をそらせて言う小鬼の姿に、ぴんと来るものがあった鎮真はもう一度口を開いた。
「ところで燻」
 とたん、小鬼がびくりとして飛び跳ねるのをやめた。
「な、なんだよおぅ。オイラ、悪さしてないぞ」
「いやいやいやそういった意味じゃなくてだな」
 明らかに胡散臭い笑みを浮かべる相手を信じられるだろうか?
 案の定、警戒する小鬼の前で指を一本立てて提案する。
「団子を十個に増やすから、もう一つ頼みを聞いてもらえないか」
「えー」
 団子に心動かされたのだろう。
 かなり落ち着かない様子で飛び跳ねる小鬼。
 よし、もう一歩。
「十五個にしよう」
「のった!」
 だんごーと歌でも歌いそうな小鬼を眺めて、ふっと鎮真は笑う。
 こいつに敦馬のこと調べさせればいい。
 見鬼などあまり転がっているものではない。
 鎮真の手のものが探るよりも簡単だろう。
 あー肩の荷下りたと大きく伸びをする鎮真だったが、当然ながら、小鬼が持って帰る答えが厄介なものとは考えもしなかった。

命令と取引。さて、もたらされる結果はというと。 08.09.24

058:爛れた、この気持ち

 飲み込んだため息。向かい合うことがこんなにも、きつい。
 見舞えと上司にいわれたからには見舞いに行かなければならず、見舞いに来られたからには袖にすることも出来ない。
 河青も敦馬も、互いに息苦しさを覚えたままに恒例になった見舞いが行われる。

 敦馬は思う。
 河青は「私」を見てくれない。
 先代当主・景元の息子。現当主・鎮真に敵対する相手として。
 でも――
 河青は「わたし」を見ている。
 先代当主・景元の子ども。現当主・鎮真の従妹として。

 河青は思う。
 敦馬を見ているのは辛い。
 かつての、無理をしている鎮真を思い出して。
 本当なら文のように美しく着飾って当然の身だというのに。
 ほんの少しだけ、そんな「彼女」を見てみたいと願う。

「なんていうか、熱々だったぞ」
「熱々か」
「おぅ! この団子なんか目じゃないくらい。
 熱々のほかほか。焼きたての芋みてぇに」
「例えは良く分からんが、状況はなんとなく分かった」
 律儀に約束を守った小鬼に、謝礼の団子をやりつつ鎮真は嘆息する。
 ……どうしろと?
 叔父に確認を取って……本当に敦馬が「女」だと分かったら?
 正直な話、鎮真にとって悪いことはない。
 女と分かった以上、後継にと押す声はなくならないとはいえないが、そこはそれ、河青とくっつけてしまえば心配は減る。
 だからこそ、薦めてしまいたいのだけど。
「ま、手はいくらでもあるな」
 それだけ呟いて鎮真は立ち上がる。
 成すためにはあちこちで手を回さないといけない。
 さーて、忙しくなるなぁと大きく伸びをした。

 自分にまったく見込みがないから、代わりに親友には幸せになって欲しいだなんて、我ながら殊勝だなとか思ったけれど。

後一歩が踏み出せない人たち。じれったいから背を突き飛ばそう。 08.10.01

015:大切なんだ、何よりも

 ざっと顔を青ざめさせた親友の姿に、悪いとは思ったけれど。

「妻を娶れ」
 今までのような問いかけではない「命令」に、河青は何かが凍ってしまったような気がした。
「お前もそろそろいい年だ。
 意中の相手がいないのならば……受けて欲しい」
 真摯な声に、聞かなくてはいけないと思う理性と、聞いてはいけないと感じる。
 いつか来るということはわかっていた。
 けれど……今は、今はっ
「御家のために、受けて欲しい」
 軽くとはいえ頭を下げられて、逃げ場はないのだと悟る。
 どうして自分がと思わなくもない。
 けれど、殿がわざわざ嫁を選ぶということは、それだけ信頼されているということだ。
 光栄に思うのが当然だ。
 むしろ今まで放っておかれた方が珍しいと言えなくもない。
 それに。
 脳裏に浮かんだ顔を打ち消す。
 彼の人と共に歩むことなど出来ないのだ、と。
「謹んで……お受けいたします」
 声は震えていなかったろうか、なんて場違いなことを考えた。
「相手のことを聞かなくていいのか?」
 拍子抜けしたような――どこか苛立ったような――声に、そういえばと思う。
「殿がわざわざ私のために選んでくださった方ですから」
 深くつかれたため息に重なって、従者が殿を呼ぶ声がした。
 二、三のやり取りの後、衣擦れの音が聞こえた。
「よく参られた」
 隣に誰かが座る。河青の妻となる女性だろう。
 どこかが壊れてしまったかのように反応しない河青に向かって、鎮真が告げる。
「我が家の遠縁にあたる姫で、名を――敦子(あつこ)という」
 敦子姫か、それはまた彼の方に良く似た……?
 はてと河青が首を傾げるよりも先に、鎮真の声が再び響く。
「姫。私のもっとも信頼する部下、武田河青だ」
 隣でばっと顔を上げる気配がしたので、河青も顔を上げた。

 ――見慣れた顔の相手がいた。

 二人そろって呆けることしばし、ほぼ同じ様な勢いで、その視線が主へと向けられる。
 してやったりというようにとても楽しげな鎮真と、澄ました顔で側に座す景元。
「殿っ」
「なんだ?」
 ずいぶんとにこやかに返されて、河青は言葉を失う。
 知ってたのかとか聞けるはずもない。何せ他人の目が多すぎる。
 敦馬――いや、敦子も敦子で「父親」を恨みがましそうに見ていた。
「どうした? 敦子?」
「……いえ」
 こちらも同じく何も言えない。
 謀られた。
 なんとも言えないため息をついて隣をちらと見やれば、敦子と目が合った。
 見たいと思っていた姿。自然と顔がほころんだ。
 河青の変化を見て取って、敦子も笑顔を浮かべた。
 ほぼはじめてみたその顔に目を奪われて。
「して、いつごろ祝言を挙げるかのう」
 好々爺然とした景元に照れの混じった怒声がとんだ。

親友と愛娘にちょっとした悪戯を。後に笑い話に出来るように。
思えばこのときから、貸しも借りも半分に。 08.10.08

094:あなたを焼き尽くす、灼熱の焔

 その日、主は大層上機嫌だったとは従弟の弁だ。
 無論、茜とてそれに異を唱えることもない。だが。
「まさか城下に出かけられるとは思いませんでしたよー」
「何を言ってるんだ。俺がちゃんと仕事してたら、河青はついてなきゃいけないだろうが」
「むしろ、鎮真様が行方不明になったほうが河青ちゃんは大変です」
 昔馴染みの気安さで、茜はずけずけとものを言う。
 新婚さんの従弟に気を使うのなら、別方面で気遣って欲しいものです。
 例えば、真面目に仕事をして休みを増やしてあげるとか。
「それで、どうして城下に?」
「いいじゃないか。たまに『友人』に会いにいっても」
「女性ですか?」
「……何でそうなる?」
 間髪いれず問い返した茜に、鎮真は低い声で返す。
 しかしそこはそれ。幼い頃を知っているものは強いのだ。
「深雪さんと仰いましたよね? あのお団子屋さんの看板娘」
 さらりと出された名前に鎮真は固まった。
「その前は呉服問屋の三女のお菊さんでしたよね」
 ニコニコ笑顔で続けられて、がっくりと彼は膝をつく。
「うふふふ。独自の情報網って馬鹿に出来ないでしょう? 鎮真様♪」
 同じく茜も膝をついて、止めを刺す。
「河青ちゃんも結婚したし、次は鎮真様って言われてますよー」
「……相手がな」
 ため息混じりながらも、ようやく返事が来た。
「どういうわけか、真砂七夜(うち)では、めぼしい相手はすでに結婚してるし、他の七夜から売込みが来るかと思えばそうでもないし……」
 偉い方の婚姻は大変ですねぇと言いながら、茜はことりと首をかしげた。
「だからって町人を相手にされるのはいかがかと思いますけど?」
 まあ、側室に迎えるならいいんですけどねーと感想を漏らす茜を睨みつつ、鎮真はいった。
「もうしばらくは側室も要らない。財政、厳しいしな」
「本当大変ですねー」
 ころころと笑いつつ、茜は分からないように嘆息する。
 本当に引きずっているなと。
 諦めようと決意した頃に勅命で、あるいは仕事上のことで、彼の方にお会いするから結局忘れられきれないのだろう。
 我が主は、従弟以上に情熱家なのだ。

その感情は、激しく燃え上がるようなものではなく。
例えるなら、いつまでも赤々と燃え続ける熾火(おきび)。 08.10.15

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/