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しんせつ

041:叶わぬ恋と知りながら

 きっかけは、知られたと思ったから。
 だから、動向を探るように……口にしたら報復するとの意味を込めて、いつも見ていた。
 武田河青。
 真砂七夜の現当主、鎮真の乳兄弟にして腹心。
 実直で几帳面。寡黙だが、人当たりが悪いわけではない。
 敦馬の母が言う『政敵』に一番近い人物。
 知られたかもしれないと思いながらも、敦馬はそのことを誰にも言わなかった。
 母の反応が怖いということもあるし、どうしたらいいか分からないということもある。
 こうして動向を見守っているけれど相手は何の動きも見せない(ようにみえる。少なくとも敦馬には)。
 視線に気づいたのだろう。
 河青が顔を上げてこちらを見た。
 当主の従弟たる敦馬に挨拶の礼をして、そのまま何事もなかったように去る。
 それが、いつもの彼の反応だったというのに。
 ふわりと優しく微笑んだ。主ではなく、敦馬に向けて。
 だから敦馬も――微笑を返す。
 従兄を向いて、その後ろを見ながら。

 いつもと違う鼓動に気づいている。けれど――知らぬ振りをする。
 誰にも知られてはいけない。こんな想い。
 気づかれてはいけない。どれだけ近い人にも。
 自分の感情なのに、止めることができない。

見ている。だから。見て、欲しい。 08.09.03

022:約束なんていらない

 予想もしなかった言葉に、不敬も忘れて問い返した。
「だから、敦馬が臥せっているというんだ。
 見舞いにいい品を見繕ってくれ」
 気を抜きすぎてるぞと鎮真に言われたけれど、河青の耳には入らない。
「敦馬様が?」
「だから何度もそういっているだろう。
 医者にも見せたらしいが、なにも異常はないと聞くし」
 純粋に従弟を心配しているらしい鎮真だが、敦馬の周りはそう思っていないらしい。
 あまり床に伏せ続けるようなら、よからぬ噂が出てこないとも言い切れない。
「どのようなものがよろしいでしょうか?」
「任せる。改めて見舞いの品を寄越すと伝えてあるから、適当なもので済ませるなよ?」
「そのようなこといたしません」
 茶化して言う鎮真に真面目に返し、ふと気づく。
「どちらかにお出かけですか?」
「呼び出された」
「ではお供を」
「駄目だ。お前は置いていく」
 ぴしりとはねつける主の顔をじっと見てみる。
 また城下に遊びに行くんですかと恨みを込めて。
 しかし主は深く長いため息をついた後、懐に手をやり懐紙の間から文を覗かせた。
 あらかじめたたみかたを変えていたのだろう。
 鎮真の手が数回紙を捲ると、小さな押印が姿を現した。
 文字ではなく植物の図案に完璧に顔が引きつる河青。
 植物のお印を使う……いや、お使いになられる方々というと限られてくる。
 そして河青の見立てが間違いなければ、文のお印は神輿(みこし)(ぐさ)
「というわけだ。留守は頼んだぞ」
「……は」
 どこか嬉しげな主に反論など出来ず、河青は深々と頭を下げた。

 体が重くて、何をするにもやる気が起きない。
 物憂げなため息をつきながら、ただ敦馬は見慣れた天井を眺め続けた。
 後一月もすれば元服。それが心に重くのしかかる。
 大人になんてなりたくない。
 後継者争いなんて、敦馬はもうなくなったも同然だと思っている。
 なのに、彼の周りに言い寄る連中は後を絶たない。
 鎮真はまだ後継を持たない。故に、彼さえいなければ敦馬がこの国の主となるのだと。
 そんなものいらない。望んでいない。
「敦馬様」
「……なんだ」
 なじみの古い侍女の呼びかけに、敦馬は嫌々ながら返事を返す。
「武田殿がお見舞いにいらっしゃいました」
 誰だろうと首をかしげてはっとする。
 武田――武田河青。
 そうだ。先刻見舞いに来た鎮真が後で寄越すと言っていた。
 追い返す了承を求める声音の侍女にすぐに通すように言いつけて、敦馬は身を起こして単の上に衣を羽織る。
 先ほどまで重かった体がすんなり動いたことに、本人だけが気づかない。
 持参した見舞いの品を差し出し、河青は恭しく敦馬の体調を伺う。
 他の者と同じ、形式ばった言い方。だけれど、心配しているという気持ちが伝わってきて敦馬は泣きそうになりながら微笑んだ。
 何より欲しかったのは、こういう心遣いや気持ち。
 ずいぶん前に嫁に行ってしまった異母姉の(あや)や、その母の喜佐(きさ)が時折くれたもの。
 ほとんど会わない父や、政敵である筈の鎮真だってくれるもの。
 現に、先刻見舞いに来られたときには気遣ってくれたのだ。
 遠い遠い昔、風邪で伏せっていた敦馬を見舞った『志津』と同じに。
 なのに……どうして母や周囲の『味方』だという部下からは、与えられないのだろう?
 暇乞いをする河青に我侭と分かっていて、しばし話相手を頼んでみた。
 命令に忠実な彼は困惑しつつも了承してくれた。
 内心ほっとしたなんて悟らせぬように敦馬は話を強請る。

 また来ます。
 そんな言葉は欲しくない。

期待を持たせることなんてしないで。 08.09.10

044:変わりゆくもの

 なにも、望むことはないと。望んではならないと思ってきた。
 父の言葉通りに嫁ぎ、国のため家族のためにと生きてきた。
 婚姻を望まれていたとは思えない。
 すべては父の出世欲がため――そんなありふれた理由からの婚姻。
 この身を嘆かぬことはなかったけれど。
 けれど、夫を憎むことも、嫌うこともなかった。
 私の意志など初めからどこにもありはしなかったから。

 そう。ずっと思っていたのだと和沙が気づいたのは、子を儲けてからだった。
 生まれた子どもは女の子だった。
 愛しいと思うより先に感じたのは不安。
 この子もいつか、家のために嫁に出されるのだろうか?
 ――私と同じように。
 不安は確実に事実となる。
 真砂七夜(我が家)と仲の悪い時世七夜。数年前に男子が生まれたはずだ。
 娘の意思など踏みにじられ、ただ政治のためだけに送り込まれることだろう。
 同じ思いをさせたくない。
 事実を隠し、娘を男として育てることにした。
 誰に知られてもならない。
 けれど――それがいずれ娘の意思を奪うことになるなど、考えもしなかったのだ。
 娘が思う若者は、「姫」でいたならば釣り合う相手。
 ああけれど、突き通した嘘は塗り固まって、壊してしまうことが出来なかった。

進めず戻れず、彼女の時は止まったままに周囲はめまぐるしく変わっていく。 08.09.17

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/