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しんせつ

045:きっと知らないまま

 久方ぶりに見かけた従兄は、とても堂々としていた。
 周囲を囲み、何やかやと陰口を叩く随身たちには耳を貸さず、敦馬は自室へと戻っていく。

 父・景元によって後継と定められ、つい先日その座を継いだ従兄の鎮真。
 『彼』が小さい頃からこの、同じ城で育っていた従姉の『志津』と同一人物だというのは公然の秘密だ。
 敦馬にとって『志津』は数回しか会ったことのない、他人に近い身内だった。
 まだ自身が幼い頃、遊んでもらおうと近寄ったことはあるけれど、そのたびに周囲の者に連れ戻され、母にきつく怒られた。
 志津姫と仲良くなってはいけない。決して心許してはいけない、と。
 その戒めと同じくらい、今となってはありえもしない『未来』を言い聞かされた。
 次にこの真砂の地を治めるのは敦馬なのだと。
 その折に志津を正室に迎えることになるだろうと。
 今ならば――まだ元服前とはいえ、政が多少分かってきた今なら、母の言い分は納得できる。
 景元の前の城主は『志津』の――鎮真の父、龍真。
 龍真と景元の仲は悪くなかったが、部下同士の仲は険悪。
 しかし当時、敦馬は真砂七夜唯一の男児だった。
 故に、彼が龍真の遺児を娶ることで両者の融合を目指したということだろう。
 歴史に『もしも』を唱えても、詮無いことだが。

 家臣たちの苛立ちは感じている。
 父は最初から鎮真に跡目を継がせる気でいた。それが裏切り行為だと思われていることも知っているのだろう。
 敦馬に強く進言するものから、父は数年後に隠居し城を出て行こうとしていると聞いた。
 別にいいじゃないかと敦馬は思う。
 あまり顔をあわせることのなかった父だけど、それでも敦馬のことを良く見ていたのだろう。
 知っていた。だから鎮真を後継に選んだ。
 それは敦馬の思い込みではないように思える。
 だから、敦馬もまた何事もなかったかのように振舞うのだ。
 先の母の企みが有効だと、誰にも気づかせぬように。
 遠目に従兄の姿を見て敦馬はそっと胸中で祝いを述べる。

 鎮真(もと)に戻ることが出来て良かったですね、『志津義姉上』。
 ――わたしは、戻ることなど叶わないけれど……

それは、まだ誰も知らない秘密。打ち明けるときを逃してしまった、つき続けなければいけない嘘。 08.08.13

086:気高き蝶

「あ、敦馬がいる」
 なんとものんきな主の声に、つられてそちらへと目をやる。
 途端に取り巻き連中から剣呑な視線が突き刺さった。
「殿」
「わかってるって」
 物言いたげな河青の声に、かの人は本当に分かっているのか怪しい返答。
「お前はそういうけどな。本人の意見は一度も聞いた事ないんだぞ」
 政敵に対してなんて気安い言いようだと思うが口には出さない。
 本当に……こんなところにいるくせに、悪意に鈍感な方だ。
 ため息を押し殺して、敦馬様のほうを見やる。
 彼はこちらを――というより、鎮真様を見ていた。
 男にしては線の細いその面と体躯。
 元服前とはいえ、凛々しさよりもか弱さが目につく。
 いまだ色濃く残るあどけなさ。
 だというのにその目は、決して届かぬものを見るような――あるいは失ってしまったものを見るような――子どもとは思えぬ、憧憬のまなざし。

 それが多分最初の印象。
 このとき以前の河青は鎮真に振り回されていたために、他の人間のことなどろくに印象に残っていなかった。
 とはいえ、敦馬のことを河青は深く考えていたともいえない。
 本人はまだ子ども。
 気をつけるべきは自らの欲に眩み、彼を利用しようとする連中。
 それになにより、河青は鎮真の腹心を自負している。
 敵対こそすれ仲良くなどということはないだろうと思っていた。

 二度目の、そして最初の会話は偶然。
 鎮真の命で薔薇の様子を見に来ていた河青の耳が、がさがさという音を拾った。
 またか……
 頭痛を抑えるように河青は息を吐き、そっと音源に近寄る。
 どうせまた町に遊びに行こうというのだろう。
「殿?」
 ドスのきいた声に出てきたのは元服前の若者――敦馬だった。
 河青は思いもよらぬ相手にあっけに取られ、敦馬は居心地悪いながらも身動き取れないでいる。
「敦馬様……こちらで何を?」
 応えはない。
 どうにも居心地が悪くなり、河青は与えられた仕事に戻る。
 大量に咲き誇る薔薇からいくつかを選び、ぱちんぱちんと鋏を入れていく。
 取り合えず部屋に飾るぶんだけを取ってきてくれとの主の命に逆らうわけではないが、こういったことは茜に任せて欲しいと思う。心から。
 視線を感じたので、ちらりと様子を伺ってみる。
 敦馬はどこか羨ましそうな目で薔薇を眺めていた。
 もしかして、と思う。
 薔薇が欲しいのだろうか?
 こちらの視線に気づくと彼は慌てて視線をそらす。
 が、しばらくするとまた物欲しそうな目で見てくる。
 そんな様子に、河青は切り取った薔薇の棘をそぎ落としながら考える。
 ここの薔薇は鎮真のものといっていい。
 当主ではなく、鎮真が母の真由から受け継いだものだから。
 そしてここには毎年都に贈っている花もある。
 許しなく花を取ることはできない。
 だが。
「よろしければ、どうぞ」
 棘を取りきった薔薇を差し出すと、敦馬は不安げに見上げてきた。
 まだ幼さの抜け切らない彼が怖がらないように、笑って河青は続ける。
「殿は常々、もっと多くの者に愛でてほしいと仰られていました」
 だから遠慮することはないということを知って欲しい。
 河青が言いたいことが伝わったのか、敦馬はおずおずと手を伸ばし花を受け取った。
 聞こえるかどうかという小さな声で礼を言い、淡く微笑む。
 返事をするのが一拍遅れた河青だったが、敦馬はすでに背を向けて室内に戻っていくところだった。
 なんとなくその背を見送って、河青はまた薔薇に向き直る。
 綺麗な笑顔だと思った。
 同時に、あることに気づいた。
 殿のことには気づかなかったのになと思いながら、咲きかけの薔薇に鋏を入れて思い直す。
 いや……だからこそ、気づけたのかもしれない。

気になったのはきっと、あの人とどこか似ていたから。 08.08.20

034:刃のような、その心

 自分が原因だとは分かっているのだけれど。
 やっぱりそれでも物申したい。
「何だ河青?」
「いえ。なんでも」
 知らず漏れ出た大きなため息を聞きとがめられ、そ知らぬ顔で誤魔化す。
 送られてきた書状を眺めつつ、鎮真はそうかと納得しかけて、再度問いを返す。
「寝不足か? それとも、茜にまた何か?」
「ええ……まぁ」
 何かとちょっかいを出してくる従姉の名を出されて、これ幸いとばかりに誤魔化す河青。
 しかし鎮真は何故か書状を丁寧に折りたたんで脇へ置く。
「恋煩いか」
「どうしてそうなるんですかッ!!」
 いやぁめでたい目出度いと扇子でパタパタと扇ぎ始める主に立場も一瞬忘れて怒鳴り返す。
「それは今までの河青観察眼から導き出される答えで」
「そんなどうでもいいことの観察眼を磨かないでくださいっ」
 観察眼を磨くならもっと他の、政敵の動向とか!
 そう訴える部下に対し、一国の主たる鎮真はごく平然と答える。
「信頼の置ける部下の婚姻は重大だぞ? まして朴念仁のお前なら」
「……もういいです」
 本気で思っているらしい主の意思を変えることなんか出来ないので、河青はおとなしく降伏する。
 好き勝手言ってくれと訴える寂しい背中。
 流石に悪いと思ったのか、いつでも力になるからなとだけ鎮真は告げた。

 恋だの愛だの、自分には向かない。
 ふーと息を吐きつつ、河青は短くはない廊下を行く。
 途中感じた視線にそちらを向けば、射殺さんばかりの目で見つめてくる敦馬の姿。
 気にしない、気にしない。
 自身に言い聞かせつつ、河青は軽く礼をしてその場を過ぎる。

 こんな目で見られるのは、不用意な言葉を吐いた自分に原因があるのは分かっている。
 もうじき元服を迎える敦馬に祝いの口上を述べに言った際のこと。
 ――お困りの際には微力ながらお手伝いいたします。――
 ここまでなら良かったのだ。
 ――鎮真様の時も大変でしたから。――
 これがまずかった。
 河青としては『元服』の意味で言ったのだが、それを敦馬は別のことと勘違いをした。
 そして、河青は河青で敦馬が別のことと勘違いしたことに気づいてしまった。
 ――故に、気づいていることに気づかれてしまった。

 あの日以来、敦馬の視線の痛いこと痛いこと。
 確かに……この情報は鎮真の側に有利に働くものだ。
 しかし同じようなことをしでかした側としては、つつくとこちらの腹も痛くなる。
 故に主にすら知らせることなく、河青は一人の腹に収めているのだが。
 まるで、はりせんぼんのようだな。
 棘をまとって誰も近づけない。
 そんなに威嚇していて疲れないのだろうかと、チクチク刺さる視線から逃れた。

周囲すべてを疑って。それはかつて『彼』も通った道だと知っているから。 08.08.27

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/