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しんせつ

054:何時か消え行くもの

 姉上が身罷られた。

 虫の知らせ、とでもいうのだろうか。
 複製だというのに、祭具殿に飾られた三種の神宝がほんの刹那だけ淡い光を帯びた。
 祭壇を前にして現は身じろぎ一つせず、ただ静かに瞳を閉じた。
 こうなることは分かっていた。ならざるを得ないことも分かっていた。
 上の姉が今まで生きていたのは、行方知れずとなった下の姉の末裔を見守るため。
 そしていつの日かやってくる自らの娘に神宝を授けるため。
 だから、その役目を果たした以上……永らえる理由はないと、そう思っていることは分かっていた。
 星家の姫として育てられた日々を思い出すまでもなく理解できる。
 上に立つものは己が意志で生死を決められぬ。
 民のため国のために生き、死ぬのだと。
 どうして止めることができようか。

 妹と同じように祈りを捧げつつ、空は思う。
 いつまでこうしていられるのだろう?
 今はこうしてそばにいることが出来ているけれど……
 空は幽霊で、この世に留まっている方がおかしい存在で、いつ消えてもおかしくない。
 だからこそもう少しと願ってしまう。
 姉を亡くしたばかりのこの子が元気を取り戻せるまで。
 もう少しだけ。もう少しだけ。
 いてもいなくても同じ存在だと分かっていても。

どうかどうか。「いつか」が遠い先の話でありますように。 08.07.23

085:真に儚きは、

 考えても詮無い事は分かっている。

 琴が死んだ。
 でも、これはボクが感じてる悲しみじゃない。
 小さい頃から――生まれてきたときから知っているものがいなくなるのも、かつての宿主がいなくなるのも慣れている。
「人」は自分を置いていくものだから。
 寿命の短さは良く分かっている。
 だから、この悲しみはボクのものじゃない。
 ボクが憑いている現のもの。
 顔に出せないだけで、あの子の悲しみはこんなに深い。
 現のそばにいるあの子も同じだろう。
 けれどこんなに感情を強く感じるのは、今までの宿主と比べてあの子と波長が合うからだろう。
 確かに依巫(よりまし)としての能力は申し分ない。
 だけど、それがまさかボクにも影響あるなんて思わなかった。
 お陰でボクは知りたくもない「人の感情」を知ることになるし、今までは不可解にしか思えなかった人の行動が納得できるようになった。

 変わってしまったボクが、今までと変わらずに過ごしていけるなんて思わない。
 その証拠に毎日詮無いことを考え続けている。
 考えたって答えのないことを。
 感情をもったボクは、今の宿主の終わりに怯えている。
 いずれ来るべき日を恐れてる。
 でも。
 今まで失うことばかりを考えてきたけれど、「ボクがいなくなる」ことはあるんだろうか?
 実体を持たず依巫がいなければ実在を信じてもらえない。そんな存在なのだ。
 そしてこれも、「感情」を知ったから分かってしまったこと。

永き時を生きてきたけれど、本当は人よりも儚い存在かもしれない。 08.07.30

071:いちばんたいせつな

「いらっしゃい!」
 食事時を終えて人心地ついた店内に、威勢のいい声が響いて……声の主は固まった。
「や」
 なんとも無邪気な表情で片手を上げるお侍は見知った顔。
「何をご注文で?」
 どうしても胡乱な目になってしまうのは仕方ないだろうと思う。
 母親は客に向かってなんて態度をと厳しい目を向けているが、彼にとっては昔馴染みの友人だ……一応。
「茶と団子を」
「みたらしでいいか?」
「みたらしがいいんだ」
 にこにこと楽しそうに笑って若侍は席に着く。
 次期店主――今は手伝いの身である青年は、注文の品を運んで彼の向かいに座って小声で言った。
「いいのかよ。また出てきて」
「なーに、貧乏旗本の三男坊なんて暇なものさ」
 言って彼は早速団子を一口食べて顔を綻ばせる。
「うん。やっぱり美味いな」
「そりゃーどうも。なんなら包もうか?」
「おっ それはありがたい。
 口うるさい河青はともかく、茜には食べさせてやりたかったんだ」
 楽しげに笑う若侍は、彼より一つ二つ年下でこうしているとまだまだ幼さが目立つ。
 が、この国の殿様なのだ。正真正銘の。
「この間も来ただろ? 大丈夫なのか?」
「たまにはこうやって気晴らししたくもなる。龍馬のだんごは美味いし」
「褒めてくれるのは嬉しいが」
 跡目を継いだばかりの殿様が、街中の飯屋で団子食ってていいものだろうか?
「いっそ殿様御用達とかって売り出してやろうか」
 ぼそりと呟かれた不穏な響き。
 無論冗談だということは分かっているが、鎮真はさらに笑みを深めた。
「そういった箔が欲しいんなら、俺よりうってつけがいるぞ」
「そんなお偉いさんがどうやってこんな下町の飯屋に来られるんで?」
 馬鹿にしたような龍馬に鎮真は笑って誤魔化す。
「そこはそれ。蛇の道は蛇。手土産にするとかだな」
 実際はすでにここに来て召し上がれているだなんて言わない。
 龍馬の身と心の安全のためにも。
 年食ってそんなこともあったなぁって頃に話すと楽しい話題ではあるかもしれないが。
 たわいない話をして時間をつぶして、名残惜しさを振り切って席を立つ。
「美味かった。で、土産用の団子」
「はいはいお待ち」
 竹の皮に包んだ団子を差し出して、竜馬は面倒そうに言う。
「うちの団子は売り切れ御免だってのに。買い占めてくれてなぁ」
「次は予告してくるから作りだめしといてくれ」
 代金ぶんより明らかに重い包みを下げて、機嫌よく鎮真は店を後にする。

 城内から見上げた時よりも青さが違って見えるのは、自身の気の持ちようのせいだろうか。
「よし、頑張るぞ」
 小さく気合をいれ、意気揚々と新米城主は家路に着いた。

ささやかで大切な憩いの時間。 08.08.06

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/