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しんせつ

074:春を告げる鳥

 広い広い空の下、それなりに歩き固められた道を行く。
 供はいない一人旅。緊張はあるが開放感の方が強い。
 んーと大きくのびをして現は思う。
 思えば、宮中に押し込められていたのはあまり長い時間ではなかったのかもしれない。
 自分は星家の姫であるという以上に『神の器』であったから。
 まず、鬼に対し強大な力を発揮する三種の神器の一、日輪の剣の担い手。
 こちらの役目は簡単。
 国の危機に力を振るうこと。そして鬼退治に借り出されるくらい。
 すでに幾度か『鬼』に見えているし、会ったからには退治している。
 役目が至極簡単だからといって、遂行が容易とは言えない。
 堕ちてしまったら戻れない。だから、鬼が生まれぬことを毎日のように祈っている。
 道なりに歩いていると、大きな木が見えた。
 ずいぶん立派な幹。青々とした葉は風が吹くたびにさらさら揺れる。
 近づくにつれ予想より大きいことに気づく。
 抱きついても半分も届かないくらい太い幹を前に、感嘆とも言えるため息をついて、現はしゃんと背を伸ばして礼をする。
 二回深く頭を垂れて、続く拍手の音があたりに響く。
 ――祈ること。それが現の最も大切な役目。
 宮中で、あるいは各地の神が降られる場所で。国中を周り祈りを捧げ続けること。
 幼きときより福川幸正について回っていたのは道楽ではない。
 『彼ら』は『壱の神』の力なくば生きていくことができないからだ。
 『壱の神』の力の及び難い他国へと行ったものたちは、この国で生きるほど長く生きれないという。
 年に数度戻ってくるものが多いのは、『壱の神』の力を取り入れるためとも言われている。
 だが、戻りたくとも戻れないものもいる。囚われの身となった、彼女の姉のように。
 もう一度礼をして現はまた道を行く。
 足取りは自然と速くなった。
 迷信だと言われたりすることだけれど、それでも「もし」を考えると怖い。
 『壱の神』を宿す現が国外に出るなど本来は許されないこと。
 もし仮に外で何かがあったりすれば、それは緩やかな滅びを招くことになりかねない。
 けれど、相手が相手。先代昴を蔑ろにするわけにもいかない。
 しぶしぶ送り出した連中には悪いが、現にとっては姉と逢える唯一の機会。
 むしろ奪われてなるものかといった想いだ。
 てくてくとしばらくは急ぎ足で歩いたけれど、無理は後でたたると思い直し、また速度を緩める。
 自分の足で地面を歩く。
 しばらくぶりだと、それだけのことがすごく嬉しい。
 歩く速度を緩めれば、景色はいいし風は気持ち良いし、とても気分がいい。
 頭上を飛び交う鳥達の声に表情を和ませると、そのうちの一羽が現に向かって降りてきた。
 足を止めて、鳥に向けて手を差し出す。
 現の手に乗る直前に、白い鳥は紙に姿を変じた。
 何かあったのだろうかと首を傾げつつ、紙――文を開く。
 流麗なこの字は今代のもの。
 わざわざ直筆だなんてと思いながらも文字を目で追い。
「え」
 聞くものもないというのに疑問の声を出す。
 そこには姉が結婚すること、すでに相手の国へといっていることが綴られていた。
 大陸中央部(アルカ)に行くつもりだったから、南よりの国から北上していたというのに、大陸最北部(セラータ)に行ってしまっているだなんて。
 とりあえず、懐から筆と懐紙を取り出し了承の意を記してまじないを唱える。
 先ほどとは逆に空へ舞い上がる紙の鳥を見届けて、現はずんずんと歩きだした。
 こんな直前になるまで知らせないなんて酷いと思うと同時に、遠くなったぶん時間がかかってしまう――姉に会える時間が短くなってしまうことを残念に思う。
 けれど、考えてみればお祝いなのだから、少しくらい長居をしても良いだろう。
 それにセラータまでは遠い。そのぶんお祝いの品を選ぶ場所も時間もある。
 そう考えれば、足取りは自然と軽いものになった。

それは、久方ぶりの良き便り。 08.06.25

099:境界線を隔てた向こう側

 ぱちっと目を覚ます。
 特に何か嫌な予感がしたとかそういうものではなく……あえていうなら、眩しかったから目が覚めた。
 視界の大半を占める大きな望月。
 少し月見と洒落こもうかと、鎮真は障子を大きく開け放った。

 満たされた杯に映る月を見やって飲み干す。
 十五夜の美しさは格別だが、夏の夜の月もまた良いものだなどと思いながら杯を傾ける。
 河青あたりが起きれいればつき合わせるが、寝ているものを起こすのもなんだ。
 それに。
 綺麗な月を独り占め、というのも悪くはない。
 ちびちびと酒をやりつつ鎮真は月を眺め続けた。
 ゆらり。
 月が揺れた。
 先ほど彼が飲み干した、杯に浮かぶその陰の如く。
 酔いが回ったかといぶかしむが、月だけでなく星もかすむ。
 ぐらりと刹那、世界が崩れる。
 ――りぃん。
 動けぬ鎮真の耳が、届くはずのない音を拾った。
 涼やかなその音は神を降ろすためのもの。
 知っていた。
 今宵この地に神が降ることを。
 加護の弱まった地へと彼女が来ていることを。
 識っていた。
 『我ら』が世界から好まれていないことくらい。
 長寿を誇るくせに、国を出れば蜉蝣の如く縮む寿命がいい例だ。
 だからこそ……神の存在が必要なのだ、とも。

 考えれば考えるだけ面白くないことばかりになることを悟って、彼は不貞寝を決め込む。
 無論酒器は部屋の隅に避けて、万一にも壊さないようにはしたが。
 布団にもぐりこみ、思う。
 幼い頃。この城が世界のすべてだった頃、外の世界に憧れた。
 いつか自分はそこへ行くのだと。
 けれど今、より広い世界があると知っていても、いつか行こうと思えない。
 憧れがないわけではない。
 ただ――命と引き換えてまで見たいと思わないだけ。

神に最も愛されたのは、世界にもっとも嫌われているから。
境界線の向こうで生きることなんて――  08.07.02

049:想うことだけは

 にこにこにこにこと笑顔を振りまいている様子はかわいらしいのは間違いないけれど、複雑だ。
「聞いてますか鎮真」
「しっかりと拝聴させていただいております」
 意識が他所にいっていたことが分かったんだろう。
 ほんの少し疑いの目で彼を見て、彼女は――男装しているから「彼」と称したほうがいいのだろうか――またぱくりと団子を口に入れた。
 とたんにほわっと顔を綻ばせる。
 うん。いい仕事するな、龍馬。
 奥で他の客に対応している店主に賞賛の声を上げたい。
 小さい頃何度か遊んだことのある龍馬は、親の後をついで飯屋の手伝いをしている。
 店でちょっとした団子や甘味を出すことを提案し、実際に作っているのは彼だ。
 正体晴らしがてらに一度訪れて、それ以来時折訪れている。
 満足そうにお茶を頂く現姫。
 鎮真も自分の団子を口に運ぶ。
 白いだけの素っ気ない現のものと違い、彼はみたらし団子。
 こういったものは城内で中々食べられないからなぁ。
 うむうむと頷き満足そうな鎮真に冷たい視線がささる。
「……導さまのお話でしたね」
「はい♪」
 そうしてまた姪っ子自慢が続く。
 歌を詠んだだの、香を合わせただのと話は尽きない。
 可愛がっているんだなぁと良く分かる。
 末っ子だから妹ができたみたいで嬉しいのだろうか?
 自分にも一応弟みたいな位置づけの従弟はいるが、あんまり会わないからなぁ。
 熱心に話す現姫に相槌を打ちつつ思う。
 一般人を装って下町の茶店でちょっとした話をするなんて……なんて幸せだろう。
 せまっくるしい城から出るだけでも開放感を味わえるのに、話し相手が気の許せる相手なら言うことがない。
「しばらくは、ここに?」
 話の合間にした問いかけは、自分で思っていたよりも静かなもので。
「とんぼ返りしなきゃいけないんです」
 ゆっくりしたい気持ちはあると苦笑されて何もいえなくなる。
 だから。
「またおいでになる際は、どうぞお声をかけてください。
 よろしければ、導様もご一緒に」
「ええ。いつか是非」
 このくらいならいいだろう。
 小さな頃の友人とちょっとしたおしゃべりくらいなら。

久々の「友人」とのおしゃべりくらいは許されるだろう。幽霊の視線は鋭くなる一方だけれど。 08.07.09

072:来たるべき日々

 漏れてしまったため息が宙に溶ける。
 そこはとても静かだった。
 うるさくできる場所ではないのですけどね。
 窓のない小さな部屋――いや、祭壇といっていいだろう。
 彼女のほかには人はいない。
 国の宝――三種の神宝が安置されているだけ。
 遠くからかすかに聞こえてくる人の声。
 囚われているといっていい状況だが、助けを求めるのは困難だろう。
 祭具殿はいわば禁足地。
 決められた日に決められたもの以外が入ること……近づくことはない。
 軟禁に適した場所ともいえる。
 そう仮に――現がここにいると知られても、言い訳はいくらでも作れる。
 例えば祈りを捧げるため。
 外界と接触を断ち、精進潔斎のためと言われればみな簡単に納得するだろう。

 そして厄介なことに、今のこの状況はありえた未来。
 あの事件が起こらず今もまだ姉がこの都にいたならば、現はこのような日々を送っていたはずだ。
 そして、事件が起こってしまった以上――姪であるあの子を待つ宿命でもある。
 重い息をつきそうになって軽く頭を振り、現は手を合わせて祈りを捧げる。
 せめて姪の無事を祈るために。
 姉は――もう遅いから。

「その日」が来ることはとっくに分かっていた。だから、その後に備えて準備をする。
こぼれそうになる感情を必死にこらえて。  08.07.160

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/