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しんせつ

079:私には無い色彩

 ばさりと音を立てて紙が床に落ちる。
 投げ出された拍子に見えた字は流麗で、たき込められた香がわずかに鼻をくすぐった。
 上等のものみたい。みやびな趣味の方なのね。
 志津は泰然と構えているが、周囲の乳母達はおろおろとしている。
 先ほどからあちこちに飛ぶ紙はすべて求婚の文。
 その受け取り人である姫君は大層機嫌が悪かった。
「本当にしつこいです」
 ぴしゃりと言い切るのは優しい面差しの姫。
 結い上げられた蘇芳の髪にはたくさんのかんざし。面にあるのは底冷えのする微笑。浅紫の瞳はひどく冷たい。
「祖を同じくする七夜での婚姻が望ましいのは分かっています。
 でも、潮路(しおじ)七夜の治興(はるおき)殿は乱暴ものと聞きますし」
 ばさりと文が空を飛ぶ。字は人柄を映すというが、大変力強い文字だった。
「火影七夜の朱雀殿は好色ともっぱらの噂です。そのような方に嫁ぎたくありません」
 ばさばさと面白くなさそうに手紙を放り投げる従姉に、志津は尊敬の念を抱く。
 志津はそこまで我を通そうとしたことがないから。
 いずれは国のために結婚しなければならないことは分かっていても、相手を選ぶなんてことは出来ないと最初から諦めていたから、義姉もそうだと思っていた。
「文義姉上はすごいです」
 思いのままに口にしたら、何故かため息をつかれた。
「良いですか志津? 国の事を考えるのは大切ですけど、夫となる人ですもの。しっかりと見極める必要はあります。妥協してはいけません」
「は……はい」
「七夜の均衡を図ることも大切ですが……絶対ではありません。
 どなたか見初めてくださらないかしら?」
 まだ小さな従妹に言い聞かせつつ、夢物語を語る文。
 本人だって、そんな可能性は低いと分かっている。
 この国で尊ばれるのは青い髪と紫の瞳。
 たまに生まれることのある、自分のように赤い髪や白い髪の人間は敬遠されていることを知っている。
 文の瞳が紫なのがせめてもの救いだ。瞳の色も違えば『国のもの』とみなされなかっただろう。きっと。
 身分がつりあい、かつ赤毛の姫を娶ろうなどという変わり者はあまりいない。
 だから文は志津がうらやましい。青い髪と紫の瞳。正統な色をもつ従妹が。
「大丈夫ですよ」
「え?」
 自分の思考に沈んでいたため反応が遅れた文に、志津はもう一度大丈夫と繰り返した。
「文義姉上はお綺麗ですもの。きっと良い方を見つけられます」
 必死に訴える従妹に、今度こそ文は微笑を浮かべた。

ないものねだりと分かっていても、互いが互いをうらやましく思う。 08.01.16

073:何処か遠くへ

 便りをもらったときから、今か今かと待ち構えていた。
 幻日が来る。
 その日を志津は今か今かと待ち望んでいた。だから、子どもは子ども同士で遊んでいなさいと促されるまでがすごく長くて、そして今ようやく部屋に戻ってこれた。
「いらっしゃい、幻!」
 満面の笑みで歓迎されて、ようやく幻日はほっとしたような表情を見せた。
「久しぶりね、今度はいつまでいられるの?」
「今回は……十日くらい大丈夫です」
 幻日に逢うのは一年ぶり。
 志津は話したいことがたくさんありすぎて、逆に黙り込んでしまう。
 それでも、にこにこと笑みだけは自然に漏れてくるのだけれど。
 対する幻日も、先ほどまでの疲れた表情が一変してにこにこと笑っている。
「そういえば、おじいさまは? 一緒に旅をしてらしたのでしょう?」
「じい様は別のところを測られています。測った後にも、正確かどうかを確かめる旅をする必要があるので、分かれてるんです」
 なるほど。より正確な地図を作るというのはとても大変なことなのだと感心する志津。
 それでも疑問はどうしても出てくる。
「どうして真琴伯母上が一緒に?」
 真琴は志津の母、真由の妹だ。真由が出家した際ともに桂の地に行ってから、志津は一度も会っていない。
「もうお一人は時世七夜の昇殿とおっしゃったわよね?
 真砂と時世は……仲が良い訳ではないのに、どうして一緒なのかしら?」
「えと……じい様が言うには」
 言いにくそうに視線をはずし、幻日はぽつぽつと小さな声で答えた。
「お見合いらしいです」
「……お見合い?」
「真砂と時世があまりにも仲が悪いから、婚姻を結ばせて仲良くさせよう……というお考えみたいです」
 視線をずらし、廊下に続くふすまを見つめたまま幻日は言う。
 志津も少し悲しくなる。
 うちと時世の仲の悪さはそこまで知れ渡っているかと。
 でもそれ以上に、幻日が道中気が休まらなかったんだろうなと思う。
「ね、幻。今度はどこに行ってたの? 楽しいところあった?」
「どこも楽しいですよ? 都とぜんぜん違いますから」
 楽しそうに笑う幻日を見て、ほっとする反面少し悔しい。
「わたしも都に行ってみたいわ」
 もらしたのは本心。志津はまだ城から出たことがない。
 城下を見回ってみたいと常々思っているし……これに関してはそろそろ実行しようとしているが。
 本当は幻日のようにあちこち旅をしてみたい。だけどそれは出来ないから。
「ねえ幻、わたしが都に行ったら絶対案内してね」
「はい」
 いつか、誰にも気兼ねすることなく旅が出来ることを夢見て。
 可能性のある夢を約束した。

常にその場にあることを望まれる者。常に流浪することを望まれる者。 08.01.23

060:これを愛と呼ぶのなら

 息苦しい。
 実際に空気が薄いわけではなく、居心地が悪い。
 自らの素性を思えば、それも仕方ないことなのだろうが。
 誰にも分からぬように昇はそっと息を吐いた。
 真砂七夜の本拠地に時世七夜の直系がたった一人で乗り込むなど、正気を疑われる行為だが。
 仕方ない仕方ないと言い聞かせる。これは仕事だ、どこの国にも回るのだからと。
 仮にも測量という国の大事を任された身だ、そうそう害されることは無いだろう。
 しかし、昇がそれを危惧するほどに、時世七夜と真砂七夜は仲が悪かった。
 いつからの因縁かなんて知らないが自分にはあまり関係ないと思う。
 それでも、ここでは昇は『時世』と見られる。故にあちこちからの視線が痛い痛い。
 与えられた部屋は文句の言いようがないのだが、これには少し物を申したい。
 思うことしか出来ないのだけれど。
 はーっと息をつくと、ふすまの向こうからかわいらしい声が響いた。
「幸せが逃げていきますよ。時世殿」
 仕方なくどうぞと言えば、しっかりと作法にのっとって一人の姫君が現れた。
「まだ旅装をとかれていなかったのですか?」
 かわいらしい言葉には似つかない平坦な声の持ち主は、いつもと同じように無表情のまま、いつもとは違い着飾った姿で、盆を携えてきた。
 淡々としていて感情を見せない彼女は、困ったことに旅を共にする相手だった。
 七夜真琴。先代当主龍真の義妹にあたる姫。歳は昇の二つ下。
 これで周りの連中の意図することが分からないような馬鹿はいないだろう。
「幻日殿はどちらに?」
「志津が連れ去ってしまいました」
 先ほどから姿の見えない護衛対象の事を持ち出せば、すっぱりと斬って棄てられた。
 この場から逃げ出したい事など分かっていたのだろう。当然ともいえるが。
 口実を失って、仕方なく昇はその場に座した。
 それを待っていたように真琴も座る。心持ち昇に添うように。
「久方ぶりの国許でしょう。挨拶はいいのですか?」
「姉は桂で、義兄はすでにおりません」
 暗に出て行けという昇に、温度の無い真琴の返事。
 沈黙が降りる。
 下手なことを聞くと昇が真琴をいじめているように周囲に聞こえてしまう。
 完璧な敵地にいる状況でそれは避けたい。
 こぽこぽと急須から茶が湯飲みに注がれる音だけが響いた。
「それに……どうでも良いことでしょうから」
 付け加えるようにぽつりと漏らされた言葉が痛い。
 真琴は、ある意味で昇と同じだった。駒にするにも、放っておくにも危険すぎる厄介な存在。
 昇はこういう頭の回る人間はかなり苦手な方だ。
 差し出された湯飲みを受け取りつつ、恐る恐る昇は問うてみた。
「断らないのですか?」
「何故?」
「……好いてもいない相手に嫁ぐのはお嫌でしょう」
「まあ」
 真琴が半眼で昇を見やる。これは本気で呆れている顔だ。
「七夜として生を受けて、良くそこまで夢見がちに育たれたものです」
「……七夜だからこそ、夢くらいは見ていたいのです」
 言い訳がましく、ついと視線をそらして茶を口元に運べば。
「そうですか。でも、そんな『昇殿』は嫌いではありません」
 待っていたかのように爆弾が落ちる。
 危なかった。今のは危なかった。
 口をつけていなかったから噴出さずにすんだし、咳き込むこともなかったけれど。もう一歩遅かったら。
 爆弾を落とした当人はと言うと、平然として茶をすすっている。
 ふと気づいたようにこちらを見て小首をかしげた。
「熱かったですか?」
 とことんまで平坦に。案じる様子は見せず、かといってからかいの色も無い。
 力なく否を唱えて、昇はもう一度茶を口に運ぶ。
 どうにも調子が狂う。
 好きと言われたならば、どこまでも疑うことが出来るのに。
 嫌いと言われたのならば、いっそ安心できるのに。
 『嫌いではない。だけど好きでもない』
 彼女が言いたいことを正確に察してしった自分がいっそ憎らしい。
 真琴に関わってから調子を狂わされっぱなしだ。
 下手に口を開けば、先ほどのように返されてしまう気がして昇は沈黙を守り、そうしてしまえば真琴も話すことはなく。ただただ静かな時が流れていった。

「なんだか、良い雰囲気ね」
「……そうなんでしょうか?」
 こそこそと柱の影から様子を伺う子どもが二人。
 一人は少々あっけにとられながらも仲が良いなら良いとすぐにきびすを返し、もう一人はしばらく心配そうに見ていたが、先に行った一人を追いかけてすぐに姿を消した。

色々な思惑の元に出会った二人と出会いが早まっただけの二人。
  片方は裏を読みあい、片方はただただ純粋に交流を深める。 08.01.30

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/