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空の在り処

【第五話 対決】 4.終幕と結末とそもそもの結論

 一人対十人以上。おまけに女対男で、体力差がある。
 その上、動きにくい小袿姿に懐剣しかもっていない現に対し、男達はフルアーマーに両手剣もしくは片手剣と盾。
 普通に考えて……考えなくても現の勝ち目は万に一つもない。
 頼りになるはずの『壱の神』は何故か中途半端に引っ込んでしまったし。
 けれど、それでも現は負けなかった。騎士の何人かが現を守るように仲間と戦っていたから。
「貴様らっ」
 忌々しそうにバァルが叫ぶけど、白騎士たちは意に介さない。
 そして、何故か一番驚いているのはあの男のようだった。
「なんで……なんで!」
 何が不思議だというんだろう? 確かに、白騎士離反は考えていなかったかもしれない。
 でも、さっきのやり取りから全く考えられなかったわけじゃないと思うけど。
「何で生きてるんだ!!」
 え?
『そりゃあ、ぼくがいっしょうけんめー生かしてきたからに決まってるから』
「私、いつ死んだことにされてるんですか」
『少なくとも二回は危機があったけどね。ほんっとにこの子は無茶するんだから』
 得意そうな壱の神に現は不満そう。
 だけど、心情的には壱の神にすごく同意します。寧ろもっと言って、無茶するなって言ってやって。
「嘘だ嘘だ嘘だっ」
 でも……どうしてこの男はそんなに否定するのかしら?
 さっきの話からすると、現が生きているのがおかしいような物言いだけど……
『いい加減、認めたら?』
「なんで」
『ぼくとお前は違う存在だ。宿主を殺さないと乗り移れないお前とは違う』
「そんなの嘘だ! 『ボク』はボクだ!
 その器を生きてるみたいに見せかけてるだけだろ! ボクみたいに!」
『違わないって言ってるだろうに』
 つまり、この男も……男に乗り移っている相手は壱と同じような存在と思っていいのかしら。壱は宿る相手が生きていないと駄目だって、前に聞いたことがある。
 だからこそ、死んだわたしの身体じゃなく、まだ生きていた現に憑いたのだと。だからこそ……未だに他に移れないのだとも。
 つまらなそうに言う壱。男は嫌々をするように首を振る。
 その間にも白騎士たちは周りで戦い続けているけど、こちらに手出しはしないみたい。沈黙したままのバァルが気になるけど。
 相手は返事をしない。ただ首を振り続けている。
『そもそもその子をわざわざ殺して乗り移ったのも……ソールにとりつけなかったからだろ。死に掛けてるけど、まだ一応死んでないんだから』
 ため息つきつつ言う壱。
 つまりこいつは最初ソールに……姉上の息子に取り付こうとしたのね。
 けれど出来なかった。だから別の人間を選んだ。
 そこまで分かってようやく気づく。
 先ほどから容姿を見たときに感じた奇妙な懐かしさ。
 改めて見直せば、やっぱり似ていた。特に今みたいに、どうしたら良いか分からない、そんな表情が。
「まさか……明さんの」
『そう息子。本当、よくもぼくの身内を好き勝手してくれたよね』
 やっぱりそうだったんだ。さらに怒りが増す。
「なんで……なんでっ そんなに言うなら!
 何でその時に止めなかったんだ! ボクが来ることを待ってたからだろ?!」
 男の自分本位の声に壱は不思議そうに言った。
『止める……? それこそ、なんで?
 ソールの時は半分以上寝てたし、国からわざわざ出る必要ないし』
 正直腹立たしい、とは思う。
 でも最初に感じたのは……やっぱりっていう納得。
『ま、その子の時はどうしよっかなってのはあったけどね』
 壱の神が気まぐれなのは知ってる。
 気が向いたから、で、人を助けたり見捨てたりする。
『でも今は、気に入らない』
 そんな『壱』が見捨てられなくなってきたのはきっと、現のせい。
『だからそれなりの』
「『報いを受けてもらわなくっちゃね』」
 重なった声に瞠目するのと同時、強烈な光が弾けた。
 上がった悲鳴は男のもの。だから、攻撃したんだとは思う、けど。
 どうしてそういうむちゃくちゃなことするの?!
 さっき現が抗議したばっかりなのにッ
「『うっわ弱』」
 そんな予想外だったみたいなこと言ったって駄目!
 面倒になったら現に変わる気だったでしょっ
 ……万一、現に聞かれたらまずいから、わたしが喋らないのをいいことに好き勝手してっ
「『使うなら断れって……だって意味ないし』」
 不意打ちの意味か、現は大人しくしてろという意味か。
 それはどっちの意味なのかしら? どっちも半々くらいの気がする。
 反省の色が全くない壱の視線の先には倒れ伏した男の姿。
 肘で上体を支えてる姿は、なんだか泣き伏しているようにも見えた。
 何かをぶつぶつ言っていることは分かるけど、内容までは聞き取れない。
 と、急にその姿がぶれた。
『え?』
「『あ』」
 見る間に消えてしまった男の姿に思わず声が漏れる。
 跡形もなく消えてしまった。そして周囲の剣戟の音もいつの間にか収まっていた。
 この場にいるのは現と姉上と、地に伏してもう動かない白騎士が数人だけ。これってつまり。
『逃げた?! 逃がしたんですか壱!』
「『やっちゃったー』」
 てへって笑わないで。現だと思うと絆されそうになるから!
 しばし沈黙が続き、ふっと気配が変わる。
 一瞬ぴしりと固まって、ぎこちない動きで左右を確認する現。
 ……やっぱり、壱に乗っ取られてるときの記憶がないのかしら。いっつも戻ったときには状況確認してるし、慌てることも少なくないし。
 周囲に倒れている白騎士たちを見て、深くため息を吐く。
 それから、独り言……というよりも確かめるように言葉を紡いだ。
「南斗?」
『引き際が見事だよね、南斗は』
 くすくすと笑いながら答える壱。
 南斗って……昔、北斗七夜との政争に負けた南斗、よね?
 ……そういえば現が前に大怪我させられたときも南斗がらみだったような気がするけど。
「とりあえず、落ち着いたと見ていいのでしょうか?」
『ああ。もう片はついたよ。バァルは逃げたけど……もう意味ないし、ね』
 意味がない、か。壱はもう関わる気がないってことかしら。
 なら、もうどうしようもない。終幕は引かれた。
 現が積極的に関わろうとしない限り、何がどうなったかなんてわたしには分からない。
 知りたい、という気持ちがないわけじゃないけど……もう知りようはない。
「どうやって戻りましょう。ここに犯人置いていくのもなんですし」
「うつつちゃあ~ん。おねーちゃんのことわすれないでーぇ」
「忘れてません姉上! ただ、私一人ではどうしようも」
 なんだか、すごく置いていかれた気分。
 結局、分からなかったことの方が多いし。壱の神が言うように本当にコレで終わったのかも妖しい。
 ……止めた。考えても仕方ないもの。わたしにできることなんて、結局ないのだから。

 結局、しばらく後に現は無事救出された。
 動くことは無理だろうと判断して、上空に光を生み出して自分の位置を教えることにしたのは正解だったんだろう。少し後にすごい勢いで護衛の武士がやってきたから。
 今思えば現を見つけた武士達の顔色の変化もすごかった。
 青い顔してきたと思えば、無事を確認した安堵にほころび、周囲の状況を認識してまた白くなる、といった様相を見せられればこちらとしては苦笑するしかない。
 だから、面倒ごとはすべて後回しとばかりに先を急いで都に向かった鎮真の気持ちも少し分かる。
 ……とはいえ、到着したらしたであの一件を全く悟らせず姪っ子に構う現には、言えるものなら文句を言いたかったけれど。
 でもこれでしばらくは平穏が続くのならいいかな、なんて思ってしまった。

 実際、ささやかな幸せな日々は続いていった。
 あれからどれくらい経ったのかは、よく数えてないから覚えていない。
 前は、いつ壱の神に見捨てられるのかってびくびくしていたのに、最近は全く思わなくなった。
 ……かわりに、未だにまとわりついてくる鎮真がすっごく鬱陶しいけど。

 ありていに言ってしまえば、わたしは幽霊である。
 幽霊であるわたしは人に見られない。見られないように極力注意している。
 特に血を分けた双子の妹、現には。
 (うつ)
 何も無いこと。実際ではないことを意味することば。
 (うつつ)
 この世に存在しているもの。現実を意味することば。
 彼岸と此岸に分かれた双子(わたしたち)の名前。
 これからもきっと、混じることのない時を生きるわたしたち。
 やたらとわたしを不幸な存在にしたがる相手(しずま)はいるけれど、わたし自身はそう不幸には思わない。
 見守るのはただの自己満足だってことは分かってる。
 何も出来ない歯がゆさはあるし、見続けていても分かることだって多くはない。
 けれど、そばにいることを望んだのはわたしで、壱の神との契約がある限り離れることはないのだろう。
 でも……それで、いい。
 あの子が生きていればそれだけで。幸せそうなら、さらに。
 その姿を見続けられることこそがわたしの幸せだから。

 おしまい。