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空の在り処

【第五話 対決】 2.疑心暗鬼と絶体絶命

 結局、都へと旅立ったのは三日後だった。
 なんだかんだで準備は必要だったし、とんぼ返りする鎮真にだって休養の時間は要る。
 それになにより、『現が旅をする』ということは大事だから。
 気に入らないのはここに至っても火影七夜が共にいること。
 七夜は全員都にそろえるみたいだから、ついてこないわけがないと分かっていても腹立たしい。
 こんなにも火影が気に入らないのは、あの事件が――現が害された場所が、火影だったせいもあるかもしれない。
 現在の当主、朱雀本人が嫌な相手だというのももちろんだけど。

 旅の行列は長く、立派なものだ。
 火影七夜の嫌味のために、先陣を切っているのは鎮真。
 武芸を誇る真砂が先陣を切るものだろう、だなんて。
 そんなこと言ったら、自分で自信がないといっているようなものじゃないかしら?
 姫宮の行列は大名行列とは違う。
 道中は走って、到着までの日にちを出来る限り縮めようとする大名達とは違い、それこそゆっくゆっくりと快適な……とまではいかないにしても、輿に乗った現が不快にならない程度の速さで進む。
 輿は一人乗りだから、ここには現しかいない。
 能登は外を歩いているはずだけど、話しかけることはしない――答えがないことを、応えられないことを知っているから。
 相変わらず、現は反応らしいものを示さない。
 人形を相手にしているようで……辛い。
 もう、その感覚もかなり麻痺してきたっていう自覚はあるけれど。
 早く都について欲しい。
 もしかしたら、ポーリーに会えば戻るかもしれないから。
 早く都について欲しくない。
 この姿の現をポーリーに見せてしまうことになるから。
 ……会っても、戻らないかもしれないから。
 わたしがどう思っていようと、旅程は着々と進んでいくことは知っているけれど。

 旅立ってから何日が過ぎたろう?
 真砂はとうに出て……そういえば昨日あたりから火影に入ったと聞いた気がする。
 そういえば、そろそろお昼なのに能登が何も言ってこないのは何故かしら?
 現は今も、食事が出来ないことには変わりないけれど、周囲にそうと悟らせないように真似事はしているのに。
 その重要性を、能登は重々承知しているはずなのに。
 まさか……
 考えたのは最悪の事態。
 火影が謀った?
 信じたくはないけれど……そう考えればつじつまが合う。
 あの時、無理やり現に逢おうとしたのは、現が偽物だと信じるだけの情報を掴んでいたか、偽者だと断じたかったから。
 鎮真に先陣を切らせたのは、行列の途中から現を別の道へと誘導するため?
 そこまで考えて自分の迂闊さに歯噛みする。
 どうしてわたしは外に気を配らなかったの?!
 この子だけを見ていたのでは、この子を守れないと分かっていたはずなのにッ!!
 昼の休憩がずれたとか、そんなちょっとしたことだと信じたい心はある。
 でも……嫌な予感が消えない。
 それを裏付けるかのように、周囲がざわめいた。

 乱暴にならない程度に下ろされた輿。
 馬の嘶き、そして怒声。
 聞こえてきたそれらに訝ったのはほんの少しの間だけ。
 すぐに響いた剣戟の音にぞっとする。
 襲われてる!!
 単純に賊なのか、それとも『現』を狙ってきたのかはわからないけれど……
 もしかして火影に謀られた訳じゃなくて、賊を警戒していたから?
 でも、襲われている今も能登の声がないのはおかしいし。
 じゃなくて!
 どうしよう、今の現は動けないのにっ
 一人一人、敵か味方か分からない誰かが倒れていく。
 ただ待つだけ、祈るだけしか出来ない。
 どうかどうか勝っているのが味方でありますようにと。
 剣戟の音が絶える。
 どっちが勝ったのだろう?
 相手は、声も上げないこちらをどう思っているのか。
 全く反応を示さない現を背に庇う。
 嫌な予感しかしない。
 眩しさに目を細めたことで、外の様子が分かるようになったと気づかされた。
「初めてお目にかかりますね」
 のどの奥で笑う、金の髪を持つソール教の司祭服を着た男。
『バァルっ!!』
 実際に会ったことなんてない。けれど分かった。
 この男が、姉上たちを苦しめた相手だと。
「あの女が強情だったが故に、こんなにも時間がかかってしまいました」
 睨み付けてもバァルはわたしには気づかない。
 ちらと視線を走らせたのは、きっと気がかりだったから。
 見えるのは白の鎧を着た連中ばかりで、望んでいた赤い髪は見えない。
 『ソール』は……甥はここにいない。いや、今はソールよりも現の方、が……?
 その時、気づいた。
 人には見えないわたしと、視線が合った相手がいた。
 偶然じゃ、ない。
 まじまじと見つめ返したわたしを、どこか楽しそうに見返してくる。
 年のころはノクティルーカと同じくらい。銀の髪のやさしそうな風貌をした青年。
 その顔に、良く知っている相手の面影をみた。
「さぁ、お出でになられてください」
 正気に戻ったのはバァルのその声を聞いてから。
 そうよ、気をとられている場合じゃない!
 どうしよう、どうすればいいの?
 この間の火影の時みたいに現の身体を使って逃げる?
 逃げ切れずに掴まってしまう。だってわたしは自分で身体を動かしたことがないもの。
 全く反応を示さない現にしびれを切らしたのか、呆れたように後ろの騎士たちに命ずる。
「仕方ありませんね、引きずり出しなさい」
『駄目!』
 そんなことさせないと前に出てすごんで見せても意味がないことは分かっている。
 でも、せずにはいられなかった。
 沈黙がおりる。
 優に二呼吸は出来るほどの時間が過ぎても、誰一人動かない。
 バァルの命令に忠実に動くかに見えた騎士たちなのに。
 わたしが不思議に思うのとほぼ同時に、バァルが嘲るように言い放つ。
「今更、かつての主に義理立てですか? 馬鹿馬鹿しい」
 え?
 かつての主?
 まさか……この騎士たちは、わたしたちの国の人間なの?
 虚をつかれて反応することを忘れてしまった。
 だから。
「さあ、『奇跡』を渡していただきましょうか」
 バァルの接近を許してしまった。
『やめて!』
 手を伸ばしても、身を盾にしても意味はない。遮ることなんて出来ない。
 バァルの手が現へと伸びる。
 見ていられなくて叫んだ。
『助けて……あの子を助けて! 壱!』
 途端、小さな光が散った。
 びっくりして顔を上げると、『奇跡』を奪おうと伸ばされたバァルの腕を掴んでいる白い手。
 すっかり細くなってしまった、現の手。
 薄い笑みを浮かべて現がゆらりと顔を上げる。
「『ああ、そうだな』」
 応じる声は耳慣れたもの。
 ずっとずっと昔から……半身と同じくらい聞き続けてきた声。
「な」
 慌てるようなバァルに構わず、『壱』は悠然と言い放った。
「『今こそ返してもらおうか』」
 神と呼ばれるに相応しい威厳を持って。