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空の在り処

【第五話 対決】 1.最悪の事態と最後の手段

 鎮真が戻ってきた。
 もしかしたら……という希望は……潰えた。
 多分、わたしも能登も……それから鎮真も同じ夢を見ていた。
 戻ってきたら……戻っているんじゃないか、戻るんじゃないかって言う、淡い淡い期待。
 けれど、現は変わることなくそこにいる。人形のように。
「ご報告申し上げます」
 何かを振り切るように鎮真はそういって頭を垂れた。
「導姫は無事都にお戻りになられました」
 ポーリーが無事に着いたという報告に少しだけほっとする。
 でもあそこはある意味、魑魅魍魎の巣だからやっぱり心配かも。
 ノクティルーカがいるから大丈夫かしら?
「姫は――『龍田のこと』をご存知だったのですね」
 独り言のような言葉に、わたしは頷く。
 ……鎮真が気づかないって言うことがひどいと思う。
 一体、何回明に会っていたというんだろう?
 やっぱり、寿命の差を実感できていないから分からないんだろうか?
 現はなんだかんだで『外』に出ることがここ最近多かったから、思い知っているみたいだけど。
「それから、姫を都にお連れするよう仰せつかっております。
 出立まで多少かかりますが、姫もご準備を」
「殿!」
 鎮真の口上を遮ったのは、ふすまの向こうからした声。
 かなり切羽詰ったように聞こえたけれど、何かあったのかしら?
「何事だ。姫宮の御前であるぞ」
「火影七夜殿がお越しになられております!」
「何?!」
 火影七夜が? どういうこと?
「なんでも、真砂だけには任せておけぬと、お目通りを」
「姫は――ッ」
 反論しようとした鎮真が口ごもる。
 当然だろう。今の現の様子を他者に知られるわけにはいかない。
 なら、なんとかして火影七夜を追い返すしか手はないのだけれど。
「姫様は火影殿にはお会いにならぬと仰られています!」
 鋭い口調で能登が言う。
 現の絶対の信頼を受けている侍女の言葉。
「……とのことだ」
 鎮真も多少落ち着きを取り戻したのか、部下にそう伝言を告げるために外へ出る。
 でも……侍女の言葉程度で火影七夜が引き下がるかしら?
 わたしの不安は当たってしまったのだろう。
 外から聞きたくない声が聞こえた。
「貴様では話にならぬ」
「……随分と横暴なことをなさいますな、火影殿」
「横暴とは人聞きが悪いことを」
 どこが。横暴そのものじゃない!
「姫はご気分が優れぬ様子、後日」
「そちらにおわすのは真に姫宮か?」
 鎮真の言葉を遮っての問いに、背筋が凍る。
 今、なんと言った?
「何を仰りたいので?」
「昴とて『あのようなこと』があったのだ。
 ここにいらっしゃるのが真に姫宮かどうか」
 嘲るような口調に頭に血が上る。
 偽物だというの!? 現が!!
「直接のお言葉でなければ信じられずとも仕方あるまい?」
 揶揄するような口調だけど、それを論破することは出来ない。
 だって、火影七夜の言うように会えば分かってしまうのだから……会わせられない時点で怪しまれるのは、仕方が、ない。
 どうしよう。どうしたらいいの?
 能登が現を守るように移動する。でも、侍女の言葉を聞くはずがない。
 同じ七夜の鎮真の言葉を無視するのだから。
『壱の神!』
 呼びかけにも答えはない。
 どうしたらいいの?
 今のこの現の状態を知られるわけにはいかない。
 でも、今からじゃ現の身代わりを用意することも出来ない!
 どうしたら――!

「どけいっ!」
「火影殿!」
 鎮真の制止を振り切って、火影七夜が部屋に入ってくる。
 無礼者をなじろうとする能登よりも早く、『わたし』が声を出した。
「――会わぬ、と言った筈ですが?」
 声を出すのはこうするのねと妙な感慨を抱きながら、冷ややかに火影七夜を見る。
 目を見開いた火影と、呆然とした鎮真の姿。
「こ……れはこれは、姫宮」
「火影七夜朱雀。会わぬと言いました」
 何か言いかける彼を遮って断言する。
 好色の噂がひどいこの相手が、現の近くにいるというだけでも腹立たしい。
 念を押すように言えば、自身の失態にようやく気づいたのか、深く頭を垂れる火影七夜。
「――失礼、つかまつり」
「下がりなさい無礼者! いくら七夜といえど姫の寝所に押し入るとは言語道断!」
「ご無礼を――平に、平にお許しを」
 能登の言葉にさらに腰を低くする火影七夜。
 そこでようやく怪しさに気づく。
 普通なら、こんなことはしないだろう。
 先ほど能登が言ったように、七夜といえど星家に無礼を働くことはまずしない。保身のために。
 ならば何故、火影七夜はここまでした? 確信があったから?
「能登、支度を」
 ともあれ、もう関わる気はない。
 能登の意識を戻させて、火影七夜を追いやる。
 シンと静まり返った室内。ポツリと鎮真が呟いた。
「……姫、なのですね」
 声が震えているのは何でかしら?
 口ぶりからは、現が意識を取り戻したわけじゃないと分かっているみたいなのに。
 視線だって、現から離れた私にまっすぐ向かっているし。
「助かりました」
『一番困るのは、あの子だから』
 礼に答えるつもりはない。結果的には助けた形になるけれど。
 それにしても、人にとりつくのって変な感じ。……もう、しないようにしよう。
「現姫のお戻りを後星は強く望まれています。
 突然の話で申し訳ございませんが、出立は出来る限り早く行いたいと思います」
 鎮真は突然の話だといっているけど、想像はついていたから別に構わない。ただ。
『ポーリーも、悲しむでしょうね』
 こんな状況になっている現を見たら悲しまないわけがない。
 本当に……この子はいつもいろんな人に迷惑をかけるんだから。
 一部始終を知っていないと不安になる。
 知られていないなら、それでいいと思う子だもの。
 こっちが逃げられない証拠を示してからじゃないと、本当のことを言わないし……いつもすべてを話しているわけでもない。
 本当に、厄介な子。
 自分で全部背負っちゃうような子だから……少しでも手助けしたい。
 これから先も、火影七夜のように疑うものたちが出てくるだろうから。
 そして……一刻も早く、元の現を取り戻すためにも。