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空の在り処

【第三話 再会】 5.演技と道化

 ポーリーたちが鎮真に呼ばれて、夕食を兼ねた宴の席に出ている頃、現は一人の食事をしていた。
 周りで世話をする者達はいる。
 星家の……いや、貴族の姫にとって、これが『普通』だと分かっていても……寂しく思える。
「お疲れではありませんか?」
「大丈夫。ありがとう」
 食後のお茶を楽しみながら、現は笑う。しみじみと。
「ポーリーは、大きくなりましたね」
「ええ。本当にお美しくなられて」
 嬉しそうに、誇らしそうに言う能登に眞珠も同意する。
 今のポーリーは、現がいっつもくっつきたがってた時の姉上と同じ歳くらい。
 そう考えると、姉上は本当にすごい。精神年齢の差ってかなり出るのね。
「とうとう、年を越されてしまいました」
「姫様」
 淡々とした現の言葉。たしなめるような慰めるような呼びかけ。
 能登も眞珠も知っている。『外』の人の時がどれだけ早いか。
 明は実感ないだろう。自分の何倍もの速さでおいていく人たちのことを。
「それで、『石』は?」
 憂い顔を消して問う現。さっきまでポーリーに見せていたのとはまったく違う表情。
 安らぎを与えるものではなく、厳しいもの。
 『石』――『奇跡』、つまりは想の姉上を探し出すことは急務にして悲願だからというのもあるけれど。
「確保しております。しばらくお待ちを」
 答えたのは一色白哉。まだ元服していない少年だけど、気が利くというか優秀。
 礼儀正しく部屋を出て行ったところから、別の場所にでも保管しているのかしら?
「眞珠。正告へ連絡を」
「はい」
 現の命に眞珠も部屋を後にする。
「それから能登、茶を」
「はい」
 そうして、部屋には現と龍田――明だけが残された。
「あの子をどう思いますか?」
「……どう、思わせたいのですか」
 卑屈な言葉。こちらの本心を量ろうとするような目。
 現は彼女をただまっすぐに見返した。
「昴として、人の上に立つものの素質があるか。それを聞いています」
「……ですから、私にどう思わせたいのですか」
 投げやりに、苛立ち混じりに明は言う。
「私から見れば、あの子は甘い。
 他人に対して非情な判断を下せるような子じゃない」
 姪っ子可愛くても言うことは言うのね。
 でもポーリーだって姉上の子だもの。結構思い切りいいし、やるときはやっちゃうんじゃないのかしら。
「それに、私は知りません。昴が、為政者としてどれだけのものが求められるかを」
 うん。それは当事者しか知りえないもの。
 どれだけ悩んだか、なんて当の本人しか分からない。
 姉上だって、きっときっとすごく悩まれたろう。
 明がどう思ったか分からない。
 間もなく能登や眞珠たちが戻ってきたから、話はそれまでとなった。

 緑の石が現の手に移り、あっという間に溶けていく。
 片桐が一時的に預かっていたという『奇跡』。
 これで、残りは四つ。いや、ノクティルーカが持っているから三つか。
 色々報告を受けているけど……残りのうち二つは確実に相手の手に渡ってると見ていいだろう。
 残る一つの『石』を持っている少女に関しては、正告が説得するみたいだし……これ以上奪われるわけにはいかない。
 それに。
(つつみ)良将(よしまさ)?」
「はい。『石』の預かり手である子供の父親が、鼓だと」
「ここの……真砂の家臣でしたね。今回借り受けた者の名もたしか、鼓と」
潔姫(きよひめ)です。たしか良将は養子だったと思いますが」
「南斗の流れを汲む者でしたね」
 視線を下げて現が言う。
 随分昔……それこそおばあ様達の代にあったと言う北斗と南斗の争い。
 その結果は現在を見れば分かる。
 そういえば、朧の件だって元はといえばそうだったのよね。
「鼓良将は討たれたと聞きましたが? 他でもない潔姫に」
「真砂に戻らなければ分かりません。まして外つ国では」
 現の疑問に白哉は苦しそうに答える。
 利害が絡み合っている状況では七夜とて一枚岩ではない。
「とはいえ、皇子殺しの大逆人と『なっている』者相手に、そのように手ぬるい処置をするものでしょうか?」
「真実は分かりませんから。
 時世と真砂を仲違いさせたがる面々も多いようですし」
 能登の疑問に白哉はまたも頭がいたいといった様子で続ける。
「良将の子によれば、血の繋がらない兄がいたとの事で、銀髪だと申しておりました。
 皇子を匿い、育てている――あの噂が真なのでしょうか?」
「そのあたりのことも、明しか……いえ、明自身にも分からないのかもしれませんね」
 ため息混じりに呟く現。
 目の前で言われた明はただ視線を伏せる――膝の上に揃えられた両手が、白くなるほどにきつく結ばれていたけれど。
 分からないのかもしれない。現が言うように、明にも。
「鎮真を呼んで」
 唐突な言葉に皆が目を丸くする。
 今まで、現が積極的に鎮真に会おうとしたことはなかった。一度も。
 まあ、会いたくなくても城に居る間は必ず日に一度は顔をみせていたからかもしれないけれど。
「何かお話でも?」
「まぁそんなところです」
 だから連れてきてくれますねと無言の要求に、しぶしぶながらも能登は従い、茜を通して鎮真へと知らされた。

 龍田一人だけを残して侍女はすべて下がらせてから現が告げたことは、ポーリーを守れということだった。
「つまり、ちい姫をお守りして都へ迎えと、そうおっしゃる?」
 額に手をあてて、とても頭が痛いですと言った様子で鎮真が言えば、現は軽く笑って返す。
「星家に連なる姫を守る大任が不満だと?」
「……滅相もございません」
「仮に、都へと向かうあの子たちに妨害があったとしましょう。真砂の地で」
「恐ろしいことを仰らないでください」
 まあ、そんなことになったら真砂はお家断絶。
 北斗七夜が統べる今の世の中が気に入らない連中はこぞって批判を繰り返し、『明』に取り入って大儀面分を手にするでしょうね。
「姫のご要望とあらば、出来うる限りの最善を尽くし」
「要望?」
 ひたすら丁寧に……でも拒否しようとする鎮真に対し。
「何を勘違いされているのかわかりませんが、お願いではなく命令です」
 現はさっさと退路を断ち切った。
「あの子にもしものことがあれば姉上に申し訳が立ちません。
 世を儚んでしまうやも」
 檜扇で顔を隠しつつ、泣き崩れるかのように肩を震わせる現。
 ……嘘をつくのは下手だけど、演技は大分上手くなってきたわね。
 ポーリーにもしものことがあったら……立ち直れないかもしれないけれど、それでも後追いはしないだろう。この子は自分の立場を良く分かっている。
 『壱の神』を失えば、この国の行く末なんて一つしかない。
 別の器をどれだけ用意しようと現から離れようとしなかった『壱の神』だって、何もしないと限らないだろうし。
 だから、これはただの脅し。
 実際、この子がどこかに引きこもるだけでも国を揺るがす大事に至っちゃうしね。今回みたいに。
 現の弱点になりうるポーリーを守ろうというのだろう。
 泣く一歩手前の鎮真を見て……だから、わたしも思った。
 わたしも、現やポーリーを守りたいから。
 部屋を辞して戻る鎮真を呼び止めて、問う。
『何を悩むんですか? あの子は言ったでしょう? 命令だと。
 それを拒否する?』
 鎮真は答えない。ただ、恨めしそうな目で見てくるだけ。
 でも、そんなの関係ない。
『導はあの子の大事な姪っ子。あの子はあなたたちの生命線。
 導を使ってあの子を利用しようとするものが出てくるかもしれない。
 でも、勘違いしないで。導はあの子の弱点じゃないし、あの子も導の弱点じゃない』
 怪訝そうな目。だからこそわたしは言う。
『逆鱗よ』
 触れればどうなるか、わかるでしょう?
「しかし、昴がどのような判断を下されるか」
『多分、どうもしない』
 しどろもどろの様子の鎮真に、わたしは思わず返していた。
 明はどうしたいのかよく分からない子だもの。
 せいせいするとその場から降りるのか、それとも座を渡そうとしないのか。
 けれど……
『鎮真。本当に、判らない?』
 わたしの問いに鎮真は怪訝そうに見返すだけ。
 わからないのね。
 言い表しがたい感情が胸を占める。
 がっかり、したんだと思う。
 あなたは何度も明に会っているでしょう?
 なのに『明』が分からないの?
 『壱の神』の言葉が甦る。
 うん、本当。自分が自分だって証明するの、難しいのね。
 悔しくて、悲しくて、わたしは姿を消した。
 もう夜も遅いもの、現のそばで見守ろう。
 明日から、きっと忙しいだろうから。