【第一話 回顧】 5.奇跡と隠された姫
都に帰る――家に帰ることは嬉しい。けれど、少し寂しいと思ってもいるんだろう。
帰路に着く現は、いつも少しだけ複雑そうな顔をする。
宮中に戻れば本来の身分――星家の姫としての生活が待っている。
温かい出来立ての料理ではなく、毒見を終えた冷めた食事。
着替えその他の自分の準備も、言葉ひとつ発することなくすべて行われる。
気さくに話してくれる、年の変わらぬ友人もいない。
それは……ひどくさみしいことだ。
でも家族――姉兄に会えるのは嬉しいんだろう。
聞き分けの良すぎる現がたまにするおねだりを姉上は喜んでるみたいだし。
長旅で疲れているだろう妹を労わって、休ませてやろうという姉に対し、珍しく現は駄々をこねた。
その結果、姉上の傍らでスースーと寝息を立てている。
しっかりと裾を握ったままに眠っているので下手に動くことも出来ず、姉上は困ったように……でも少し嬉しそうに笑う。
頑張って仕事を終わらせてきたのにと悔しそうな表情をしているのは兄上達。
末っ子の取り合いは今に始まったことじゃないから珍しくは無いけれど、くすりと笑いは漏れてしまう。
こういった優しい空気は好き。家族団らんって感じがして。
母上は現を生んで、しばらくして儚くなられてしまったし……おばあさまは大分昔になくなられたらしい。
姉上や兄上達の父上も、わたしたちの父上もマレビトだったから、ここにはいない。
あと残っている肉親は風の兄上の奥方と子供……それから、おじいさまだけ。
……おじいさま、すごく怖いからわたしは苦手。
元々気難しい人らしく、姉上や兄上達も苦手みたい。
なんでか、現はすごく懐いている。顔を見るたびに『お前が男だったら』と言われるのに、どうしてあれだけ懐けるんだろう?
ちいさく、現がぐずった声を上げる。
あ、起きるかな?
思って顔を覗き込んで……ぞっとした。
瞬きをひとつふたつして起き上がった――『起きた』のは。
「『ちょうど良く全員揃っているな』」
らしくない不敵な笑みを見せたのは、内に宿る『壱の神』だった。
話があるということで、急遽召集されたのはわたしたち兄弟と北斗七夜の上層部。
この時点で大事だと誰もが察しをつけていたけれど、実際にはもっと大変なことが話された。
「『現が「奇跡」を宿したぞ』」
発言に、ざわりと広間が震える。
『奇跡』?
聞きなれない言葉に首を傾げているのはわたしだけかしら?
姉上達の様子を伺っても、皆ある程度予想ついてるみたいだし。何のこと?
「『奇跡』とは、外つ国で言われている御伽噺の、でございましょうか」
半信半疑と言った様子で問いかけたのは麦の兄上。
質問に現は――『壱の神』は鷹揚に頷く。
「『遥か昔に神が人々に託したといわれる大いなる力。それは十二の宝石に姿を変え、同じ人数の魔導士によって守られているという――な。もっとも、我はそのようなものを授けた覚えは無いが』」
くつくつと笑う『壱の神』。
現の姿でそういう笑い方しないで欲しい。すっごくいじわるそうに見えるから。
「『その「奇跡」だが。正直興味も何も無かったが、気が変わった。
我が器に関わった以上、放置はせぬ』」
喉の奥で笑って、彼女は立ち上がり、告げた。
「『世に散らばる「奇跡」を、現の下へすべて集めよ』」
はっきりとした命令に、集まった一同は困惑の色を濃くする。
多分正直……面倒くさいと思っているんだろう。
他者の評価は気になるけれど、他所は他所と考える国民性。
大陸から適度に離れた島国であることに加え、大陸のヒトたちと寿命が違う故に、引きこもりがちな『わたしたち』にとって、他所の国に行って探しモノをするというのは非常に面倒なことだ。
でも、『わたしたち』にとって『壱の神』は絶対の存在。
比喩でもなんでもなく命を握られている。
ざわつく人間達に、神は酷薄なほどに優しく微笑む。
「『いつまでもあのままにしておく方が惨いだろう?
しかし見つけたのが妹とは、つくづく血の絆と言うものは面白い』」
言われたことばの意味を正しく理解したものが、果たして何人いただろうか。
しんと静まり返った広間の中、誰かが息を飲んだ音が妙に大きく聞こえた。
「壱の神?」
「……『見つけた』のが『妹』?」
繰り返す兄上の顔は真っ青。
「『そうだ』」
肯定する神は、彼らの反応すら楽しむ口調で告げる。
「『十二に分けられた「奇跡」は今上の妹――想だ』」
断言に、ざわめきが大きくなる。
今上……姉上の、妹?
――『長女の琴、長男の風と次男の麦、次女の想。そしてお前達といったところか』。
それは、かつて聞いた言葉。
なのに今の今まで、ずっと五人兄弟だと思っていた。
普通、兄弟は数字をつけて呼ばれることが多い。
姉上と風兄上を例にとれば、男女別に一の姫や一の皇子。生まれた順番に一の星、二の星。現は末っ子で女の子だから末姫。
姉上たちがくどいくらい現を末姫と呼ぶように徹底していたから分からなかった。
あの子が末姫と呼ばれる限り、上に何人居るか分からない。
今ここにいいない二番目の姉の存在を誤魔化すために、あの子を末姫と呼ぶよう強制した?
「壱の神」
姉上の固い声に意識を戻される。
白い顔に表情は乏しく、見慣れない顔は怖い。
「石になったと言うことは……想は」
「『案ずるな、生きておる――今のところは、な』」
くつとまた喉を鳴らして神は笑う。
「『欠片とはいえ、我の元にあるうちは留めおこう。すべての欠片を集めれば、甦らせてやらぬことも無いぞ?』」
「……姫に害なした不届き者は」
唐突に響いた声は誰のものだろう?
若い男の声。七夜の当主の中に年若い者もいたはずだけど。
けれどわたしが声の主を探すより早く、神は素っ気なく知らぬと答えた。
「『我は全知でも全能でもない。されど集めるうちに知れようぞ。せっかく分けたものを集めようとする者達を無視することが出来ぬのならばな』」
返事はない。
壱の神は言うことは言ったとばかりに隠れられてしまって、現の健やかな寝息が響く。
その後、間もなく集められた者達は解散された。
長くかかるだろう『奇跡』の収集という役目を与えられて。
現の目覚めを待つのも惜しいと思ったんだろう。
姉上達は旅に同行していた昇と真琴、それに福川の翁を呼び出し話を聞いて、策を一つ練られた。
現に『奇跡』を渡した人物――南梨惚兵衛の屋敷にいる朧を宮中に呼ぶことを。
だけど、いきなりそんなことをしたら怪しまれる。
故にその地を治める火影七夜がまず呼び出し――現当主は好色で有名だから、少しでも噂になった娘を呼び出すのはおかしいことじゃないらしい。大人の世界って分からない――その後、さらに噂を聞きつけた昴が興味を持った、という話に持っていくらしい。
時間はかかるけれど、それが一番疑いをもたれずに事を穏便に済ませることが出来るからと。
多分、一番ばれちゃいけないのは星家の姫が外を出歩いていることだろうから、そこだけ何とか誤魔化しちゃえばいいんじゃないのかしらと、わたしは思うのだけど。簡単にいかないくらい難しいことなんだろう。多分。
現から聞き出した情報から考え出された作戦みたいだし。
あのときみたいに素直に琴を習おうとするなら、朧がここに来ても良いかもしれない、なんてちょっとは思ったりもした。
もっともっと女の子らしく、姫らしくして欲しいのに。妙なところで凛々しいんだもの。
だからおじいさまに男の子として生まれればよかったのにって言われ続けるんだろうけれど。
それから、特に変わったことはなかった。
『奇跡』探しはおおっぴらにはせず水面下で行い、現は現で誰にも代わりが出来ない全国行脚を続けたし――火影七夜が頑張ってるみたいだという話だけは聞いた。
再び、現に朧の話が切り出されたのは一年以上経ってからのこと。
何とか口説き落として火影七夜の元へ来させた朧が、体調を崩して実家に戻されたらしい。しかも、再び城に上げることをかなり渋っているとか。
そこで火影七夜はとうとう早めの札を切った。
朧の琴の腕は昴の耳に入り、一度聞いてみたいと仰られた――と。
そこで、真実味を増すために援護が欲しいと言われたらしい。
つまり昴の信任厚い、福川家の――現といつも同行している福川幸正からも一言言って欲しい、と。
最初に会ったのが福川家の姫――福川夢を名乗る現――だから、そこからも話を聞いていたと言うことにしておきたいと言うことらしい。
次に向かう寺社から少し足を伸ばせばいいということと、先述の理由から三度現は彼女に会うことになった。
道中、わたしはとても不安だった。
――二度とここにきては駄目。
二度目の別れ際に言われた言葉。切羽詰ったような朧の顔が妙に強く思い出されて、嫌な予感は消えなかった。
街に着いて南梨の屋敷に向かおうというところで――それは来た。
悲鳴と怒号、そして上がる火の手。
この国では久しく起きることのなかった『戦』。
……これらは仕組まれていたことだった。
外敵に晒されやすい港や、大陸に比較的近い地域ではない内地に、他国の軍が攻め込んでくるなんて、こちら側からの手引きが無ければ出来ないこと。
無目的に暴れているように見せかけて、でも朧を――彼女が持っていた『奇跡』を狙っていたこと。
手引きをした者が誰だったのかは未だに分からない。
けれど、その相手も想像しなかったろう。
星家の姫が襲われた街にいたことなど。よりにもよって彼女を――現が大怪我を負うことになろうなんてことは。