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ソラの在り処-暁天-

夢の続き

 叔母に会うためのはずだった旅立ちに、なぜかラティオのお使いがくっついてしまったが、とりあえずの目的地、シックザールへは着々と近づいていた。
「今日はあの町で一泊します」
 プロキオンが指差すのは高い塀に囲まれた都市。街道沿いにあってなお大きいといえる規模の街だった。
「にぎやかそうね」
「この辺りでは三番目くらいに大きい街らしいですよ。
 それに確か、今はお祭りの時期ですから人も増えてるでしょうし」
「お祭り?」
 楽しそうな単語を聞いてポーリーの声が華やぐ。
 行きたい見たいと訴える瞳に、プロキオンはあらかじめ調べ上げていたことを返す。
 聞かれそうなことを調べておくのは当然なのだ。
「ルペルカリア祭というそうです。豊穣を願う祭りで屋台も多く出るそうですよ」
「ふぅん」
「後で月の君とご一緒に見に行かれてはいかがですか?」
 くすくすと笑いながら言うスピカ。
「むしろ言われる前に誘えノクティルーカ」
 うりうりと肘で弟子を小突くミルザム。
 楽しそうなその様子に殿を勤めるサビクは寂しく空を仰いだ。

 宿を取った後、さあさあと追い立てられるようにポーリーとノクティルーカは祭りに向かった。
 にぎわう祭。華やかな衣装。どこからか響く楽の音。
 物珍しさと高揚感に、ポーリーはきょろきょろと周囲を見回す。
「あんまり離れるなよ」
 はぐれるぞとの彼の声。
「うん、分かってる」
 返事がちょっと上の空だったと見破られたのだろう。
「え?」
 突如引っ張られる感覚に顔を上げれば、かなり近いところにノクティルーカの顔があった。
 目覚めた日から変わらぬ鉄面皮。なのに肩と背に感じるぬくもりはとても暖かい。
「はぐれたいのか?」
「……嫌」
 かろうじてそれだけ返せば、ぬくもりは離れていった。
 斜め後ろから見る顔は表情なんて伺えなくて――相変わらず無表情なんだろうけど――悔しい。こっちはこんなに恥ずかしいのに。
 とはいえ、このままここで立っていては本当にはぐれてしまう。少しむくれながらもポーリーは小走りでノクティルーカの後を追った。

 吟遊詩人の奏でる恋の歌。大道芸たちのすばらしい技。
 それらを横目で見つつポーリーは笑う。
(だからお祭りって楽しいのよね)
 そうしてきょろきょろしているうちに気づいたことがある。
 大体の祭りでは小さな子供の姿が多いものだが、ここでは少ない。
 そういえば、プロキオンは『恋人たちの祭り』って言ってたかしら?
 思い出して道行く人たちを見れば、確かに恋人らしい男女が多い。
 仲睦まじく歩く二人がいれば、明らかに緊張でがちがちになっている二人や、互いしか見えていないのではと疑うような二人もいる。
(恋人、か。わたしたちも、そう見えるのかしら?)
 ほんのりと頬が熱を帯びる。
 『兄上ってばポーリーにべたぼれだからねぇ』
 思い出したのは、ノクティルーカの弟ソレイユが言った言葉。
 本人に真偽を問いただしてはいない。許婚だということの確認も取っていない。
(もう少し、勇気があれば、聞けるのに)
 隣を歩く彼の左手をじっと見てみる。
(手、つなぎたい、な)
 そうっと右手を伸ばして、けれど指先は宙で止まったまま。
 指を伸ばして、でも掴むのは空ばかり。
(大丈夫、よね? びっくり……は、されるかもしれないけど、嫌がられたりはしない……よね?)
 どきどきと早まる鼓動。なんどもなんども指を伸ばしては戸惑い。
「ポーリー?」
 急に黙ってしまった彼女を不審に思ったのだろう呼びかけ。
「な、なに?」
 慌てて伸ばしていた手を引っ込めて問い返す。
「人に酔ったか?」
 ノクティルーカは相変わらず鉄面皮だけれど気にかけてくれていることは確かで。
「ううん、や、うん……ちょっと、疲れちゃったかも」
 どもりがちに答えれば、手のひらが差し出された。
「え?」
「はぐれたら大変だろ」
 それは、手を繋いでいいということ。さっきから望んでいたことへの許し。
 だというのに、なぜかポーリーは両手で彼の腕を掴んでいた。
 双方に落ちる沈黙。
「……まあ、捕まっててくれればいいんだけどな」
「……うん……こっちのほうが、いい」
 照れと、それだけではないなにか――呆れに近いもの――を多分に含んでの会話。
「で、どっちに行きたいんだ?」
「おなかすいたから、おいしいもの食べたい」
「じゃあとりあえず歩くか」
 合わされる歩調。視線は下に落としたままポーリーは考える。
(腕なら組めるのに……どうして手を繋ぐのが恥ずかしいんだろう)
「そこのおじょーさん、何か買っていかんかね?」
「彼氏に買ってもらいなー」
 屋台の売り子の声はにぎやか。けれど先ほどまでと違い、ポーリーは顔を上げることなく腕に力をこめる。
 なんだか分からないけど、なにか納得いかない。
 楽しい祭りにもかかわらず、そんな気難しげな顔をして。

 適当にふらっと見て回った後、ポーリーは一人ベンチに腰掛けていた。
 あまりにも無口になってしまったため、本格的に体調を崩したと思われたらしい。
 何か買ってくるから動くなと言われ、飲み物を手渡されたのが少し前。
 そういいつけられてしまったポーリーはというと、もちろん膨れていた。
(一緒に見て回りたかったのに。……心配してくれてるのは分かるけど)
 手渡されたカップをちびちびと傾ける。この辺りで咲く花の蜜のジュースはほんのり甘くておいしい。
 こくんと飲み干して、ふぅと小さく息をつく。
(どこまで行ったのかな)
 もうと思うかもしれないけれど、待ちくたびれた。
 ここ最近ずっと一緒にいたせいか、離れていると少し不安だ。ましてここは知らない町だから。
 自然とうつむいた視界。そこに、見慣れた靴が入ってきた。
「ルカ」
「少し寄ってくれ」
 言われるままに少し移動してスペースを作れば、そこにノクティルーカが腰を下ろす。
 手にしていたのは小さめの袋といくつかの器。随分と器用に持つものだ。
 器のひとつを差し出されて受け取る。
 中身は具沢山のスープ。おいしそうに湯気が立っている。
 わぁと小さく歓声を上げ、早速一口と思ったところで声がかかった。
「ポーリー」
「え?」
 あげた顔の前に摘まれているのは茶色の丸い物体。
 パンにしては小さいからお菓子のようなものだろうか。
 療養生活中につけられた癖もあってか、彼女は素直に口をあける。
 放り込まれたお菓子はほんのり甘くてパンに似た食感がした。
「美味しい! なあにこれ」
「カステラっていうらしい」
「へー」
 差し出してもらったカステラを摘んでもう一個を口に放り込むポーリー。
 思わず笑みが出てしまうくらいおいしい。
 もう一個、と手に取ってからふと気づいた。
「ルカは食べないの?」
「ん? まあひとつくらいは」
 全部食べるなよと言われたようでむっとする。ならばとポーリーはちょうど摘んだカステラを持ち上げた。
「じゃあ、あーん」
 差し出されたそれに返されるのは怪訝な視線と問いかけ。
「……ポーリー」
「なぁに?」
 にこやかに答えているが、ポーリーは少し怒っている。
 食べてしまってから気づいたけれど、人前でこんなことをしでかしたノクティルーカに。
 自分がされて恥ずかしいことをしたのだから、これはお返しだ。
 とはいえ、一言『ごめん』と謝りさえすれば許す程度の怒り。
 けれど、ノクティルーカはポーリーの予想を裏切って、ぱくんと菓子を口に含んだ。
(とっても普通に食べちゃった。もしかして、そんなに恥ずかしいことでもないのかしら?)
「ん、結構うまいな」
「でしょ。もっといる?」
 もうひとつ摘み上げてみせると、今度は自分の手でカステラを摘むノクティルーカ。
 さすがに二度目は勘弁して欲しいらしい。
 なんだか楽しくなってきて、ポーリーはくすくすと小さく笑い声を立てた。

「で、どうする?」
「微笑ましいではないか」
「いやだから」
 ポリポリと頭をかきつつ、ミルザムは隣にいるスピカに言った。
「どうやって呼ぶ?」
「……あの空気を壊せというのか?」
「……壊さなきゃ、連れ戻せないぞ。いい加減、夕食の時間だし」
 そうして二人は沈黙する。
「おぬしが行け」
「ノクティルーカに恨まれるのはごめんだ。お前のほうが適任だろ」
「では、負けたほうが呼びに行くということで」
「仕方ないな」
「じゃーんけーん」

おしまい

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