【第九話 開示】 7.思惑と策略と
わいわいがやがやといかぬまでも、意見を交し合っているのは自分よりも遥に年上の面々。
話し合われているのは、先刻、昴が言った『バァル司祭の身柄引き渡し』について。
問題点は一つ。
何で俺が呼ばれているんだ。
もちろん頭など抱えることが出来ず、胸中でのみノクティルーカは考える。
自分だけ呼び出されたと思ったら、なんだこの圧倒的なアウェイ感。
七夜は全員で七人いるとのことだったが、現在ここにいるのは五人。
勅命により、現姫――アースを迎えに帰った鎮真と、もう一人誰かがいない。
正直、一人一人紹介されたわけではないから、名前が分からない。
だが自分が呼ばれた理由は分かる。
後継者の婿なんて、権力を握りたい者達からすれば、邪魔以外の何物でもないだろうから。
「して、使者として誰が赴く?」
その問いかけに場が静まり、ノクティルーカも自身の思考から聞く態勢に戻る。
「我らのうちから選んでよいのか?」
揶揄するように言う月白七夜。
表面上は、星家のことにしゃしゃり出るとまた厄介ごとになりかねないという発言。が、実際にはどこの家のものが使者を務めるかを七夜内でも揉めるから、星家に任せればいいということだ。
裏のことはアースからも少し聞いているため、ノクティルーカにも考えが読める。
「しかし何分、国交などない相手。
ことの重大さを知らぬ者達に門前払いされるやも」
懸念を示す梓七夜に、潮路七夜は冷笑を返す。
「知れたこと。そうなったらそうなったで戦を」
「流石に外つ国すべてを敵に回す気はない。
一度なりとも、確実に書状を渡さねば」
慎重論は時世七夜からなされた。
ノクティルーカもほっとする。と同時に本当になんでこの場に呼ばれたのやらと考える。
俺の意見を採用して、そのために失敗したと思わせる、とか?
何せ、こういった場にはなじんでいない。
「月の君のご意見を伺いたい」
ほら来た。
発言の主は鉄七夜。値踏みする視線がこちらに集まる。
「そうですね。やはり確実に受け取らせた、という事実は有利に働くかと」
後で『そんな書状は届いていなかった。侵略者だ』と喚くことはあるだろう。
そして、どんな屁理屈でも大義名分がある限り、ソール教は相手を『神に敵対するもの』として扱う。そうなれば周辺国はそれなりに出兵せねばならず、敵の数が増える。
ここの人たちはどうだか知らないが、戦は当事者だけのものではない。
それに乗じて攻め込もうとする国は多いのだから。争っている二国が互いに消耗したところで、横から来た国に両国ともやられてしまうことだってあるのだ。
そういった内容を説明すれば、時世七夜が重々しく頷いた。
「やはり教会のみに送ったのでは握りつぶされる可能性もある。
ならば我らが進軍する先に在る他の国にも同じ書状を送ってはいかがか?」
「成る程。我らの行く手を阻むならば、貴国も敵とみなす、と」
「そう、我らの目的はあくまで一人の司祭の身柄。法皇でも、まして神でもない」
それはもう狡猾な笑み。
ただ、政治の場では必要なのだろう。清濁を併せ呑み、強かに生きることが。
「結局は元に戻るが、使者はどうする」
「先程の案でいけば複数国に出すことになる。こちらは我らの配下から選べばよかろう。しかし」
教会への使者をどうするか。
門前払いを食らわせることなく、法皇へ書状を渡せるような相手。
そういえば、セレスタイトは法皇に会ったと言っていたなと思い出す。
もっとも仕切っていたのはバァルだったらしいが。
そこまで考えて、適役を思い出してしまった。
国を裏切る……いや、身内を裏切るようなことはしないだろうし、この大事の使者としての身分は問題ない。
それに何より、教会側が無下にしない。よって、書状は確実に届けられる――少なくとも、受け取ったと周囲に示すことは出来る。
言うべきか、言わざるべきか。
「月の君、何か良い案でも?」
またしても鉄七夜が問いかける。
……問いかけのタイミングの良さに、そんなに分かりやすいのかと少し思いもするけれど、ノクティルーカはしれっと返す。
「いえ。私はまだこの国のことがよく分かっておりませんので」
加えて、昔父が言っていた使者の条件――忠誠心に篤く、しかし状況を見極める目を持ち、冷静に対処できる人物――を述べた。もちろん、父から聞いたという話もすべて含めて。
真正面から張り合うにしても、経験値が圧倒的に足りない。そんな状況でケンカを買い続けていたのではどうしようもない。
本当に譲れないことでない限り、無駄なケンカを買うつもりはない。
試されるだろうというのは、うすうす感じていたことだし。
ノクティルーカの返事をどう思ったのか、七夜たちはでは決められることから決めていこうとばかりに、また会議へと戻った。
「そういう話をしてたの」
ほっとしたような、でも複雑そうな顔でポーリーが言う。
ノクティルーカだけ連れて行かれて、かなり不安があったのだ。
もしルカに何かしたら許さないんだから!と決意を込めていたことは本人には言わない。
「でも使者決めるのって大変そう。ルカも止められたんでしょ?」
「ああ。何人たりとも通さんって言っていたしな。
使者だって言っても通されないだろうし、だとすれば法皇は知らんふりできる」
「『部下が勝手にやったことだ』って?」
ああ、この辺はポーリーも分かってるんだなと思いながら、ノクティルーカは頷く。
「ただ……心当たりがないわけじゃない」
「え?」
「使者のことだ。つまり、相手が絶対に迎え入れるような使者なら、確実に渡したとこっちは言い張れるからな」
「ソール教会が迎え入れたいと思う人?」
小首を傾げる姿は愛らしいとしか言いようがないが、今はそんな状況じゃない。
じらしてもあまり意味がないため、答えを告げる。
「グラーティアだ」
「あ!」
ポーリーも今気づいたというように手を打つ。
「そっか。今、ラティオは教会にいるんだものね。
ラティオを厄介だと思っている人たちは、グラーティアを人質にして動きを封じたいと思う」
「そういうことだ」
まあ、ラティオは絶対に教会上層部から煙たがられているだろうし。
それにグラーティアだって星家とやらの一員のはず。
なら、使者としての体裁は整いやすい。ただ……確実に危険な任務になる。
「普通なら、危険な任務って聞けば尻込みするだろうが、教会のこととなると突っ走りそうだからな」
「うん、兄妹よね」
ポーリーが同意したことで、ああ共通認識なのかと思い知る。
あまり危ないことはさせたくはないが。
「では、彼女に使者を依頼しましょう」
決められてしまった。
割り込んできたのは昴。決定権を持つ人物に、言い切られてしまった。
「突然すみません。姫とお話がしたくて」
弱々しげに言う姿は『龍田』の時を思い起こさせる。
「ですが、ちょうど良い形で使者を決めることが出来ました。
月の君から祝君にお伝えください」
やっぱりかと思いつつ、ノクティルーカは頷いた。
告げたら、きっと了承されるんだろうなと思い、彼女の兄の怒り顔が目に浮かぶ。
せめて、彼女の安全が少しでも確保されるよう願おう。
ああそうだ。レイにやらせよう。
そうして、あっという間に決まった『使者』の話はグラーティアたちへと伝わり、文書が届けられると同時に、嬉々として旅立っていった。