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ソラの在り処-暁天-

【第九話 開示】 5.真贋

 こうして、宮中が上へ下への大騒ぎになるのはいつ以来だろうか。
 いや……そう昔のことでもない。
 まだ若い鎮真を除く七夜の面々にとってはたやすく思い出させる出来事。
 先の昴――当時はまだ朧姫――が見つかったとき。
 否。
 姫の発見よりも、現姫が害されたこと……それにより引き起こされた忌々しい出来事の数々が思い出された。
「まったく……いつも我らが割を食う」
「そう言うな」
 一人は憎憎しげな顔で言うと、もう一人は笑う。
「ようやく戻ってきてくださったのだ」
 くつくつと笑うのは月白七夜。
「そうとも」
 同意を示す火影七夜は珍しく上機嫌。
 鎮真はというと、静かに静かに沈黙を守っていた。
 今ここで腹の探り合いなどしたくない。
 すぐに、嫌というほどに行われるのだから。

 一方、ポーリーは……待ちぼうけを食らっていた。
 広い広い部屋に通されて中央で座ったまま、この宮殿の主を待っていた。
 シチュエーションとしては、鎮真に面会したときとほぼ同じ。
 違うことは規模と、隣にノクティルーカがいないことくらいだろう。
 今回彼は少し後ろに龍田の隣に座している。
 さらに後ろにはプロキオンと、合流したスピカ。
 そういえば、スピカはなんだか顔色が悪かったけど大丈夫かしら?
 考え事をしていると、入り口付近で男の声。
 それから複数の衣擦れの音。誰かが着たみたいだ。
 なんだかずるずるとして動きづらい服装がこの国の正装らしい。
 生まれ育った国ではそんなことがなかったため、ちょっと驚いてしまう。
 裾、踏んだりしないのかしら?
 そう思ったけれど、ポーリーは顔をまっすぐ上げたまま、未だ主を待つ空席を見る。
 貴女様が頭を下げる必要はありませんといわれていたためだったのだが、あえて顔を見せることも目的だったのではないだろうか。
 入ってきた人物が合計で何人いるか知らないが、動揺の気配だけは伝わった。
 鎮真と同じように、驚いているんだろう。
 年を経て、ポーリーはかなり母親に似てきていた。
 まして笑わずに厳しい顔をしていれば、かつての『昴』を思い出しても仕方あるまい。
 そして、とうとう告げられた。昴の入室が。

「面を上げよ」
 言葉を紡ぐのは、昴のそばに控えている男性。
 昴本人は、御簾の向こうで身動き一つ取ることなく座している。
 ポーリーをはじめ、全員が顔を上げるのを待ってから、再度男性が口を開く。
「そなたが、導姫か」
「はい」
 凛と響く声に返る、小さなさざめき。
 ノクティルーカにはこの反応が分からないが、スピカも一瞬動揺した。
 今まで一度も思ったことがなかった。
 場の雰囲気、というものかもしれない。
 さきほどの声は、かつての主に――ポーリーの母親に、とてもよく似ていた。
「此度は急な上洛であられたが、どのような用件で参られた」
 思い切り意訳すれば、『急に来るんじゃねえ。一体何しに来た』といったところだろうかとノクティルーカは解釈する。
 成人したら旅に出て、手柄を取るまで返ってくるなという国の――しかも王族だったため、この手のことは結構見聞きした。
 大手柄を上げて帰って来ても、お前本人かと怪しまれることは多々あったのだ。
 無論本心からのものと、本人と分かっていて偽物と決め付けるときもある。
 そして今回、ポーリーの場合は後者。本物と分かっていて偽物にしたいのだろう。
 一方、七夜側は早々にこの茶番の意図を悟った。
 この姫が本物であろうと、偽物に仕立て上げたいのだと。
 なぜなら以前は……現姫がこの宮に居られた時には、昴は導姫のお戻りを常々願っておられた。
 気が変わったか、それとも周囲の者に言いくるめられたか。
「叔母の冤罪を晴らすため。そして――母の遺言に従い、戻ってまいりました」
 そういいきった姿は、かつて『導を自身の手で封じた』と言い切った現ことアースにとてもよく似ている。
 当時を思い出してか、七夜の面々の幾人かは渋面を作った。対照的に楽しそうに笑ったものもいたが。
「しかし……失礼ながら、『本物』の導姫だという証拠はございますか?」
 そう問いかけたのは七夜の反対側に座る貴族の一人。
 無論、そう来ることは分かっていたため、ポーリーはあらかじめ用意していたものを示す。
「母から受け継いだ宝珠。曽祖父から託された剣。そして鏡です」
 絹の布地の上に置かれた宝具に、男性は少しひるんだ様子を見せた。
「三種の神宝」
「これ以上ない印だな」
 こそりとした声に厳しい視線。
 睨んだほうには明らかに余裕がなく、睨まれた七夜――強面の壮年男性――は飄々としている。
「それが、真の神宝だと?」
『我らを疑うか』
『無礼な』
『腐ったものよのぅ』
 突然響いた声にポーリーは目を瞬かせる。
 部屋にいた幾人かは同じように瞠目し、渋面を作っていた。
『導よ。我らの正統な持ち主よ』
『我らの声は誰にでも聞こえるものではない』
『しかし、星家に連なる者が我らの声を聞けぬとは、面妖なこと』
「三種の神宝はこの宝物殿にある。そのようなものが証拠になるものか」
 嘲る言葉は、先程真贋を問うた男のもの。
「姫の名をかたるとは不届き千万」
 悪意ある決め付けにプロキオンが口を開くより早く、女性の声が響いた。
「そうして、星家をないがしろにしてきたのですね」
 諦めたような、疲れたような口調で、隠し切れない怒りの篭った――龍田の声。
「無礼な」
「無礼なのはそちらでしょう」
 今までのおどおどした態度からは想像できない気丈さで、龍田は立ち上がり訴える。
「皆、導姫が本物だと分かっているのでしょう。
 その上で、正統な姫を損なうつもりですか!」
「世迷いごとを。即刻この無礼者を」
「とんだ茶番だ」
 男の言葉を遮っての、吐き捨てるような物言い。
 発言の主は先程の壮年男性。
「全く。姫の名をかたり、神宝まで」
 同意を得たりという様子で話し始める男だったが、壮年男性の鋭い視線に言葉を飲み込む。
「貴殿が仕える主はどなたか」
 唐突な問いに、男は怪訝そうな顔を見せる。
 元々、星家と七夜は犬猿とはいかぬまでも仲は良くない。
 馬鹿にされたと思ったのだろうか、怒りに顔を染めて答える。
「昴に決まっておる!」
 返答に、壮年男性は深く息をつくだけだった。
 見れば隣の、ジェイ・ブルーの髪の壮年男性も呆れたようにしている。
 そして、ひょうひょうとした口調で問うたのは髭を蓄えた男性。
「貴殿は自らの主の見分けもつかぬのか」
 呆れたような声に、今度こそ男は絶句した。
「時世、月白、潮路……わたくしが、分かるのですか?」
 あっけに取られたような口調は、立ったままの龍田からなされた。
 話についていけなかったノクティルーカにもようやく読めた。
 少し遅れてポーリーも理解した。
 何故スピカではなく龍田が今回着いてきたのか。
 あれほどまでにアースがポーリーを頼むといっていたのか。
 当然といった様子で名を呼ばれた者達は応え、分からなかった鎮真は青を通り越して白くなっていた。
「ならば」
 震える指で龍田は示す。ポーリーを陥れようとした男、そして、自分の場所を奪ったものを。
「不届き者を、直ちに捕えなさい」
「無礼者! 昴の御前で何を」
「そのわたくしを落としいれ!
 今もまた導姫を落としいれようとする者達を捕えるのです!」
 悲鳴のような龍田の声に応え、七夜の幾人かが男を捕え御簾の向こうで怯えていた少女を引きずり出す。
「時世七夜っ」
「勅命とあれば従わざるを得まい」
 しれっと答える壮年男性。対して、公家側はかなり混乱している。
「何をする無礼者!」
 しかし少女の姿を見た途端、幾人かが目を見張る。
「なに?」
「気づいたか、うつけ者どもが」
「先代の昴は早世された。
 が、それも仕方ない。他の血が入り寿命が違う故に」
 ならば、その娘も。
 声にしないまでも分かるだろう。故に、公家らは沈黙する。
「昴と姫の御前を汚すわけには行かぬ。もっとも……極刑は免れぬだろうがな」
 時世七夜の宣告に、男は悔しげに唇をかんだ。

 一連の捕り物を目にしてポーリーは考える。
 すんなりいくとは思っていなかったけど、予想外のほうに転がってた。
 それからもう一つ。これから先も、すごく大変そうだな、と。

 ノクティルーカはノクティルーカで考える。
 政に関わったことはあまりない自分だが、そんなことで甘えていられないだろう。
 権力闘争はどこも激しいものだという。
 それらからポーリーを支え守り、ともにいるために何をすればいいだろうかと。