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ソラの在り処-暁天-

【第九話 開示】 4.名乗りを上げよ

 行程は極めて順調に進み、夏の盛りを過ぎた頃には都へ着いた。何事もなく。
 初めて見た都は、すっきりしていてどこか懐かしい。
 大通りは土のままだけどしっかりと踏み固められており、道行く人々の表情も明るく活気がある。
 珍しさにあちこち見てみたい気もするが、そうはいかないだろう。
 大きなお屋敷に前のほうの人たちが吸い込まれていく。
 あそこが終着なのだろうと見当がついて、ノクティルーカは軽く息をつく。
 こんなに順調な旅はほぼ初めてといっていい。
 途中魔物が襲ってこないのかとも思ったが、聞いたところによると、これだけの大人数になると逆に襲われにくいらしい。
 確かにここまで通ってきた道は、しっかりと整備された広い道だった。
 不思議なのは、町を守る高い塀がないこと。
 自分達の国では、どんな小さな町でも簡易な塀で町と外とを区切っているのに、こちらではそんなこともない。
 違うといえば地形もだろうか。平野がない気がする。山は目立つし……ここにくるまでに一体いくつの山を越えてきただろう?
 人々が門をくぐり、順に荷を降ろしていく。
 ばたばたと動き出す人々をなんとなく眺めるノクティルーカ。
 さて着いたはいいが、ここからどうするのだろう?
「月読、一色」
 呼ばれた名に振り向けば、この一団を束ねる河青が呼んでいた。
「みちびき、龍田両名とともに来い」
 口調は普通に命令の形を取っているが、表情がかなり引きつっている。
 ごめんなさいと顔に大きく書かれているようで、こちらがつい苦笑を浮かべそうになってしまう。
 もちろん、そんなことはおくびにも出さずに部下らしく命令を受け、ノクティルーカはポーリーたちの元へと向かう。
 自分達を呼び出すということは、何かがあるということだろう。

 何かはあるだろうと考えていたが、呼ばれた部屋に入った瞬間に土下座されるとは思ってもみなかった。
「え……と」
「姫宮や婿殿への数々の無礼、どうかお許しください」
「無礼というか、仕方ないことだろ」
 何とか気を取り直してそう告げても、河青は納得できないのかしかしと続ける。
「家臣の礼をとらせるなどと……」
 本当に真面目なんだなこの人。
 多分、誰もが同じ感想を持ったとき、からからとした笑い声が響いた。
「逆に困らせておるぞ、武田の」
 そう言ったのは部屋の奥にいた人物だった。
 大分年を召しているようで、髪も髭も真っ白。しわが刻まれた顔をさらにくしゃくしゃにしてにっこり笑う。
「こうして会うのは初めてじゃな、ちい姫。
 昔の琴よりは優しい顔立ちじゃな」
 誰だろうとポーリーは首を傾げる。
 彼女のそんな反応に対し、何か言いたそうな顔で河青が老人を見やったが、彼は気にした様子もなく上機嫌で髭を撫でていた。
「福川殿。あなたもちい姫様を困らせてます」
「おお。そうじゃな」
 プロキオンの呆れたような言葉に、ようやく老人は気づいたように手にした扇で自身の額をぺちっと叩き、ポーリーに向き直った。
「某は福川幸正と申します。姫様のご尊顔を拝し奉り、誠に光栄の至り。
 この老僕には余りある幸せ」
 真面目な顔でそうして頭を下げ、茶目っ気たっぷりに笑って顔を上げる。
「フクガワ……さんは、もしかして『じいさま』?」
 何か思い当たることがあったのか問いかけるポーリー。
 言われた幸正の方はびっくりした様子で、照れくさそうに笑った。
「いやはや……姫様は、まだわしをそう呼んでくださっておるのか」
 話が分からず、置いていかれてるノクティルーカに気づいたのか、ポーリーがそっと耳打ちしてくれた。
「アースが小さい頃一緒にいてくれた、おじいさんみたいな人なんだって」
 なるほど。それで嬉しそうにしているのか。
 部下だけど、今でも慕ってくれていることが、嬉しいんだ。
「さて……積もる話はのちのちすればよいの。
 迎えに参りました」
「迎え?」
 どういうことだろう?
 鎮真が来るまで、ここにいればいいんじゃないのだろうか?
「あまり真砂に肩入れするわけには参りませんゆえ、どうぞ我が家へ……いえ。
 姫の曽祖父のお屋敷へお連れするよう、姫から承っております」
 命令を下したのはアースで、ポーリーをひいおじいさんの家に連れて行けということか。
 だんだん、実感とともに緊張感がわいてくる。
 これからすることを考えれば、嫌でも。
 しかし、当の本人はとても軽く行きたい会いたいと訴えて、あっという間に屋敷を移ることになった。

 半月には少し足りない。そんな月が煌煌と庭を照らしていた。
 昼間に見たときには殺風景だなと思ったものだけれど……これはこれで味があるのかもしれない。
 与えられた部屋で、ポーリーはボーっと庭を眺めていた。
 蚊帳というらしい目の細かい網状の囲いは虫を寄せ付けないための工夫だとか。
 ゆらゆらと残る煙も同じ効果を持つものらしい。
 確かに、蚊に刺されないのはありがたいけれど……風の少ない夏の夜は寝苦しい。
 のど、渇いちゃった。
 人を呼べば持ってきてくれることは分かっていたけれど、廊下を行きつつ庭を眺めるのもよさそうだと思って、ポーリーはそっと寝所を抜け出した。
 この屋敷に来て、彼女は曽祖父に会ったが、それだけだった。
 幸正とは対照的に頑固そうな曽祖父は、曾孫を前にああそうかとだけ言った。
 かなり高齢だろうに眼光は鋭く、周囲を萎縮させてしまうような人。
 元々、人嫌いの気があるといわれて納得するような。
 その曽祖父が唯一気にかけていたというのがアースらしい。
 もっとも、その理由が『なぜ男に生まれなかった』というのだから、本人も喜んでいるか分からないが。
 鎮真が到着するまでは確実にここにいること、七夜が揃った時点で『お目見え』することが話されて、いよいよという気持ちはある。
 少し冷たい板の床が心地いい。
 屋敷のあちこちで火がたかれているし、月明かりもあるから足元が妖しくなることはない。
 月夜の散歩、なんてね。
 なんだか楽しくなってくすりと笑う。と、どこかからか声が聞こえてきた。
「いよいよ、といったところじゃな」
「はい」
 問いかけたのは老人の声。まだ高さを少し残した少年の声が返事を返す。
 ユキマサとプロキオン?
 会話の主に察しがついたが、果たして内容を聞いてしまってもいいものか。
 ためらったのは一瞬だけ。まあいいやとばかりに足を進める。
「とはいえ……肝心の昴のお心が分からぬようではな」
「そう……ですね」
 部屋のそばを通ったときに聞こえた言葉は、とりあえず聞かなかったことにした。
 望んでいた水を貰って一息。
 さっき聞いてしまった話を思い出す。
 昴はどう思っているか。
 一回会って話が出来ればいいのだけれど、そんなことわかるわけがない。
 でも、わたしはもうここにいる。
 覚悟は決まっているせいか、焦りはまったくない。
 夜空を眺めて気合を入れていると、人の気配がした。
「ひいおじいさま」
 暗がりに隠れるようにして立っていたのは、初対面でほぼ無視された曽祖父。
 若い頃は戦士だったんだろうかと思わせる鋭い眼光。動きもかくしゃくとしていて厳しい印象を受ける。
「貴様は」
 そこで何か言いよどむようにする曽祖父。
 一方ポーリーは、妙な呼びかけられ方に困惑していた。
 貴様って……
「どちらに似るかはっきりすればよかったのだ」
「選べるなら母上に似たかったです」
 つい返してしまったのは、あまりにも拗ねたように言われたから。
 アースもこんな風に言われたのかな、と思う。
 しかし、曽祖父はポーリーの返事になぜか笑みを浮かべた。
 満足そうな、小さな笑みを。
「預かり物だ」
 そういって片手に持っていた何かを投げられる。
 布に包まれた棒状の何かが弧を描いて飛んでくるのを何とか受け止めると、曽祖父はもう背を向けて帰るところだった。
「ひいおじいさま?」
 ずっしりとした重さ。金属特有の冷たさ、それにこの形状は剣だろうか?
 こんなものを投げて寄越された意味が分からずに呼びかければ、曽祖父は一度だけ振り返り言った。
「無様は戦いは許さん」
 ただ、それだけを。
 消えていく背中を見送って、言われた言葉を考える。
 戦いって、どういうことかしら?
 周りから見れば、戦いを挑むことと同じだってことかしら。
 ああでも……アースをあそこから解放するための戦い、なら……絶対負けない。
 そう決意を新たにする。
 でも、この剣一体何なのかしら?

 屋敷で過ごすこと数日。
 最後の確認とばかりに礼儀作法を叩き込まれつつ、ふと出来た休憩時間。
 部屋にいるのは龍田と自分だけ。
 軽い気持ちでポーリーは聞いてみた。
「龍田さんはアースのことよく知ってるの?」
「え? ええ、たまに……お話してくださいました」
「ふぅん」
「姫様、は……昴になりたいのですか?」
「……うん」
 おそるおそるの問いかけに、ポーリーは静かに頷く。
「今までずっと、皆に守られてきたし、恩返しできるならしたいもの。いい昴になれればなって思う。
 それに知りたいの。母上がしてたお仕事だし、アース……じゃなかった、現叔母上がしたかったお仕事だもの」
「現姫が、したかった?」
「うん。小さい頃は『大きくなったら姉上みたいな立派な昴になるの』って言ってたって聞いたの。
 だから、なれないって聞いたときはすっごく悲しかったって。
 でも、なら姉上を助けられるように頑張ろうって思ったんだって」
「そう……ですか」
 何か考え込むような龍田の様子に、ポーリーは自分がヘンなことを言ったかと考える。
 そんなにヘンなこと言ってないわよね?
「昴になって何をするのですか?」
「なにをっていわれても困るけど。だって、どういう状況なのか分からないもの。
 でも、少なくとも……外国に内政干渉だけはさせない」
 昔……まだ本当に小さかった頃、アリア王妃の下でほんの少しだけ政治を垣間見たことはある。積極的に攻めるつもりなんてない。かといって、相手が攻めてきたときに屈するつもりはない。
 驕らず侮られず、難しいことだと思うけれど、戦争したくないと相手に思わせることが大切なんだと思う。
 そういったことを話すと、龍田はますます寂しそうな顔をした。
 けれど。
「わたしも……姫が昴になれるよう、努力します」
 そう言って、龍田は微笑んだ。
 どういう意味だか分からなかったけど、ありがとうとポーリーは礼を言う。

 盤上を白と黒の石が並ぶ。
 教えるから付き合えと、『碁』なるものをやらされているノクティルーカは頭を必死に回転させていた。
 難しい。今やっているのは『五目並べ』というものらしいが、相手の裏をかき自身を策を練り、疲れることこの上ない。……ちょっと楽しいとは思っているが。
 そこへ、鎮真到着の一報が入ってきた。
「頃合いか」
 そう幸正がいい、最後の準備が始められる。

 その日の午後、大仰な行列が宮殿へ向かった。
 昴の祖母の祖父が住まう屋敷から出てきたその行列は絢爛豪華というわけではなく、しかし立派なもの。
 今はあまり使われなくなった牛車がゆっくりと進むさまに、人々はさまざまは憶測を立てた。
「待て待て!」
 怪しいものは通さないのは当然のこと。
 まして今は七夜が揃うために警備が強化されている。この反応はあらかじめ予測されていた。
 だからこそプロキオンが前に立つ。
「一色様?」
 門番は彼の顔を知っていたらしい。当惑した表情を見せる門番に、プロキオンが鋭く言い放つ。
「門を開けよ。後星のお戻りである」
 呆ける門番を責めは出来ないだろう。
 すぐに気を取り直したように一人が慌てて知らせに入る。
 その一報が届けば、宮中は大騒ぎになるだろう。
 しばらくして門は大きく開かれた。
 ゆるりゆるりと進んでいく牛車の中で、ポーリーはじっと待っていた。
「大丈夫か?」
「うん。平気」
 気遣うノクティルーカにも笑顔を返してみせる。
「お前さ、いざって時に本当動じないよな」
「緊張してないわけじゃないのよ」
 軽いやり取りをする二人は、これから起きることが分かっているのかというくらい動じていない。
 翻って、自分はどうだろう?
 龍田はじっと自身の手を見る。
 緊張はしている。
 正直、怖い。でも……もう、逃げたくない。
 静かに深呼吸をする。
 時は来た。あとはもう名乗りを上げるだけだ。
 導が後継者として、そして自分は――責任者として。