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ソラの在り処-暁天-

【第九話 開示】 2.時を待つ

 状況に戸惑っていないわけではないが、問われたポーリーはしばし沈黙して考える。
「多分、聞きたいことはこれからたくさん出てくると思うし、聞いていた方がいいことだってたくさんあると思う」
 にぃと『神』の口の端が上がる。
 話が早くていいといったところだろうか。
「でも」
 そこで言葉を切り、ポーリーは挑むように『神』を見据えた。
「今一番聞きたいのは、どうしたらアースをここから解放出来るの?」
「『都に戻って、昴として命じるだけだよ。
 そのためには、お前が琴の娘だと証明しなきゃいけないだろうけど』」
 少し拗ねたような返答は、期待していたような受け答えではないからだろうか。
 けれど、さらに説明を求めるようにポーリーは問い返す。
「証明?」
「今、都を牛耳っている者たちにとって、彼女の帰還が望ましいとも限らないからですか」
 ポーリーに続き、問いかけたノクティルーカに返されたのは笑み。
「『今まで握っていた権力を手放すと思う?』」
「いいえ」
 素直に答えたノクティルーカに満足したように、代わってポーリーへとなされる問いかけ。
「『自身の証明って結構難しいことだよ。お前はどうやって自分が自分だと証明する?』」
 しみじみと言われた言葉は、果たして自分だけに宛てたものだろうか。
 感じた疑問は心にとどめたまま、ポーリーは背筋を伸ばして自身の胸を叩く。
「この身と形見と思い出、です」
「『ふぅん?』」
 面白いものを見る目で見られる。正直、アースの姿でそんなことしないで欲しい。
 だってすっごくいじわるに見えるんだもの。
「幸い、わたしは母上に似ているみたいですし、形見として授かったものもあります。
 それから、母上が私にだけ話して下さったことも」
 今回のようにうまくは行かないだろうけれど。
 でも……私は一人じゃない。自分だけで出来ないことは相談すればいい。
 だから怖くない。
 まっすぐ見つめ返すポーリーに、『神』はふっと頬を緩ませた。
 その笑い方は、アースが浮かべるものと似ていて、一瞬だけ呆ける。
「『万一、うるさい奴がいたら、呼べばいい』」
「え?」
 表情に気を取られていて何を言われたのか、理解するまで時間がかかって。
 けれどそんなポーリーに『神』は鷹揚に告げた。
「『この、ぼくが――壱が証明する。お前は確かに琴の娘、導だと』」
 意味が分かって自然に満面の笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます。じゃあ早速」
「『気が早すぎるぞ。1日くらいゆっくりしていけ。そのほうが楽しいし』」
 神にまで苦笑されて、ポーリーはしぶしぶ引き下がる。
 焦ってるのは分かってる。慌てて事を起こして失敗しては元も子もない。
 けれど……
「楽しい?」
 どうしても気になった一言を問い返せば、『神』はそれはそれは楽しそうに笑う。
「『鎮真のあの胃の痛そうな顔、見たか?
 あんなに愉快な見せ物はそうないし、すっごく楽しい』」
 無邪気に笑う姿。いたずらっ子の見せる表情。
 でも、それらを浮かべているのは自身の叔母で。
「アースはそんなこと言わないもの。アースは」
 小声でぶつぶつ言いながら現実逃避を始めたポーリーを留める気はノクティルーカにもなかった。調子がくるって仕方がないのは彼も同じだからだ。
 そんな二人を眺めているのもまた、『神』にとっては楽しいことなのだろう。
「『聞きたいことがあれば、また呼べばいい。気が向いたらいってやる』」
 にっと笑う『神』に首を傾げてポーリーが問う。
「えーと、壱って呼べばいいの?」
「『そうだ。そう呼べ』」
 呼び捨てにされたにも拘らず、『神』――『壱』は何故か嬉しそうに微笑んだ。
 その笑みがどことなく寂しそうに見えて、声をかけようと思ったけれど……ふいに閉じられた目、霧散していく冷たい空気。
 ふっと小さく息が吐かれて、紫の目が再び開かれる。
 そこにはもう――近寄りがたい冷たさは欠片もなかった。
「アース?」
「『壱』ったら、ポーリーたちがかなり気に入ったみたい」
 苦笑するアースにポーリーも笑う。
 嫌われるよりは好かれていた方が嬉しい。
 アースの身体を使うのはどうにかして欲しいけど、でも『壱』は嫌いじゃない。
「壱も言っていたけど、数日は待ちなさい。辻褄があわなくなるでしょう?」
「……うん」
 やわらかな、でもきっぱりとした言葉にはうなずかざるをえない。
 助けたくないなんて人は……少なくともここにはいないはずだ。
 機を待てということなんだろう。
「さ、そろそろ宴の準備も出来てるでしょうし、行きなさい」
「アースは一緒に食べられないの?」
「ポーリー」
 仕方の無いことだと言外に言われて、でもポーリーはしゅんとする。
 ご飯は仲いい人と食べるから美味しいのに。
 拗ねてしまった姪っ子に、仕方なく叔母は声を落として提案した。
「一緒には食べられないから、せめていいもの食べてきなさい。
 ご馳走いっぱい用意してもらえばいいわ。鎮真に」
「ごちそう?」
「そう。鯛は基本ですけど、他にも色々と。
 仮にも真砂七夜が姪を招いたのですから」
 このあたり、本人に聞かせるためだろうか、妙に声が大きい。
 再度促されて廊下に出れば、案の定少々顔を引きつらせた鎮真が立っていた。
 とある筋によれば、用意された宴会の夕餉に、姫が笑みをもらすまで真砂の若き当主のこわばりが解けなかったという。

 一夜明けて、それでもポーリーはまだ少し不機嫌だった。
 今すぐ助けたいのに、助けたい本人がもう少し待てという。
 急げはいいというものでもないというのは分かっている、頭では。
 ずっと待てたアースはすごいなと思いつつ、似たような立場に立たされたノクティルーカたちへの申し訳なさも募る。
 むくれたままのポーリーに呆れつつ、今までの出来事を尋ねられるままに答えるノクティルーカ。
 聞き手に徹していたアースは、ややあって話を切り出した。
「そうだ。ノクティルーカ」
「何?」
「石を渡してくれる?」
 なんでもないようにいわれた言葉に、ノクティルーカは息を飲んだ。
 元々、自分が『奇跡』を持っていることはミルザムが知っていた。
 だからミルザム経由でアースが知っていたっておかしくない。
「どうして石を集めているんだ?」
 それは前々から感じていた疑問。
「プロキオンはソール教会の奴らへの嫌がらせだって言ってたが」
「ポーリーを助けるために石を集めたのは、石の力を使って壱を呼び出すため」
 私は動ける状態じゃなかったからと続ける彼女の顔には自嘲の色。
 それに気づいてポーリーが何か言うより早く、アースは言葉を続けた。
「ずっと『奇跡』を探して、集めている理由は……姉上だから」
 何を言われたのか、分からなかった。
 『奇跡』が姉?
 こちらが理解できていないのは分かっているのだろう。
 それでも……厳しい瞳のままにアースは続けた。
「ノクティルーカ、あなたが持つ剣。それが琴姉上だって知ってた?」
「は?」
 琴姉上。アースがそう呼ぶ相手は……
「ルカの剣が……母上?」
 呆然としたポーリーの声。
 それで思い出す。
 昨日見たばかりの『事実』を。
 あの時……アルクトゥルスに連れられて、山まで会いに行った神はなんと言っていた?
 アルクトゥルスはなんて?
 新しく剣を作るといったプロキオンの表情は?
「じゃあ、叔母上は死んでからも利用されているの?」
 泣きそうな声のポーリー。
 そうだ。ポーリーの叔母ということは、この『奇跡』はラティオの曾祖母。そして……ソールの母親。
「いえ。まだ、生きています。助けることが出来る」
「そうなんだ」
「悪い。俺、守れなかった」
 知っていれば守れたとは言い切れない。でも、悔やんでしまう。
 奪われた相手は、ソール教会の司祭バァル。ソールを操っている連中だろうから。
「大丈夫。ちゃんと取り戻すから」
 自信満々に言い切って、アースはこちらに向かって手を差し出す。
「手を」
 向けられたのは左手。
 アースもまた、『奇跡』を持っているのは知っていた。
 恐る恐る手を出す。
 ポーリーと始めて再会した街で渡されてから、ずっと持っていた。
 手と手が触れた瞬間、室内に光が満ちる。
 水底を照らしたような蒼い光。
 それはあの時感じたものと同じのはずなのに――あの時感じた恐怖はまったくなかった。
「疲れない?」
 あの時――『奇跡』を奪われたときと違って、何かがなくなったという感覚はあるが、それに伴う脱力感がまったくない。
 不思議そうなノクティルーカに対してアースは笑う。
「無理に渡す訳じゃないから。それに、私は縁深いから」
「アースは大丈夫なの?」
 少し固い声での問いは、妙に不安そうなポーリーからされた。
「大丈夫って?」
 本気で心当たりがないらしいアースはきょとんとするが、対する姪っ子は真剣に訴える。
「だって、ルカは二つ持ってた時、おかしかったもの。全然笑わないのよ?」
「特に変わってないと思うけど?」
 首を傾げるアースは確かに変わっていないと思う。
 良くも悪くも、昔からこの人は変わっていない……と思うし。
「残りの石はいくつなんだ?」
 話を切り替えるべくノクティルーカが言うと、アースはすんなり答えてくれた。
「三つよ」
 ……ということは、現在九つもの『奇跡』を持っているということか。
「本当に大丈夫なの?」
「どこかおかしく見える?」
 逆にそう聞き返されてしまえば、違和感など見つけられようはずもなくポーリーは引き下がる。
 その後、何度もなされた問いに返される答えは変わらず、このやり取りの半刻後にまるで追い立てられるようにポーリーたちは都へと出発することになる。