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ソラの在り処-暁天-

【第九話 開示】 1.降る神

 しばらく誰も口を開かなかった。
 一番混乱しているのはノクティルーカだろう。
 予想なんてしようもない光景を目の当たりにして、何が起こっているのか分からなくて当然だ。
 アースはなんていった? どうして、流れた血が石に変わる?
「石になった」
「だから迂闊にケガも出来ないんですよね」
 呆然とした姪に頷いて、叔母はなぜか軽く返す。
「逆に言えば失血死の心配はあまりないんですが」
「そうじゃなくて!」
 ずれ始めた言葉に、多分に苛立ちの混ざった声でノクティルーカが怒鳴る。
「どうして!」
「さあ。因果関係はわかっていません」
 絞るような声に返される、随分落ち着いた言葉。
 これが『彼ら』にとって普通のことだからか、それともアースが落ち着きすぎているのか。
 睨みつけるように鋭い視線を送れば、ようやくアースの顔から笑みが消える。
 基本、いつもニコニコしているから……そういう印象が強いから、こうやって真面目な表情をされると慣れないと同時に発見もあった。
 アースは、笑っていなければ……色彩も相まって随分冷たい印象を受けるのだ、と。
「まあ……あえて理由を挙げるなら、やはり」
 何を言うのだろうと注視すれば、アースは言いづらそうに言葉を区切り、視線を落としてそっと呟いた。
「私たちが元々、この世界の人間ではないから、でしょうね」
 また、突拍子もないことを聞いた気がする。
「この世界?」
 話についていけず、呆けたように繰り返すポーリー。
 ついていけているわけではないが、まったく関係ないことを言い出さないだろうと考えたノクティルーカは慎重に言葉を選ぶ。
「精霊がいるって言われる精霊界とかのことか?」
「いいえ」
 ばっさりと言い切られ、多少不服に思うが少しほっとする。
 実は精霊でしたとかいわれたら……信じそうになるから。
「人間には違いありません。他の世界の、ですが」
 後半部分を強調するアースに、何かに気づいたのかポーリーがおずおずと問いかけた。
「長い寿命も、高い魔力も……そのせい?」
「察しが良くて助かります。魔力…魔とは本来、この世界にありえないもの。
 他の世界から来た私たちは当然のようにそれを強く持っています」
 確かに、『魔』とは本来この世界にありえないものを指す。
 理屈には合っているが、そう都合のいいものなのだろうか?
「寿命の件は、逆に代償ですね」
「代償?」
「長い寿命を持つ私たちだけど……逆にこの国から……正確には『壱の神』の近くから離れることが出来ないの」
「壱の神?」
 聞いたことのない名に首を傾げれば、不思議そうに見返された。
「少なくとも、ノクティルーカは知っていると思うけど」
「俺?」
「わたしじゃなくて?」
 知っていると言うのならポーリーのほうだろうと思っていたのに。
 訳が分からず問い返せば、アースは少し目を見張って考え込むように中空を見上げた。
 それから俯き息を吐き、仕方ないといった様子で口を開く。
「直接、お言葉をかけられたいようよ」
「は?」
「神様と話すって……どうやって?」
 問い返しながら思う。
 もしかして、また山を登るんだろうか?
 以前……叔父宅で『神が呼んでいる』といわれたときには山に登って会いに行った。
 そう、真冬の雪山を。
 今は季節的に多少マシとはいえ……ちょっと遠慮したい。
 そんなことを思っているのが分かったのか苦笑された。
「心配しなくても、今『降られる』」
「アース?」
 不思議そうに呼びかけた姪に応えはない。
 ふいに、周囲の温度が落ちた気がした。
 真冬の早朝のような凛とした空気が満ちる。続いて、背筋がしゃんとするような圧迫感。
「アース?」
「『違う』」
 不安そうなポーリーの呼びかけに応えたのは、アースの声だけれど……どこか違うもの。
 ゆるりと顔を上げた彼女の瞳は透き通るような紫。
 あ、普段と色が違う。
 何気なく凝視したポーリーに笑みが向けられる。
「『こうして見えるのは初めてだな。星の子とその片割れよ』」
 それは見慣れたふんわりとした形容詞が相応しいものではなく。
 ただ一度、一度だけ会った。
 母が浮かべた笑みに……似ていた。

「『どうした? 我が分からぬと申すか?』」
 押し黙ってしまったポーリーをどう思ったのか、少しからかうような口調で問いかけてくる『神』、らしき存在。
「知っている……ような気はします」
「『当然だ。この器からそなたたちを見ておったのだからな』」
 あいまいに返したポーリーに、自信たっぷり自慢げにふんぞり返る。
 姿かたちはアースだけに実に違和感を感じるが、ノクティルーカはそれでようやく思い当たる。
 あの時の声。
 アースの声に重なって聴こえる、確かに聞き覚えのある声。
 初めて……以前に一度だけ聞く機会があったその声は、ポーリーを助ける儀式の際に、自身に宿した『神』のもの。
 なるほど、確かに知っていた。
 一方、多分会ったことのないポーリーの方はと言うと、何か不満そうな顔をしている。
 多分……器という言葉が気に入らなかったのだろう。
 相変わらず根性が座っているというか、怖いもの知らずというか。
 しかしそんな態度に神は薄い笑みを浮かべるだけで、いっそ楽しそうに問いかけて来た。
「『我を恐れぬか?』 」
「怖い神様なんですか?」
 直球で問いかけるかと思うが口には出さない。
 畏怖と言うか……むやみに口を利いてはいけない。そんな気がするから。
「『さてな。しかし、多くのものは我を恐れるぞ』」
 からからと笑う『神』に、ポーリーは幼子のようにまっすぐな目で返した。
「よく知らないのに怖がるのはおかしいです」
「『珍しいことを言う娘だ。人は知らぬもの、理解出来ぬものを恐れるというのに』」
 心底不思議そうな神にポーリーも不思議そうに瞬きする。
「それに、ずっとアースと一緒にいたのでしょう? なら、怖くないわ」
「『奇妙な信用の仕方だな』」
 呆れたような表情を浮かべる神。くどいが、アースの姿である。
 普段とはまったく違うその様子に、正直どういう態度を取ったらいいものか。
 そう考えるのは自分だけなんだろうかとノクティルーカは思う。
 が、実のところスピカもカペラも同じ気持ちである。
「『さて、そろそろ本題に入ろうか――世の理について、きかせてやろう』」
 もったいぶった神の言葉に、こくりと喉がなる。
 これもまた『知らなかったこと』。
 『奇跡』の件といい、情報を制しておかなければこれからさき、どうなるか分からない。
 不安と期待の入り混じった目で神を見るが、すっとその表情が険しいものになる。
「『その前に、そちらは邪魔だ。失せろ』」
 氷のような眼差しと言葉。
 命令を告げることになれたもの特有の高圧的な態度。
 そんなものとは無縁そうなアース。だというのに、神が行ったものとはいえ、その動作は妙にしっくりとしたもので。
 命じられた相手――ノクティルーカとボーリー以外の全員が部屋を出て行く。
 神には逆らってはいけないと言うのだろうか?
 それとも、何か別の理由があるのだろうか?
 人が減ったせいで、先程まで以上に広く感じる部屋の中。
 未だ『邪魔者』の気配でも感じているのか神は口を開かず、故にこちらも沈黙を守る。
 そろそろ何か言った方がいいのだろうかと思い始めた頃、小さな息を吐く音。
「『あー、堅苦しかった』」
 晴れ晴れとした声に、一瞬思考が飛ぶ。
「え?」
「『オマケがいると楽に出来ないからね。まったく、どれだけぼくに夢見てるんだか』」
 ぷーと頬を膨らませる様子は小さな子どものように――生憎、童顔なアースがしていると本気で子供にしか見えないが――みえる。口調もまた、そんな感じに。
「えーと?」
 変貌振りについていけないポーリーは意味のない言葉しか口に出せない。
 それでも、口を聞くことすら出来ないノクティルーカに比べればマシなのだろうけれど。
「『導も月も気に入った。だから、ちゃんと話してやるよ』」
 きゃいきゃいと騒ぐ様子は小さな頃のソレイユにも似て、しかしその無邪気な様子は一変する。
「『さぁ、何が聞きたい?』」
 悠然と構える様子はやはり只者ではなく。
 さてこの相手とどう渡り合えばいいのやらと、ノクティルーカは一人頭を痛めることになる。