【第八話 再会】 3.待ち望んだ日
城の中へと案内されたのは、ノクティルーカとポーリー、そしてプロキオンとカペラの四人。
先導されて連れて行かれたのは畳が敷き詰められた大広間。
たぶんここが、この国での謁見の間に当たるんだろうとノクティルーカは見当をつけた。
末席とはいえ一応王家の出だ。こういった場で恥をかくような真似はしまいと堂々と見えるよう胸を張る。
ポーリーも多少は緊張しているだろうが、それでも萎縮している様子はない。
気が弱そうに見えて、実は結構、肝が座っている彼女らしいが。
正面には一段高くなった場所――主の座る場所だろう――に、来るべきはずの人物はまだいない。
真砂七夜鎮真。
ポーリーの遠戚になる相手。お人よしで騙しやすい部類だとプロキオンは言っていたが。
先程垣間見た町並みを思い出し、ノクティルーカは気を引き締める。
これだけの土地を治める以上、警戒しておくに越したことは無い。
そんなことをつらつらと考えていると、男の声が待ち人の来場を告げた。
衣擦れの音に、予め言い聞かせられていたように顔を伏せる。
顔を上げていいといわれるまでは、絶対に上げるんじゃないぞとアルクトゥルスにも何度も言われたことだ。
ゆったりとした歩みで座した人物を早くみたいと思う反面、緊張する。
「久しいな、紅に守」
かけられた言葉は気安げなもの。それに、声の感じからするとかなり若い。
「わざわざ遠方から疲れたろう。前に会ったのは何年ぶりになるか」
ただ、優しそうな物言いではあるが、警戒の色も感じる。
なるほど。顔を見ていないから分からないことが多いかと思ったら、声だけでもかなり分かるものだなとノクティルーカは感心する。
そして、相手が警戒している理由も、簡単に察せられた。
自分達を『アルクトゥルスの子供』として城まで連れて行くという計画を聞かされたとき、てっきりその『叔父さん』とはあった事が無いのだと思っていた。
それならば騙せないことも無いと思ったのだ。証人代わりにプロキオンとスピカがついていることもあるし。
実際、城内の人間は不審そうな目を向けなかった。
だから、『アルクトゥルスの子供たち』はこの城に来たことが無いのだろう。
けれど……鎮真は別の場所で彼らに会ったことがあるのかもしれない。
偽物だということは早々にばれているのだから、囚われるなりなんなりするかと思ったが、まだ泳がせているのは決定的なぼろを出すまで待とうというのか、それとも目的を探るためか。
「随分大きくなったな、早く顔をみせておくれ」
言われた。
相手からしてみれば『正体を見せろ』ということだろう。
意を決してノクティルーカは顔を上げる。
鉢合った相手は青い髪に紫の瞳。
ここでは珍しくも無い――というより、ごく普通の色彩を纏った人は、話に聞いてたように優しそうな面立ちをしている。
相手はどういうわけか、ノクティルーカの顔を見て一瞬だけ怪訝そうな顔をした。
まるで、いつかどこかで見た、似た相手を探し出すかのように。
そうした彼の表情は、続いて顔を上げたポーリーを見て固まった。
ぴしりという形容詞がピッタリ来るくらい、それはそれは見事に。
姿だけならば鷹揚に座っているように見える。
が、目は見開かれているし、膝にゆるく置かれていたはずの手は――かすかにだが震えているのではなかろうか。
ノクティルーカから向かって右側に陣取ったこの国の家臣たちの一部にもポーリーの顔は見えているらしく、何人かが明らかに固まっている。
なんともいえない緊迫した空気と、だんだん白くなっていく鎮真の顔色に耐えかねたのか、ポーリーが小さくだが声を出した。
「……あの」
「あ、ああ」
ようやく我に返ったのだろう。
「いやいや、あまりにも美しく育っていたものだからな。つい不躾なことをした。許せ」
から笑いなどしながら膝を叩いてそう言う鎮真。
「確かに」
「お美しゅうなられましたな」
続く家臣たちの言葉も、笑いさえもが白々しい。
一連の様子を見て、ノクティルーカは納得する。
確かに、ポーリーの顔を見れば一発だった。
叔母と姪とはいえ、アースとポーリーは良く似ている。
それに何より、ポーリーは母親に似ている訳で。
かつてこの国全体の長――国王みたいなもの――だったというポーリーの母親。
ここにいる連中の中に、もしかしたら姿を見たことがあるものがいたのかもしれない。
乾いた笑いを上げたあと、にこやかというには引きつった笑顔で鎮真が言う。
「今宵は身内だけでささやかに盛り上がろうぞ。宴の用意を」
後半部分は部下に宛ててのもので、続けて長旅で疲れたろう姫たちの部屋も用意するように告げられる。
「あの!」
流されると思ったのか、ポーリーが少し大きめな声で言葉を遮る。
ぎくりと身体を振るわせたのは、一人二人ではなかった。
からくり仕掛けの人形のようにゆっくりと鎮真が向き直り、取り繕いきれていない笑顔で問う。
「どうした?」
「叔母上はお元気でしょうか」
問いかけってより、詰問だなこれ。
口は挟まずにノクティルーカは成り行きを見守る。
後ろに控えているプロキオンやスピカがどう思っているかは分からないが、事をポーリーに委ねたならば考えられる事態ではある。
きっと――いや、間違いなくポーリーはかなり思いつめている。
だから一刻も早くアースに逢いたくてたまらないはずだ。
「ご病気とかされていませんか」
返事のない相手に苛立ったように質問を重ねるポーリー。
「もちろん、お元気だとも」
答える鎮真はというと……なんというか、とても胃が痛そうな顔をしている。
そういう質問が来るのは分かっていたけれど、聞かないでいて欲しかったと顔に大書きしてある――が、相手の都合など知ったものか。
さらに問いを重ねようとするポーリーを押さえるように軽く手を上げて、とうとう鎮真は降参を告げた。
「そうだな。今日は天気も良いし――庭の花も見頃を迎えたところだ。
我が家自慢の薔薇を持って、姫君のご機嫌伺いに行くか」
本来なら心躍るように言われるはずの台詞は、涙が混ざっているかのように聞こえたのはノクティルーカの気のせいではないだろう。
鎮真は実のところ、この日が来るのをかなり待ち望んでいた。
最近、家の内外で様々なこと――そろいも揃って頭が痛いこと――が起こり、心身ともに疲れ果てていたところ、姪達が遊びに来たいという話があり、二つ返事で了承した。
前に会ったのは鎮真が元服――成人の儀――直前の頃で、二人はまだまだ小さかったから、どれだけ大きくなったろうと気になったし、可愛がってくれた従姉の近況も聞きたい。
久々に会う気の許せる相手、しかも、可愛い姪たち。
そうして楽しみにしていれば、現れたのは似ても似つかない二人。
有無を言わさず追い出さなかったのは、背後に控えた相手が義兄ゆかりのものたちだったから。
二人ともにかつて……いや、今も『彼の姫』に仕える者達。
用心の上でしたことだが、別の意味でも正解だった。
甥を名乗った青年は『我々』と違うことはすぐに分かった――けれど、どこか見覚えのある顔立ちが引っかかった。
そして姪を名乗った娘の方はというと……もう言葉も無い。
謹慎という名で押し付けられた『彼の姫』に良く似た面立ち。
そして、明らかに見せ付けるためだろう首から下げられた鏡に胸元を飾る勾玉と管玉。
三種の神宝のうち、二つを連想してしまってもしょうがないと思う。
何とかして誤魔化……いやいや、考えをまとめる時間が欲しくて気を逸らそうとしても、姫宮の言葉と視線に耐え切れず――下手を打てば家に大打撃どころの騒ぎじゃない――こうして薔薇を摘んで、『彼の姫』のご機嫌伺いに至る。
この期に及んで――と言われそうだが、それでも往生際悪く考えてしまう。
何とかならないものかと。
しかし、そう思う間にも足を進めざるをえず、とうとう姫の部屋へと到着してしまった。
泣きたいような気持ちで天井を仰ぎ、鎮真はここを任せている侍女の名を呼んだ。
やたらと疲れている様子の鎮真を、すぐにでも押しのけたい気持ちを抑えてポーリーは待った。
呼びかけに答えて横にスライドされる扉。
日の当たりは悪くない場所らしい。優しい光が満ちる室内。
促されて部屋に入る。
最初に目に入ったのは、びっくりした……でも嬉しそうなカペラの顔。
見慣れない服――でもどこか懐かしい――だけど、小さい頃一緒に過ごした日々を思い出す。
彼女は感極まっているのだろう。今にも涙がこぼれそう。
カペラよりもさらに奥、懐かしい人がいた。
「あ……」
言いたいことはたくさんあるはずなのに、思わず口ごもるポーリー。
分かっていると言わんばかりに、アースは微笑んだ。
――在りし日のように。