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ソラの在り処-暁天-

【第五話 復活】 1.すべては明日のために

 街はそれなりに賑わっていた。
 それこそ、ノクティルーカたちが出立した日とは段違いに。
 ぱっと見は他の街と大した違いはない。
 セラータ地方に多い、石造りの重厚な建物。
 違いは、歩きながらの物売りが多いことと、道行く人の髪の色だろうか。
 赤毛や銀髪は確かに他でも見かけるが、この街ほど多くはない。
 そして何より、青い髪のものがこんなにいる街を見たことがない。正しく言うのならば、青い髪の彼らは他の町では必死に隠しているということだろう。
 視線を感じるのはきっと気のせいではない。
 ちろと、ソレイユは兄を見やる。
 この人たちの希望――ポーリーを助け出すとされる人、だから。
 にしても、兄上堂々としてるなぁ。
 『勇者』として持ち上げられたことがあるからかもしれないけれど。
 そんな弟の視線に気づくことなく、ノクティルーカはただただ城に視線を固定させていた。
 早く、一刻も早く。そんな彼の目の前をてててと小走りに駆けて、くるりと振り向きプロキオンが言う。
「はい。こっちが宿だよ」
 伸ばした手の先には、確かにそこそこ大きな宿屋。
「君たちはここに泊まってね。それで、明日城に来て」
 ニコニコと笑顔のままに続けるプロキオンに、セレスタイトが不思議そうに問いかけた。
「どういうこと?」
「本当ならこれからでもすぐに……って言いたいとこだけど、疲れてるでしょ?」
 こくりと首をかしげ、それから哂う。
「この白騎士達の目的とか、聞きだす気、ないの?」
 問われて言葉に詰まる彼女。
「という訳で、ゆっくり泊まってってね」
 反論を封じるようにプロキオンはにぱっとまた邪気のない笑みを浮かべ、リゲルに向き直る。
「じゃ、よろしく」
「……畏まりました」
 応じるリゲルが、どこか不満そうだったのは気のせいではないだろう。
「レイたちは泊まらないのー?」
 邪気のないふりをしながら問うたのはリカルド。
 しかしプロキオンもまた、何も知らない子供のように返す。
「だって、ノクス殿たちはちゃんとボクらで歓迎しなきゃ、怒られちゃうヨ」
 肩をすくめて答えて見せるプロキオン。
 先ほど指名されたリゲルが軽い音を立てて荷台から地面へと降り立つ。
「じゃ、また明日ね」
 最後にプロキオンがまた笑って見せて、荷台はごろごろと音を立てて城へと向かった。

 ようやく戻ってきた。
 険しい顔のまま、城を見上げるノクティルーカ。
 彼を慮ってか、周囲は誰一人会話をしようとしない。
 あの日旅立った城は記憶のままで、違いといえば門の両脇に見張りらしい兵が立っていたことくらいだった。
「プロキオン様?!」
「お帰りなさいませ!」
 喜色を隠さない彼らに、プロキオンも鷹揚に頷いてみせた。
 開門の声が響く。
 大きな門がゆっくりと開き、城からこちらに駆けてくる人影が見えた。
「婿殿! よくご無事で!」
「おー元気だったか、ノクティルーカ」
 感極まったのか、少々瞳を潤ませたスピカと、こちらは相変わらずのマイペースっぷりをみせるミルザム。
 ここであまり立ち話をするのも、と思ったのだろう。ノクティルーカに並ぶようにして、ミルザムは来た道を戻るべく身体を反転させた。
 スピカはグラーティアの世話をする気なのだろう。しきりに無事だったかを問うているし、プロキオンはソレイユに話しかけている。
 そして、一人捨て置かれた形になったサビクは肩をがっくり落としたものの、捕虜をどうしようかを考えながら、馬舎へと向かっていった。

 高い音が廊下に響く。
 昔から見ているから分かる。明らかにノクティルーカは不機嫌だった。
 理由は――分からないでもない。
 苦労の末、二つ目の『奇跡』を手に入れたのは何のためか。
 無論ポーリーを助けるためだ。
 だというのに、なぜ明日を待とうとするのかと、言いたいのだろう。
「そう、むくれるな」
「むくれてねぇ」
「じゃあ拗ねるな」
「やかましい」
 明らかな子供扱いにノクティルーカは剣呑な目を向けるが、相手は涼しげどころか生暖かい目を向けてきた。
 絶対、子供扱いをしてる。
 胡乱な目をする彼に微笑を向け、前回泊めた部屋までさりげなく誘導するミルザム。本人は気づいていない――意図的に気づいていないふりをしているのか――ようだが、かなり疲れた顔をしている。
 無理もない。
 プロキオンの話によると、ノクティルーカが『奇跡』を手にしたのは今日。
 それで、これだけ動けていることこそが、無理をしている。
 ミルザムは瞬間的に頭に伸ばしそうになった手を何とか留めて、肩を叩く。
「お前は良くやったよ」
 ぱちりと。稚い子供のようにノクティルーカが瞬きをする。
 今ではもう背を抜かれてしまったけれど、ほんの小さな頃を思い出す。
「ただな。頑張りすぎだ」
 小さい頃から見てきた子供の、微笑ましくも痛々しい様子を諭すように言う。
 他の兄弟と比べ、比較的無茶はしない子だった。
 けれど、ポーリーが絡むと反対に無茶ばかりしていた。
 好きな子にいいところを見せようとしたのだろう。
 だからこそ。諦めさせたり止めるのに苦労したものだ。
「疲れてるだろう? 今日はゆっくり休め。
 こっちも最後の準備を整える必要があるが、お前が万全じゃないと意味がない」
 扉を開き、中を示す。
 とにかく一度休んで体力を回復させる必要がある。
 いまだ不満そうなノクティルーカは、恨みがましい目で見てきた。
 あと少しなのに、と。けれど……あと少しだからこそ、油断も慢心もせずに気を引き締める必要がある。
「成功する確率を少しでも上げたいだろう?」
 この強情さには手を焼くが、それでも言い聞かせる。
 ノクティルーカが万一にでも失敗すれば、もう手はない。
 だからこそ慎重に慎重にしたい。
 しばしのにらみ合いの後、先に目をそらしたのはノクティルーカだった。
 反論はしたい。
 一刻も早くポーリーを開放したいのも本当。
 けれど。
 先ほど言われた言葉で、自覚させられた。
 視界が少し霞んでいるし、左手は未だに鈍痛が続いている。
 立ち止まったせいか、足まで重いし、眠気がゆっくりとでも確実に忍び寄ってきている。
「わかった」
 目を伏せて告げて、部屋に入る。
 蝶番の音と同時に背後で扉の閉まる音。鍵をかけるなんて事はすっかり頭から抜けていて、ノクティルーカはのろのろと鎧を脱いだ。
 疲れた。
 自覚してしまえば抗いようのないそれに耐え切れず、ベッドに突っ伏す。
 そうして目を閉じてしまえば、否応なく意識は沈んでいった。

 呼びかけて、さらにノックをしてみたものの返事はなく、はてと思いながら彼は扉を開けた。
「ノクティルーカ?」
 応えはなく、ベッドに突っ伏したままの姿が見て取れた。
「おやまあ」
 侵入者はそれだけを言って、づかづかとベッドに歩み寄り、眠りこけているノクティルーカにシーツをかけてやった。
「まったく、風邪をひくぞ」
 手元から離れていった息子を思い出させる彼に苦笑して、その頭を撫でてやる。
 あの子を助けるために、この子は本当に頑張ってくれている。
「麦の君ッ?!」
 入り口から素っ頓狂な声が聞こえて、呼ばれた彼はそっと指を立てる。
 ぐっすりと寝ている子を起こすこともあるまい。
 動作で気づいたのだろうミルザムが足音を忍ばせて入ってきた。
「どうかなさいましたか?」
「なに。甥っ子予定の様子を見にな」
「甥っ子予定……」
「ちい姫の婿なら、私の甥だろう」
 ふふんとふんぞり返りつつ言うアルクトゥルス。
 呆れるものの、ミルザムはわざわざ言う気はしないのだろう。
 ふぅと息をついて、ゆっくり寝かせてあげましょうとだけ言った。
 それについてはアルクトゥルスも反論する気がないため、起こしてしまわないようにゆっくりと部屋を出る。
「明日だな」
「はい」
 待ち望んだ日。
 助けたい。助けられる。
 だから。すべては明日――