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ソラの在り処-暁天-

【第四話 成就】 7.望みを手にして

 剣戟は遠く、すでに荷台の姿はない。
 どれだけスピード出していったんだと半ば呆れつつ、ノクティルーカは道沿いに森の中を進み始めた。
 敵の大半は荷台を追いかけているか、置いていったグラーティアたちと交戦しているかだろうが……狙われているのがレジーナの持つ『奇跡』だとは限らない。
 自分のものかもしれないのだ。油断は出来ない。
 慎重に、でも出来る限り急いでノクティルーカは進む。
 横倒しになった樹を飛び越して、足場が悪くなってきたため道に戻ろうかと考えたとき、突然寒気に襲われた。
 それは、いつか感じたもの。
 そうと気づかずに彼女と再会したあの町で。また、あの異形と見えたときに。
 つまりは多分、『奇跡』がらみ。
 ――チャンスは一度だけだ。それを逃さないためにも焦るな――
 かつて言われたミルザムの言葉。
 逃してはならないのならば、道を行くほうが早い。
 一瞬で決断し、ノクティルーカは走り出した。

 正直な話、馬が暴走したからとて、兄を落っことしてしまったのは、かなりまずいと思う。本来なら即馬首を戻して、落とした兄を拾いにいくべきなのだろうけれど、只今ソレイユたちは逃亡者。追っ手がわんさかいるところにわざわざ戻るわけにはいかない。
 進むしかない。
 けれど、突然訪れた寒気のせいで動くことはままならず、何が起きているのか、どうなっているのか自分でも分からなかった。
 寒気は訪れたときと同じくらいの唐突さで消えて、息をついたのも束の間。
「ルチル!」
 セティの悲鳴に後ろを向きたい気持ちを抑えて、前を睨む。
 視界を占める割合を増やす白い色。
 それは、騎士の纏った鎧の色。
 放たれたダガーを御者席から飛び降りることで避けて、剣を抜きつつ怒鳴るソレイユ。
「何者だ!」
 彼の誰何への応えは剣戟。それを何とか受け止める。
 ずっしりと重い一撃。
 顔をゆがませたソレイユとは対照的に、騎士は変わらないスピードで剣を振る。
 ソレイユの実戦経験は乏しい。
 それを補うために、兄やリゲルに練習をつけてもらったりもしているが、急激に成長するものでもない。
 どうすればこの危機を乗り越えることが出来る?
 自分がある程度楽が出来て、荷台のレジーナを逃がすには。
 考えたのは一瞬。あとは行動を起こすタイミングを計るだけ。
 振り下ろされた剣を後ろに下がって避け、止まったままの馬の腹を思いっきり剣の柄で叩いてから逃げる。
 馬の大きな嘶きに、騎士たちに動揺が走る。
 先ほどに増して爆走していった荷台。騎士の大半が慌てて追いかけていく様子を横目に、しかしソレイユは楽観できなかった。
 彼を囲むように騎士が二人、残っていたから。
 そうだよね。当然、逃がしてくれるわけないよねぇ。
 相手は確実に自分より上手。おまけに二人。
 ど、どうしよう?
 おとなしく投降するべきだろうか、投降したところで命の保障がされるだろうかと考えること数秒。こちらの出方を伺っていた騎士が剣を振り上げるより先に、目の前に広がる布地。
「へ?」
 斬撃の音とともに、通り過ぎていった鮮やかな青い色。
 ソレイユと向かい合う形になっていた騎士が地面に崩れ落ちるのと、後ろ側で鈍い音がしたのはほぼ同時。
 振り向けば、剣を収めるリゲルの姿。
「ご無事ですか?」
 こちらの視線に気づいて問いかける彼女は、いつもどおり淡々としていた。
「え。あ、うん。ありがとう」
「レイ!」
 大きな呼び声にびくりと肩を震わせて、ソレイユはゆっくりと後ろを……走ってきた道を見る。
 そこにはだいぶ息が上がっていたが、想像通りの兄の姿。
「えーと、ご無事でしたか? 兄上」
「お前のおかげで八割方はな」
 その笑顔が怖いです兄上とは言えず、あははとソレイユは乾いた笑いを上げる。
「荷台はどうした?」
「馬を蹴ったんで、かなり暴走して走っていってます」
「分かった」
 先へと続く道を指差しつつ応える弟に、ノクティルーカは指示を出す。
「お前は戻って合流しろ。俺たちは追う」
「了解です。ご武運を兄上」
 これ幸いとばかりに来た道を戻るソレイユをみて、リゲルはぽつりと言った。
「移ったようです」
「ああ」
 主語がない言葉になるのは仕方ない。ものがものだ。
「道を走ってったっつってたが、森の方っぽいんだがな」
 痛みを増していく左手を握ったり開いたりしながらの言葉に、リゲルはじっと彼を見上げた。
「では、そちらへどうぞお急ぎください。荷台は私めにお任せを」
 息を整えながらノクティルーカは彼女を見下ろす。
 あれだけ……自分以上の距離を走ってきたというのに息一つ乱していないのは、悔しい気がする。種族が違うといってしまえばそれまでだが、ポーリーだってリゲルと同じ種族なのだ。
「分かった、頼む」
 とはいえ今はそんな考え事をする暇もなく時間が惜しい。
 早速走り出すリゲルを見送ることなく、ノクティルーカも勘を頼りに走った。

 正直な話、プロキオンは困っていた。
 ここ最近ずっとノクティルーカ一行を影から見守っていたのだが、何が困るってパーティが分断されたためだ。複数箇所の様子を同時に見ることが出来るよう遠見の術を駆使しているが、あらかじめ準備をしていて良かった。
 太い木の枝に座って足をぷらぷらさせながら水晶球の一つを覗く。
 グラーティアが取り残されているあそこは人数も多いし、騎士の数もそれほどではないからいいだろう。
 先ほど別れたソレイユもあちらに合流するまでは見ていないといけないし、ノクティルーカとリゲルも別れた。
 ま、リゲルは別に助力いらないか。
 そう判断してリゲルだけを映していた水晶球をつつくと、一瞬だけ映像がぶれて、背後の木々が映るただの水晶球に戻る。
 で、ちびっ子勇者はと別の水晶球を見れば、彼女は『奇跡』の元持ち主とともに騎士たちに囚われているところだった。
 三人いる騎士のうち一人はサビクだし、リゲルも追いつくだろうから任せておけばいいか。問題は、『奇跡』を受け取った神官の方なんだよネ。
 ノクティルーカの進行方向を見れば、うまく回収してくれそうだが、問題は追っ手の二名。
 先ほどから何とかするべく魔法を仕掛けてはいるのだが、中々うまくいかない。
 一撃で何とかする術はいくらでもあるのにっ
 遠見の術使っているから、攻撃魔法ろくなの使えないのがもどかしいーッ
 心の中だけで叫んで、プロキオンはぽそぽそと術を唱える。
 うん発動、ばっちし一人は深い深い穴に落ちていった。
 先を行く仲間の姿がいきなり消えて、慌てて急停止する騎士の背を押すべく風の術を紡げば、たたらを踏んで少しはこらえたものの二人目も落下。
「よしこれでボクの大仕事終わりっ!」
 一番厄介なものが終わったと息をつき、プロキオンは器用に立ち上がり、隣の樹へ向かって跳んだ。
 木の葉をいくつか引っ掛けながらも、彼はぴょんぴょんと移動を繰り返す。
 未だに敵と遊んでいるグラーティアたちの応援にいかなければいけない。
 そうしてようやく合流が許される。
 自然と笑みが漏れた。
 もうすぐ。本当にもうすぐ、彼の方が我らの元へ戻られるのだから。

 導かれるとは、こういう感覚なのかもしれない。
 迷うことなく森を駆ける自分を、ノクティルーカはどこか不思議な面持ちで観察していた。
 敵がいる以上、声を出して自分の場所を教えることは愚かだ。
 しかし味方に向かっている敵の数を減らすという意味では、有効でもある。
 誰がいるかは分からない。分かるのは『奇跡』があるということだけ。
 視界の利かない森の中を走ることしばし。
「嫌っ」
 突如聞こえた声。かなり近い上に、ずきりと左手がさらに痛んだ。
 間違いない、この近くにいる。
 声のしたほうへと踏み出し、邪魔な茂みを掻き分けるのと、強い否定の声はほぼ同時。
「いらない! 私から出て行って!」
 深い森の中、倒れ伏した女神官。
 助け起こそうと近寄るより早く、彼女から光が湧き出た。
 冷たく怪しい紫の光。
 途端に周囲の気温が急降下する。
 さむい。こわい。
 それはかつても経験した感情。
 ひときわ濃い光の塊が、彼女の体の上、何もない空間へと浮き上がる。
 どこかポーリーの瞳の色に似たそれ。
 『奇跡』。
 求めていたものが、目の前にある。
 気づいたときには左手でそれを掴んでいた。
 収縮していく光。何かを掴んだ感触はなく、代わりに氷が吸い込まれていくような冷たさを感じる。
 途端に襲ってくる虚脱感は以前にも感じたもの。
 抗う術もなくノクティルーカはその場に膝をつき、走ったせいで上がった息を整えようとする。
「手に、入れた」
 ぽつりと呟かれた声に熱はない。
 が、大きく上下に揺れていた肩が細かく揺れる。
 これで、ようやく助けられる。
「ポーリー」
 呼びかけのように紡がれた名前。声は、低く掠れていた。