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ソラの在り処-暁天-

【第四話 成就】 6.光にまぎれる闇の手

 街道を進み、静かな森を歩くことしばし。
 思ったより広い道。両脇はそこそこに立ち並ぶ木々。
 相手からすれば、格好のシチュエーションだな。
 この人数で護衛しているのだから、多少のことでは大丈夫だろうがとは思う。
 それでも……決して安心は出来ないけれど。
 整えられた道が少し開けた場所。
 襲ってくるならここだろう。
 それに、言い表すことの出来ない違和感を感じる。
 多分待ち伏せされていた。故に、ノクティルーカは馬を止めた。
「え?」
 呆けた声は、多分年若い勇者のもの。
 他のメンバーはすでに警戒していることが雰囲気で分かった。
 ノクティルーカも、いつでも剣を抜けるように柄に手を添える。
 ほぼ同時に、下卑た笑いと共に、武器を持った盗賊たちが現れた。
 行く手を遮るのは五人ほど。しかし左右や後方にも仲間がいるのだろう。
 この手の連中は自分達より弱いものしか狙わない。
 数で劣る相手にはわざわざ吹っかけてこない。
「その荷車を置いていきな」
 リーダー的存在なのだろう、シミターを持った男がにやけた顔で告げるのへ。
「お断りします」
 真っ先に反応したのはリゲルだった。
 彼女が言い終わるか終わらぬかのうちに、行く手をさえぎっていた盗賊が崩れ落ちる。
 相変わらず――見事としか言いようがない。
 抜き打ちの斬撃は速く、種族的な身体能力の差もあって対応は難しい。
 あまりにもあっけなく仲間が倒されたことに盗賊たちは呆然とし、立ち直る暇など与えぬとばかりにリゲルの白刃が煌き、小さな悲鳴と人の倒れる音が重なる。

 見る間に倒されていく盗賊と奮闘している護衛一行を、木の上から眺める影があった。
 フードとマントを羽織った小柄な人物は、満足そうな表情で頷いていた。
 最初はどうなることかと思ったけど……
 彼女もちゃんとやってるみたいで良かった。
 心底安堵の吐息を漏らして、少年――プロキオンは目を細める。
 ヤなものを感じる。多分この感覚からして、覗かれている。
 相手は……術式からしてソール教っぽい。
 ぱちんと指を弾いて遠見の術を強制解除させる。
 こんなもの『彼ら』に取っては造作もないこと。
 しかし、解かれたほうは焦るだろう。
 用意していた盗賊の妨害だって、意味がないと悟れば本人達が出てくる。
 教会自らが暗部と認める「警句(アダギウム)」が。
 実力行使を専門とする、白の騎士たち。
 現在まで変わらない最優先命令は、『奇跡』の確保。
 潜り込ませているサビクがようやく使えるということだ。
 下では、倒した盗賊たちを縛りながらなにやら騒いでいる。
 あ、月の君ってば耐え切れずに出発しちゃった。
 慌てて走って追いかける勇者達をくすくす笑いながら眺めつつ。
 ボクの出番もそろそろかなーと、プロキオンはのんきに考えていた。

 何とか街までたどり着き、徒歩組の置いていかれた恨みを聞き流しつつ、ノクティルーカは一度部屋に荷物を置いてから、馬の様子を見に行った。
 元々は農耕馬だろうに、大人しくも戦闘に動じない馬は珍しい。
 せめてもの労いに水と飼葉くらいは与えてやらなければ。
 せっせと世話をしてやっていると、足音がした。
 近寄ってくるのを隠すつもりもないのだろう。
「よ、兄さん」
 ひょいと片手を上げて気さくに寄ってきたのは『セラータの勇者』フォルトゥニーノ。その後ろから苦笑のままのクリオ。
 自分の事ながら、顔はこわばっていないだろうかとノクティルーカは思う。
 嫌な組み合わせだ。自分にとって。何がと問われれば、当然、相手にするのが難しいから。気が抜けない相手とも言える。
「ちっとばかり相談があるんだが、いいか?」
 否といっても聞く気はないだろうと思ったので、仕方なく頷く。
「明日のことなんだがな。外と中のメンバー、入れ替えるわ」
「入れ替え?」
 今日荷台に乗っていたのはグラーティアとルチルとブラウ、だったはず。
「ブラウが酔っちゃったみたいなの」
 今も気分悪そうにしてるわと続けられては頷かざるをえない。
 確かに荷台は揺れたことだろう。
 いくら衝撃を殺そうと思っても、やはり限度がある。
「で、誰が変わるんだ?」
「反応遅かったちびと護衛用に強い方のちび」
「セティとリゲルさんね」
 クリオが名を上げる前に、なんとなく想像ついてしまったことは黙っていた方がいいだろう。ここ最近仏頂面が続いているため、変な顔をしていても見咎められることはないだろうし。
「何でその二人なんだ?」
「ありゃあ明らかに『けしかけられた』感じがするだろ?
 あの斥候とじゃ、実力が違いすぎる」
「セティが依頼を受けた場にいなかったから確実なことはいえないけれど。
 レジーナさん、狙われているんじゃない?」
 さりげなく逸らされ、しかも触れて欲しくない話題だったが、話さないわけにもいかないだろう。
「そうだな。普通これだけの大人数で……しかも、積荷の少ない荷台を狙う真似はしねぇよな」
 幌はあくまでも即席のもの、上からはともかく、視線の高さが一緒なら中は丸見え。人が乗っているということしか分からない。
「一番の腕利きは護衛対象の近くにいたほうがいいだろ?
 そんでもって、あのちびっこは足手まといになる」
 勘が良くないっつーか、まだ慣れてないんだろうよと続ける『勇者』は、どことなくかつて共に旅をした――いや、旅のいろはを教え鍛えてくれた保護者に似ていた。
「次に追われることがあったら、先に行ってくれていいから。
 依頼を受けたのはセティだし」
「最悪、目的地で合流できりゃいいしな」
 からからと笑うフォルトゥニーノ。
 その言葉で、諦めの悪い彼も降参した。
 つまりはどうあってもグリュックまでは行動を共にしなければいけないということだ。
 クリオたちにとってはセレスタイトを、フォルトゥニーノにとってはルチルをそれぞれノクティルーカに預けることになる。
 こちらからは、代わりに差し出すことになるのはグラーティア。リゲルならば放っておいても何とかしそうだが、グラーティアはそうはいかない。
 クリオたちにとってもセレスタイトは重要だろう。
 フォルトゥニーノにとって、ルチルは口うるさいだけの存在のようだが、逃亡防止のためか、この依頼を受けたあとに有り金と最低限の武器防具以外を全部むしられているのをこの目で見ている。
 離れたいとは言いつつも、そこまでの代償を払う気はないのだろう。
「グラーティアのお守り、頼むからな」
「あら、いいの? 彼女がいるのにそんな事いっちゃって?」
「元々兄の方と旅をしていたことがあってな」
 クリオの茶化しは無視して言葉を続ける。
「見た目を裏切って、とんでもない無茶をする。おまけにあれは兄馬鹿だ。
 何かあれば十倍返しくらいは食らうと覚悟しておいた方がいい」
 じゃあと告げて踵を返す。
 後ろから何か聞こえたが気にしない。
 何かことが起きたら、あいつらのせいだとラティオには言うことにしよう。
 そんなことを決意しながら、ノクティルーカは部屋に戻った。

 今日は襲撃を警戒してノクティルーカが手綱を取った。
 隣に座る弟はなにやら楽しそうに鼻歌を歌っている。おまけに荷台を囲む面々も談笑しているのだから、警戒感は皆無に見えるだろう。
 無論、実際にはそんなことはないのだが。
 いつ何時、相手が襲ってくるか分からない。
 十中八九『奇跡』狙いだと取っていいだろう。
 今日はセレスタイトも荷台に乗っているせいで、左手の痛みは増している。
 それでも、ごまかしがきく程度なのは僥倖だ。
 かぽかぽと響く蹄の音。
 辺りを観察し、ノクティルーカはさらに警戒を強める。
 首都までの道は大きな森を縦断しなければならない。
 そのため、ここもまた森の中。道幅は馬車が行き違いできるほど。
 襲うなら……このあたりか。
 瞬間、殺気が周囲を取り囲んだ。
 舌打ちと、高い金属音が聞こえたのとはどちらが先だったのか。
「ったく、とんだ依頼だなっ」
 白い鎧を着込んだ襲撃者の一撃を受け止めながら、フォルトゥニーノは悪態ついた。
「クリオッ リカルド!」
 否応なく増える剣戟の音に、セレスタイトが悲鳴のように仲間を呼ぶ。
行け(イーテ)! 炎の矢(イグニス・サギッタ)!」
 高々と唱えられた呪文に答えるように、炎が数条駆けていく。
 今の声はグラーティアだな。兄貴よりちゃんと攻撃魔法使えるんじゃないか?
 火の矢は見事に襲撃者を捉え、あるいは避けられ地面を穿ち、砂煙があたりに広がる。
 判断は一瞬。
「行け!」
「行く!」
 呼びかけのような命令と応えのような宣言はほぼ同時。
 ぱしんと鋭く鞭打ち、最速力で走らせた。
 あの場に留まっていては不利だ。あちらでいくらか足止めをしてもらい、かつこちらは何とかして逃げ切らなければ。
 焦る気持ちを押し込めて、馬を急かせる。がたがたと激しく揺れる荷台に、非難のような悲鳴が聞こえるが構っていられない。
「な、なんで逃げてるの?!」
「昨日と違って手練てんだからな、固まってるわけにはいかないだろ」
 後ろを向いて御者席の背にかじりついてる弟に拳骨を食らわせて前に向かせる。
 ソレイユの非難を聞き流して、持っていた手綱を押し付ける。
 今はそんなこといってる場合じゃないと分かっているだろうに。
 両脇の木立に時折見える白い色。
 先ほど襲ってきた連中は白い鎧を着ていた。
 ……その色はどうしてもソール教会を連想させる。
 馬を任されたことでソレイユも我に返ったのか、制御に集中するようになった。
 しっかり走らせていてもらわないと困る。
 魔法は一に集中、二に集中。自分の魔力じゃあ、グラーティアにはかなり劣るだろうが、集中力まで持っていかれてはかなわない。
行け(イーテ)! 炎の矢(イグニス・サギッタ)!」
 力ある言葉に従い、数条の炎が空を駆ける。
 流石にこの距離では敵に当たらないが、隙は作れた。
 騎士たちが戸惑うその間に、爆走する荷台は通り過ぎる。
「レイ、馬任せたぞ」
「兄上の鬼ーッ」
 ソレイユがやけっぱちに叫ぶが、そうせざるをえないことは分かっているだろう。不安定な御者席ながらも何とか立ち上がる。
 視線の先では白い騎士が弓をひいているのが確認できた。小さく呪文を唱え始めるものの、間に合うか分からないので剣を抜く。
 初撃は何とか弾くことに成功し、後は風の呪文で押し返す。
「なんでこんな狙われてるのさ」
「狙われているからでしょう。厄介な相手に」
 後ろから騒ぐ声が聞こえたが、あちらはあちらで何とか対応してもらうしかない。もう一度炎の矢を放って、とりあえず進路を妨害する連中を蹴散らす。
 さて次は、と考えたところで、嫌な単語が耳に入った。
「……あだ……ぎ、うむ?」
警句(アダギウム)?」
「ご存知でしたか」
 ルチルの驚愕に、意外そうなリゲルの声。
 思わずノクティルーカは舌打ちをする。
 教会の暗部じゃねーかっ
 反対勢力を力でねじ伏せる。そういう組織だ。
 ソレイユが息を呑み、慌てて手綱をしっかりと握る。
「どういう意味?」
「不倶戴天の敵です」
 ただ一人不思議そうなセレスタイトの言葉に、珍しくも忌々しそうにリゲルが答えた。
 それはそうだろう。
 ポーリー自身やその母親、それにラティオたちの親に関わるすべてに、奴らが暗躍しているといっていいだろうから。
 剣と握る手に、知らず力がこもる。
 こみ上げてくる怒りを制御するので精一杯。
 荒々しく呪文を練り上げて苛立ちと共にぶつける。
 いつもいつもいつもっ
 ぎりと歯を食いしばった瞬間、馬が嘶きを上げて暴れた。
 呪文を放った後、ほんの少し集中がそれた瞬間。
 おまけに場所は不安定な御者席で、何とかバランスを取っていた状態。
 急な振動にノクティルーカは対応できず、御者席から転げ落ちた。

 受身も取れたし、おもいっきり飛び出したせいで、落ちたところを車輪に轢かれるという事もなかったが……痛いものは痛い。
 後でレイしめるっ
 そう決意してノクティルーカは重い身体を起こした。