【第四話 成就】 5.必死につなぎとめた心
こいつらはいつまでついて来るんだ?
表情には出さずにノクティルーカは思う。
自分達四人に加え、セレスタイトたち四人、そしてルチルとフォルトゥニーノで合計十人。
こんな大人数で旅するなんて、一体俺たちは何の一座だ?
「やー、本当ににぎやかだよねぇ」
呆れの色濃いながらも、のんきな感想が後ろから聞こえてきた。
しかしノクティルーカは振り返らない。
一刻も早く、北へ。
それが彼女を助けるために必要だというのならば、気持ちも急こうものだろう。
「本当に大切なのね」
くすりと笑いを込めて問われた言葉に、少しの忌々しさを感じながらノクティルーカは視線をやった。
「ごめんなさい。揶揄したつもりはないのよ?」
あでやかな笑みを浮かべながら、女戦士は楽しそうに目を細めた。
「ただね、そんなに想われている彼女が羨ましいと思って」
どこか楽しそうなクリオに、彼は何も返さぬまままた視線を戻す。
何も言わないのは、からかわれる予感がひしひしとしたから。
それから、あまり考えるとどんどん鬱になっていきそうだから。
「ねぇノクス。貴方セラータの出身かしら。南部……国境に近いあたり」
「ア……まあな」
アージュだと答えそうになって、慌てて誤魔化す。
祖国はすでにない。セラータの一部となってしまったことは知っている。分かっていても、そう答えるには抵抗があるけれど。
「やっぱり? 独特の訛りがあるからもしかしたらって思っていたけれど」
私も南部の出なのよと続ける彼女に適当に返す。
正直なところ、他人とかかわることが面倒だと思うようになってきていた。
昔はそんなことがなかったのに。
冷静な部分では、愛想がないなと思う自分がいることをノクティルーカも分かっている。つまりが余裕がないのだと。
「でも、ずいぶんと古い言葉を使うのね、貴方」
軽く言われた言葉に、どくんと心臓が跳ねた。
他意はないのかもしれない。
いや、彼女は他の――セレスタイトたちと同じに考えてはいけない。
「じーさん連中と長くいたからな」
それだけを返す。
だから言葉遣いが移ってしまったのだと、そう結論付けてもらえるように。
三百年経てば言葉だって変わるだろう。
完全には変わらなくても、日々新しい言葉は生まれてくるはずだ。
まさか事実が分かってしまうことはないだろうが。
気をつけるに越したことはないな。
より一層人嫌いになりそうだなどど思いつつ、ノクティルーカは道を歩いた。
宿について、食事を済ませたノクティルーカは、仲良く談笑している面々から逃れて一人部屋に戻った。
大きく息をついてベッドに倒れこむ。
なんだか、ものすごく疲れた。
ほのかにかおる香。ポーリーからの贈り物。
落ち着く反面、焦りに囚われる香り。重く深く沈んでいく思考。
「おーい。そこまで落ち込むな」
誰だのんきにそんなこと言いやがるのは。
妙に軽い言葉に反発を覚え、はたと気づいた。
耳慣れた男の声。
無論ソレイユの声ではない。
「ミッ」
「騒ぐな騒ぐな」
跳ね起きたノクティルーカの視界に、行儀悪く窓枠に腰掛けたミルザムが映る。
思わず沈黙する彼。
人には行儀が悪いって言い続けてたくせに。
というか、何でいきなり湧いて出た?
言いたいことが分かったのかミルザムも苦笑を浮かべた。
「気にするな」
「する」
「あーまぁ、しない方向で?」
がりがりと後ろ頭をかきつつすっとぼけるミルザムの後ろで、スピカが険しい顔で同僚を睨んでいる。
「時間がないから手短に話させてもらうぞ」
「何かあったのか?」
「焦るな」
びしと指を突きつけられての言葉に、ノクティルーカは不機嫌を隠すことなく睨みつけた。
いい加減ストレスは溜まっている。弟やグラーティアにはあたらない様に気をつけているが、ミルザム相手に遠慮することなんてない。
おもいっきり怒鳴ってやろうと口を開けかけた瞬間。
「チャンスは一度だけだ。それを逃さないためにも」
酷く真面目な顔で、指差すように未来をあてると称される星読士は告げた。
「……ほんとうだな」
何とか返せた言葉はそれだけ。
本当に、助けることが出来るんだろうか。
本当に、『奇跡』を手にすることが出来るんだろうか。
「ああ」
短く返される言葉。
「お前にしか出来ないんだ。頼む。姫を助けてくれ」
深く頭を下げられて何度も頷く。
もう一度頼むと告げて、ミルザムとスピカは光に包まれて消えた。
転移魔法って楽そうだなと、少しだけ思って、今度は仰向けにベッドに寝転がる。
助けたい思いは変わらない。
けれど、どうしたって揺らぐ時がある。
そうした時を狙ったようにやってくるミルザムが腹立たしい反面、ありがたい。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
仕方ないなぁと呆れながら起こしに来た弟と一緒に下に降りる。
足取りは、先程までに比べれば軽い。
もうすぐ……もうすぐ助けることが出来る。
細い望みの糸を何とかつなぐことが出来ているから。
「兄上、しっかり起きてくださいね。なんかセティが話があるみたいですから」
「話?」
「なんか、人を運びたいそうですよ」
それでどうして僕らにまで話すことになるんですかねぇと呟くソレイユにノクティルーカも同意する。
一緒に旅をしているわけではない。それでもテーブルには昨日共に道を歩いた全員が勢ぞろいしていて、セレスタイトもノクティルーカが席につくのを待ってから話始めた。
要約すれば、病人を首都のグリュックまで連れて行きたいということ。
ルチルやブラウが診断しても、何の病気か分からなかったという。
「首都グリュックね。ここからだと三日ってところかしら。
出発はいつなの?」
「明日の朝迎えに行くことになってるんだ。
あとね、荷車は御者のほかに五人まで乗れるんだって。
でも幌がないからどうやって日差しを遮ろうかなって」
「そうね。荷車の四隅に棒を立てて布をかぶせるだけでも違うと思うわ」
「うん。じゃあ早速準備しなきゃ」
案の定、彼女らはこの仕事を請けるらしい。
まあ別にノクティルーカたちには関係ないので、それは構わない。
「そういうわけでフォル。
わたしは彼女にしばらく同行しますので、あなたもついてきてくださいね。
どうせセラータに戻る通り道ですもの、問題ありませんよね」
どうやらルチルもついて行くつもりらしい。
自分が看た相手ゆえに、付き合おうというつもりだろうか。
少なくとも、グラーティアは行くといっていないのだが。
ルチルの拒否を認めない断定ぶりに、しかしフォルトゥニーノは面倒そうに言った。
「問題ならあるぜ」
「何が問題なのですか。
グリュックを通らない街道なんて、遠回り以外の何物でもありません。
だというのに、あなたはわざわざ病人を見捨てるというのですか?」
「ちげーよ」
非難たっぷりの言葉で鋭く攻め立てる彼女に手を振って、真剣な目で彼は言った。
「荷車借りるのはいいが、誰が御者をやるんだ?」
俺は馬なんて乗れないぞと付け加えられて、ルチルたちが固まった。
すがるような目でセレスタイトは仲間を見るが、反応は苦笑か否の返事のみ。
「御者、やろうか?」
余計なことを言ったのはソレイユだった。
「一応僕、馬に乗れるし……兄上も交代してくれますよねぇ」
小さな頃のように袖を引っ張ってねだる弟。
こんなことをしている場合じゃないと言いたい。
けれど、とノクティルーカは思い直す。
今この場には『奇跡』が二つある。『奇跡』同士は呼び合うもの。
故に、行動を共にしていれば別の『奇跡』に遭遇する確率は上がる……はず。
ミルザムの助言のおかげで少しは落ち着くことが出来たのだろう。
焦ってはいけない。チャンスは必ず来ると信じよう。
「分かってる」
「ありがとうレイ、ノクスさん!」
しぶしぶ応じたノクティルーカに、セレスタイトは満面の笑みで返した。
そして翌朝。首都へと向かう街道を即席馬車と化した荷車と結構な人数の護衛が並んで歩いていた。
荷車の右側面はフォルトゥニーノとセレスタイト、左側面はリカルドとリゲルが固め、背面はクリオが守っている。
一体何を運んでいるのかと問われるようながちがちの警備だが、わざわざ離れて歩く意味もなければ、あまり荷台に載せる人数も増やしたくはない。
荷台には振動をできる限り抑えるためにたっぷりと藁や布を敷き詰めた。
運ぶ病人――レジーナという老女と、看病用にグラーティアとブラウ、ルチルの神官トリオを乗り込ませた。
現在手綱を握るのはソレイユ。乗馬の腕には覚えがあるらしいが、馬車を操るには不安だらけだと言っていたように、見ていて少々危なっかしかった。
とはいえ、一度走り出してしまえばあまり問題もない。
少しは安心できるかと先の道を確認してから、ノクティルーカは後ろを伺った。
すぐにグラーティアと視線が合って微笑まれる。
「レジーナさんは大丈夫そうですわよ」
まだまだ強い日差しを遮るため、荷台の四隅に柱を立てて上部に布を結わえ、即席の幌を作ったのは正解だったらしい。
時折、ルチルが自身のマントを揺らしてレジーナに風を送っている。
言われてみれば、レジーナの表情は出発前より幾分和らいでいるように思う。
病人の様子を確認して、ノクティルーカは再び前を向く。
ずきんずきんとした鈍い痛みは左手から。
セレスタイトの『石』だけに反応している訳ではない。
明らかに昨日より強くなっている痛みに確信する。
レジーナが『奇跡』を持っている。
短気を起こして断らなくて良かったと心底思う。
そして、同時に覚える不安。
持っていることを知られているのだろうか?
知られていれば、無事ではすまない。
それを裏付けるかのように、前方に何かが見えた。
「兄上、誰かいます」
「そうだな」
なぜか道の中央でうずくまっている人間が一人。
しっかりと着込まれた外套。体格はいいほうだろう。
「どうかされたんですか?」
あまり警戒感なく問いかけたのは、まだ頑是無いフリストの勇者。
邪気のない――相手を慮る問いかけに、うずくまっていた男はゆっくりと顔を上げた。
フードからこぼれる髪は茶色がかった金髪。
ブラウンの瞳は鋭いながらも、全体的にどこか疲れた雰囲気を持つ壮年の男性。
「ああ……少し気分が悪くなって」
暑気あたりでしょうかと力なく続ける彼。
確かにこの陽気ではありえる話かもしれないが、嫌なものを感じた。
特に気になったのは相手の視線。探るようなそれは目つきの悪さよりも鋭い。
そして、戦うものが持つ特有の雰囲気。
「わたしたち首都に向かってるんですけど、次の街までご一緒しませんか?」
しかしセレスタイトはそういったことにはまったく気づかないらしく、警戒感なしに近寄って提案までしている。
さてどうやって止めたものかと考える間もなく、凛とした声が反論した。
「いえ。残念ですが荷台にもう人は乗れません」
スパンと言い切ったリゲルにノクティルーカは拍手を送りたくなったが、反論されたセレスタイトは納得いかなかったのだろう、むっとした表情を隠さない。
「多少休まれれば大丈夫でしょう。
水の補給などでしたら考えさせていただきますが」
「そんな冷たいことっ」
とっさに飛び出たセレスタイトの言葉に、リゲルは淡々と返す。
「私たちに課せられた依頼をお忘れですか? 一刻を争うのでは?」
「りっちゃんの言うとおりだよセティ。具合が悪くなったらどうするの?」
一応警戒してるみたいだな。
リカルドの反応に、ノクティルーカも少し安心する。
『奇跡』のことが話せない以上、ただ病人を運ぶというだけの仕事では、そこまで警戒する必要はない。せいぜいが、魔物や盗賊対策ぐらいだ。
けれど――とノクティルーカは男を見やる。
盗賊の斥候ごときじゃあない。
「いえ……水はあるので。もう少し休んでいようと思います」
リゲルの提案に男はそれだけ返して、道の端にゆっくりと動いた。
彼女はお大事にと言った後にこう続けた。
「休まれるならば、あちらの木陰に入られたほうがよろしいですよ」
なぜ最初から日陰で休まなかったのかと暗に問う彼女に男は鋭い視線を向けた。
「……ええ。そうします」
睨むようなその目で、しかし声は至って平坦。
事を起こすつもりはないのだろう――今は。
男が道から離れるのを待って、ノクティルーカはソレイユを促して馬を進ませた。
しばらくは蹄と車輪の音だけが響いた。
妙に落ちた沈黙は、ひとえにセレスタイトから発せられるもののせいだろう。
「どうしてあんな酷いこと言うのさ」
「斥候と見ましたので」
不満たっぷりといった様子で紡がれた問いに、対象だという自覚があったろうリゲルが答えた。
「? せっこう?」
鸚鵡返しに言われた言葉に、ノクティルーカは内心だけで嘆息する。
斥候も知らないのか。まったく……こんなのを勇者に祭り上げるか?
「盗賊が偵察に来たんじゃないかって話だよ。
ほら、僕たちこんな大人数だから狙われちゃったのかもね」
「え」
「よっぽど金目のものを運んでると思われたら厄介だぞ」
「実際はただの偶然で揃っているのですけどねぇ」
神妙なフォルトゥニーノところころと笑うグラーティア。
実際に金目のもの以上にまずいものを運んでるんだけどなとは言えない。言ったが最後、彼らが敵に回る可能性があるからだ。進んで敵を増やす意味はない。
「う……わたし、やっちゃった?」
「本来ならセティさんのように親切心を持って接することが大切ですわ。
でも、仕事を請け負っている以上リスクを考えたり人を疑うことも必要です。
悲しいことですけれど」
グラーティアはどうやらセレスタイトがかなり気に入ってるらしく、彼女なりに励ましていることは分かる。それにグラーティアが言うように、本当ならセレスタイトのしたことが人間的には正しいのだ。
思えばノクティルーカも『奇跡』を持ってからこっち、ずいぶんと疑い深い性格に変わってしまった気がする。
「……本当にただの盗賊だといいのですけれど」
ポツリと聞こえた彼女の言葉。
嫌な予感は当たるという。
これから起こるだろう事を考えて、ノクティルーカはソレイユから手綱を奪い取った。